第二章 第四十八話 夢力(オニロ)

「よそ見なんて余裕ぶってると痛い目見るわよ」


 レベッカは両手を大きく広げると、彼女の背中からコウモリの羽が生え、自分を大きく見せるように羽を広げた。


「さぁ、自慢の庭に招待してあげるわ。一緒にお茶でも飲んで話しましょう。棘はあるけど赤く咲く綺麗な花なの。あなたの血でその花を染めるのよ! 薔薇ローズ楽園ガーデン!」


 レベッカがそう言った途端、彼女の下からとげの生えたつるが放射線状に生え、徐々に伸びていく。


 蔓は棺桶や彫刻、銅像などに巻き付いていく。


 徐々に広がって行くのがわかる。


 全身がピリピリする。


 これは時間が経てばヤバくなるやつじゃないか?


 素早く対処しなくちゃ——。


 俺の右手につるぎが握りしめられているのがわかる。


 行くか。


 彼女を止めるんだ。


 俺はアーチをくぐった。


 蔓の勢いは止まらない。


 早く着かなければ……いや、確実にいこう。


 俺は願う。




『自分を守るものがほしい』と。




 握る感覚がなくなり、全身が少し重くなる。


 俺は全身、鎧を身に纏ったようだ。


 左側からピリピリする。


 大丈夫だ。この姿なら大丈夫だ。


 攻撃を斬ってくれるのだから。




 ズブッ!!




 えっ?


 何が起こった?


 俺は左側に視線を向けると、左前腕に鋭く細い棘が刺さってる。


 棘……伸びるのか……。


 それよりも痛みが——。


「う゛っ!?」


 俺はその場で膝をつく。


 力が入らない!?


 棺桶が視界に入る。


 棺桶に巻き付いた蔓から薔薇が咲き始める。




 これはヤバイ。すごくヤバイ。




 俺は無理やり左手を握り、力いっぱい引っ張った。


 左前腕を抜いた途端、力が入る。


 棘との距離を置かなくちゃ。


 俺は少し後ろに下がった。


 前腕に痛みはないが、どこかしら頭痛がする。


 なんなんだこれは?


「ふーん、人間の血と夢力オニロってこんな味がするのねぇ……」


 今、なんて言った?


 血? 夢力オニロ


 夢力オニロってどこかで聞いたことがある。


 確かギリシャ語で夢だったような。


 まさかあの棘は俺の血と夢力オニロを吸ったのか?


 ていうかファンタジーでの気力みたいな概念がいねんあったのか。


 それよりも鎧を身に纏っているのに、貫通かんつうしたぞあの棘。


 どうなっているんだ?


 そう思考を巡らせていると、レベッカが舌舐したなめめずりしてこう言った。


「美味しいわねぇ。人間の魂(スピリット)を摂取せっしゅしたくなるのもわかるわ」


 彼女の目は獲物を狩る獣のように感じた。


 最初に夢の世界ヴォロで会った大男と同じ目だ。


「君の能力は一体どうなってるんだ? 鎧も貫通するって——理解できない」


「へぇーわからないんだ。そうね、冥土の土産に教えてあげるわ。私の薔薇はに斬ることも破壊することもできない。あなたの鎧なんて貫通するのは当たり前ってわけよ」


 なるほど。つまりこの蔓や棘は概念的なもので、俺の鎧の弱点は物理的な攻撃以外は全部通すってわけか。


 今になって弱点がわかるって最悪だな。


「そんなに言って大丈夫なのか?」


「大丈夫よ。だってあなたはもう消えるのだから」


 俺は違和感を覚えた。


 なぜそこまで余裕なのか……まさか。


 俺は周りを見渡す。


 四方、棘が生えた蔓だらけ、俺は囲まれていたのだ。


 やってしまった。


 鎧に過信しすぎて、考えなしに行動してしまった。


「アーチを潜った時点であなたは負けていたのよ」




 ふふふふっ、あーはははははは!!!




 彼女の高笑いが屋根裏部屋に響き渡るのだった。

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