六章 3

 *



 盗品の売買をしている人物がわかれば、盗人の正体をつきとめるのも楽になる。その商人とひんぱんに売り買いしている客をさがせば、目星がつく。


 それには、やたらと聞きまわっては、勘づかれる恐れがある。商人とその客が取引している瞬間を押さえなければならない。


(すると、二、三日後か)


 それまでは、盗難の被害届けでも調べているしかない。


(中隊長のところへ行かなければならないのか)


 イヤだが、さけてるわけにはいかなかった。書類は古くなれば大隊長に送られるが、当面は中隊長の管理だ。

 被害の出かたで何かわかるかもしれない。一度はギデオンの部屋へ行かなければ。


 先送りしていても、しかたない。

 ワレスはその足で、東の内塔の最上階にある、ギデオンの部屋にむかった。


 以前はコリガン中隊長が使っていた部屋だ。

 ワレスはエミールとのかかわりで、二、三度、そこをおとずれたことがある。

 当時はやわらかい色調の気持ちいい部屋だった。今はどうなっていることだろう。


 扉をたたく。

 ギデオンの声がこたえた。


「誰だ?」

「第二小隊長のワレスであります。中隊長殿にお時間をいただきたいのですが」


 しばし、無言。

 やがて、なかからドアがひらく。

 ワレスを迎え入れたのは、メイヒル小隊長だ。


「どうぞ」

 仮面のように表情のない顔で、メイヒルは言う。


 なかへ入ると、ギデオンは机に向かっていた。書類を書いている。


 古い壁かけと絨毯じゅうたんが変わっている。色調は暗いが、趣味のよさは認めなければなるまい。

 ベッドは二つ。

 たぶん、ギデオンとメイヒルで一室を使っているのだ。


「失礼いたします。中隊長」

「中隊長になると、文書の仕事が増えてつまらんな。おれは剣をふるってるほうが性にあう」


 ギデオンはペンを置き、ふりかえった。ワレスを見て、ニヤリと笑う。


「なんの用だ? あきらめて、おれのものになりにきた——という顔ではないな。ウワサなら、おれのせいではない。あれについては、おれも遺憾いかんだ。立ち聞きしていた者がいたようでもなかったが」


 それは真実だろう。

 秘密を暴露することで、ギデオンが得るものは何もない。


 しかし、ウワサを流した人物と、ワレスに罪をかぶせた人物は別人かもしれない。

 それなら、書類を調べたところで、すでに証拠は、ギデオンににぎりつぶされている——という可能性もある。


「もちろん、私は中隊長を信じております。そこで、この一年の盗難届けを見せていただきたいのですが」


 ギデオンは笑った。

「今日はおとなしいな。まあ、すわるといい——メイヒル。ワレス小隊長に飲み物をだしてやれ」


 文机のほかに長卓がある。

 ギデオンはその席をさししめす。


「お心づかいは無用です。自分で調べますので、中隊長殿は、どうぞ、ご自身の仕事を続けてください」

「まあ、そう言うな。毒を盛るわけではない。おれも同じものをもらおうか」


 ギデオンの命令で、メイヒルが、かいがいしく動く。この二人の関係は、まるで夫婦だ。上官と補佐官は、どこもそんなものだろうか。


 ワレスも思い知らされた。

 たった一日、離れているだけで、日ごろ、どれほど、ハシェドに支えられていたかを。


 精神的な面もだが、日常の業務においても、ハシェドはじつにさりげなく、ワレスをおぎなってくれていたと、いなくなって初めてわかった。


(おれが悪かったんだろうか。あんなによくしてくれてたのに、急に出ていきたいと言うなんて。おまえはいつも、どんなときも、そばにいてくれたのに)


 まるで、ワレスの考えを読んだように、ギデオンが言った。


「今日は一人なんだな。小隊長」

「私が一人なら、問題でも?」


 ワレスはギデオンの手から文書を受けとる。すすめられた長卓の席につくと、なぜか、ギデオンがついてきた。


「どうぞ、私は自分ですませますから」

「おまえを信用していないわけではないがな。いちおう、中隊長として文書の保存に責任がある。おまえが身の証をたてるまでは、容疑人であることを忘れるな」


「私が書類をすりかえるとでもお思いですか?」

「そういう疑いが、のちのち出ないための見張りだ。気にするな」


 ほんとのところ、ワレスを近くで見ていたいだけかもしれない。しかし、言うことはもっともなので逆らえない。


 言われたとおり気にしないことにして、文書を読む。

 どれも似たりよったりの内容だが、たしかに最近になるほど件数が多い。


「換金券が盗まれるようになったのは、正確にはいつからですか?」

「ここ二ヶ月だな」


 ちょうど、ワレスが小隊長になったころからだ。

 それが、ひっかかる。

 そんなに前から、ワレスを罠にハメる計略があったのか。


 それに数も妙だ。

 ワレスの弱みをにぎるためだけなら、ほんの二、三枚あればいい。二十枚というのは多すぎる。

 これでは弱みをにぎるためというより、ワレスを小隊長の地位から追い落とそうとしているかのようだ。いや、砦そのものから追放したいかのような。


 どうも、ほんとに、ギデオンの仕業ではないらしい。


 そして、もっと気になることがある。

 盗まれているのは、換金券ばかりではない。券を盗んでいく者は、同時に金や宝石も盗んでいく。


 ワレスの部屋から出てきたのは換金券だけ。宝石はなかった。おそらく、例の商人の手で処分されてしまっているだろう。


 盗難数も圧倒的に券より宝石のほうが多い。

 むしろ、券はついでで、ほんとに欲しかったのは宝石のように思える。

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