第二章 第三十一話 庭園

「止まれぇぇぇ! ゴラァァァアアア!!」


 亮夜は大声で叫びながらブレーキとハンドルを傾け、トゥクトゥクを無理やり止める。


 トゥクトゥクが横に揺れる。


 うっ、どっかに頭をあてたようだ。


 痛い。


 神代が「ふぅ」と息を吐くと、安全バー的役目をした槍を消した。



 オ゛エ゛ッ!!



 嗚咽音おえつおん? 誰が……。


 嗚咽音がした方を見ると、岩城が俺と神代を見ている。


「ごめん……三人とも……僕、吐きそう!!」


 俺とベルを持った神代はすぐさまトゥクトゥクから下りる。


「岩城! トゥクトゥクここで吐くんじゃねぇぞ!」


「オ゛エ゛ップ」


 岩城は口を手で押さえながらトゥクトゥクから下り、庭園の花壇かだんに向かった。



 オロロロロロロ……



「岩城くんの口から岩城くんが……」


「これは……仕方ないわ」


「あぁ、花壇が汚されていきます……」


「もうちょっと僕を心配してくれな……オロロロ……」


 うえっ、俺ももらいそうだ。


 手を口に塞ぐと神代が俺を見る。


「大丈夫?」


「大丈夫、もらいそうになっただけ」


「そう……」


「あぁ、花壇が……」


 ベルがそう言ったと同時に、亮夜が「オン・マニ・パドメー・フン」と呪文を唱え、こっちにやって来た。


「おい、もう一回乗らねぇか? すごく楽しかったんだけどよ」


「俺はいいかな」


「さっきので終わり、もうないと思う」


「なんだ……残念」


 亮夜は少しがっかりしたように言う。


 あれをもう一回乗りたい? わからない。


 気分転換に周りを見渡す。


 門を入ったら、目の前には大きな丸い花壇がある。その奥に立派な屋敷が建っている。


 鱗のようなみどり色の屋根に、白色レンガの壁。


 立派な玄関ポーチだなぁ。


 現実世界だったら、お金持ちが住んでそうな屋敷だ。


 岩城がこっちに向かってくる。


「うえええ、口が酸っぱいよ。ベルちゃん、チュウしてぇ、治ると思うから」


「いや、無理です」


「ガチ引き」


 ベルの道端に捨てられたガムを見るかのような目で見られ、岩城はショックだったのだろう。


 頭を下に向けブツブツと「ベルちゃんに嫌われたベルちゃんに嫌われたベルちゃんに嫌われた」と繰り返し言っている。


「なんていうか……どんまい」


「うぅ、それを言ってくれるのは大神くんだけだよぉ」


「二人ともブツブツ言ってねぇで行くぞ」


「怒りん坊は仕切りたがるよね」


「なんか言ったか?」


「いいや、行くよ」


 岩城の皮肉なのだろうか。言われないように気をつけよう。


 俺たちは屋敷の玄関前まで歩いた。


「うへーこりゃ、立派な扉だねぇ」


「そうだな、開けるぞ」


 亮夜が扉の取ってを握り、引くが……。


「開かねぇな。押すわけ……でもなさそうだな」


「はぁ、こういうのはこうするのよ!!」


 そう言い神代は槍を出し、そのまま扉を刺す。しかし……。


「「えっ?」」


 扉は無傷で、神代が少し飛ばされた。


「弾かたのか?」


「どういうことだ?」


 俺はこの状況に理解できていない。


 なぜ彼女は飛ばされたんだ?


「なんか、魔力? みたいなのが貼られてるねぇ」


「エルファバ様ですね。魔法が使えますので」


「なるほど。どれだけ攻撃しても無駄ってことね」


「そういうこと」


「じゃ、どうやって開けんだ?」


「そうね……扉だから鍵があるんだと思うんだけど……」



 ウキキキキキキキキキ



 どこからか笑い声? が聞こえる。


 全員ポーチから離れる。


 どこにいる? どこにいるんだ?


「くそっ! どこだ!」


「上です!!」


「「っ!?」」


 全員がポーチの上を見る。


 ポーチの上には石でできた手すりがある。


 その上に羽の生えた猿がこちらを見て笑っている。


「……ベイカー」


 ベルが猿を見てそう言った。


 俺たちの目の前に現れたのは、この屋敷の住人の一人である猿のベイカーであった。

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