第一章 第二話 転校三日目

「へぇ、そんな夢を見たんだ」


「そうなんだ。変な夢だろう?」


 俺は爽やかな笑顔を振る舞う人と一緒に廊下を歩いている。彼は俺のクラスで委員長をやっている神崎 勇助かんざき ゆうすけ。転校三日目の俺に、校内紹介がてら食堂で一緒に食べないかと誘ってきたので、断る理由はない俺はその誘いに乗ることにした。


 校内は昼休みのため、食堂に向かう生徒、教室で友達と弁当を食べる生徒、また今日は晴れているので外で食べる生徒もいる。まぁ、一人で食べるやつもいるだろう。


「だから左頬に傷があるのかい?」


 そう、朝起きて鏡を見ると左頬に軽い傷痕があった。しかも、最初に斬られた場所と一緒である。


「いや、これは寝ていて引っ掻いたんじゃないか」


 そう信じたい。しかし、その傷痕は左腕にもある。あの夢、また見ないよな。俺は傷痕部分を軽く触れながらそう思うのであった。


「そうかい? 僕はその夢でやられた傷が今も残っているって思ったんだけど。だって、そっちのほうが浪漫あるからさ」


 浪漫か。実際体験していないくせによく言えたものだ。結局、他人事なんだよな。


「話は変わるけどさ。最近芸能人の引退ラッシュがすごいよね。ウーハー剛力とか好きだったんだけどなー」


 ウーハー剛力、鍛え抜かれた筋肉でバラエティ番組やスポーツ系のニュース、特撮などで引っ張りだこのタレントだった。昨日、電撃引退記者会見を開き、そのニュースが今朝の情報番組のトップでやっていた。


「確かにそうだな。世代交代の時期じゃないのか?」


「どうなんだろうね。もしかしたら、君が見た大男はウーハー剛力だったのかもね?」


「無理矢理すぎねぇか?」


「そうかな?」


「そうだよ」と答え、俺たちは食堂に入る。


 食堂は生徒で賑わっている。俺たちは食券を買うために少し並び、食券機の前で今日の昼飯を何にするか、少し悩み。俺はカツとじ定食、神崎は石焼きビビンバのスイッチを押す。食券を取り出し、食堂のおばちゃんに渡し、スーパースターが登場するのを待つファンの如く、ワクワクしながら受取り口で調理場を眺める。


「はい、カツとじ定食!」


 卵にとじられたカツと白ご飯、そして味噌汁がトレイの上に置かれる。


「席、探そうか」


「そうだな」


 さすが昼休みだ。周りを見渡し、席を探すが、全然空いてない。というより疎らに座っている。隣に人がいると席を一つ開け座る人が多いこと多いこと。まぁ、俺もそうするんだが……。


「ここ空いたよ!」


 神崎が長テーブルの席に座る。俺は向かいにカツとじ定食を置き、腰を下ろす。


「ありがとう」


「ううん、君はまだこの学校に慣れてないんだから、これぐらいさせてよ」


 なんて優しい人なんだ。前の高校ではこんな人はいなかった。


「どうしたんだい?」と爽やかな笑顔で首を傾げる神崎、俺は「なんでもない。優しいんだな神崎は」と答えると。


「当たり前だよ。人には優しく、親切にしなくちゃね」


 そう神崎は答えているが、なぜだろう、彼が言っていることに違和感を覚えた。


「そこ空いてるかしら」


 唐突に女性の声がした。声の主を見るため真横を振り向く。


「えっ?」


 そこに立っていたのは長髪黒髪の美少女、大和撫子という言葉が合いそうな人だ。しかし、俺は驚いたのはそこではない。驚いたのは彼女が夢で殺された女の人と似ていたからだ。嫌な汗が出る。


「なに?」


 彼女は見られることに嫌悪しているのか、俺を睨む。


「あっ……いや……」


 神崎は俺が反応に困っているのを察したのか、笑顔のまま「神代かみしろさん、席は空いてるよ」と言う。


「そう」


 彼女は素っ気ない態度で俺の隣に座る。これほど気まずい昼ご飯はないだろう。俺は二度とこんな昼ご飯はしたくない。そう思うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る