スケッチ・ブック

角角角

エクスプロージョン!不死者ちゃん!

 ドボオオオオオォォォぉぉぉぉぉぉぉ――――。

 十分に離れた後方司令部テントまで吹き付ける暴風が爆発の威力を思い知らせる。

「おー、こりゃまた立派なきのこ雲」

「成功みたいですね」

「まぁ失敗する要素がないわな」

 ハハハハ――、男たちの野蛮な笑い声が空気を震わせる。

「回収班、編成急げよ。残党狩りも忘れるな」

 髭面の大男の声にテント内が動き出す。騒ぐ人々の中で、水晶球の前で通信士がひときわ声を張り上げて伝聞を送る。

「ミタノ砂漠方面軍より中央司令部へ。第七次<福音>作戦は成功。繰り返す、第七次<福音>作戦は成功。これより事後処理に移る。<書簡>は未回収。速やかに作業に入る。」


 焼け焦げた生物の匂いがする。死体はそこら中に転がっているが、どれが誰だかの判別は彼ら、もしくは彼女らの家族にすらできないだろう。あるいは、愛の力が引き合わせてくれるのだろうか。

 ミタノ砂漠中央北部――自称「砂の末裔」たちの最終拠点のあった場所は、巨大なクレーターにえぐられていた。

「こりゃ……」

「感傷に浸ってる場合じゃないぞ、新人」

 ナガレ隊長に促されて歩を進める。第九部隊の今回の目的は<書簡>の回収――数時間前にあのきのこ雲を発生させたモノを回収すること。これは、俺が第九部隊に配属されて初めての任務でもある。

 このクレーターの中心に<福音>を与えてくれた<書簡>が俺たちを待っている。特殊な構造の靴のおかげで砂に足を取られることはない。

「警戒を怠るなよ。万に一つってこともある」

 この戦域で前線指揮を取っていただけのことはある。ナガレ隊長は「砂の末裔」の砂漠迷彩を恐れている。

 その名に違わず、彼らは砂とともに生きて、砂とともに死んでいく。だから、砂漠に関して彼らの右に出るものと言ったら野生動物か、もしくは砂そのものしかいないだろう。

「もう砂が……早く行くぞォ!」

 上に数名を残して俺とジン伍長とナガレ隊長の三人で下に降りる。流れ落ちる砂に気を張って坂を滑っていく。

 砂の他には何もない、世界に開いた大穴の中心には、果たして素っ裸の少女が、全く場違いなほど穏やかに眠っていた。



 そのコードネームで名付けられた「モノ」は、数年前に我々ヴァッシュ=オ・タール帝国が手にした、この一〇年も続く戦争に終止符を打つ「最終兵器」という触れ込みで発表された。

 一年前、ヴァッシュ=オ・タール帝国の首都サーン・ヴァッシュの中央広場でお披露目されたそれに、国民は一度猜疑の目を向けた……が、一度その戦果が報告され、号外や軍部発表によって国中に知れ渡るやいなや、今度はそれを「救世主」と謳って熱狂した。

 <書簡>――軍内ではそう呼ばれる「それ」は、少女だった。五体満足で、耳もよく聞こえ、目もよく見える。言葉がしゃべれないということはない。また、人の言葉をよく聞いて、理解することもできた。笑顔が多く、また素直で天真爛漫だった。

 少なくとも、俺が見る限りではそうだった。

 ただ、唯一彼女の特別な点として、彼女は「不死者」だった。そして、彼女の最も不幸な点もまた、それだった。



「間もなくランディングゾーン」

「間もなくランディングゾーン、降下に備えよ」

 耳に詰めた水晶からナガレ隊長と復唱するキディーン伍長の声がする。

 眼下には草原とその先に広がる深い森。エルフの村、ラッカンがある。

「なぁ、ティルツ」

 営巣で休憩しているときに楽しげに話しかけてきたのはナスタフ。同期で友人で、階級も同じ兵長だ。

「エルフの村ってどんなだろうな」

 彼の悪いところと言えば、こういうところがある。つまり、面食いで女好きだ。美男美女揃いという噂のエルフの村を襲撃するということは、彼もそのおこぼれに与ろう、そういう魂胆なのだろう。

「よくわからんが……まぁ、捕虜を見る限りじゃ結構なもんじゃないのか」

「つまらんやつだなぁ」

 つまらなくて結構、と目をそらす。そもそも、彼女が投入されれば捕虜も略奪もあったものではないだろう。

 ミタノ砂漠を思い出す。あの凄惨な光景をナスタフも見ただろうに、まだそんなことが言えるのはこいつの強さかも知れない。もしくは、あのクレーターの中心に彼女がいるのを見ていなかったからかも知れない。

「ねぇ、ティルツ」

 幼い声に目を向けると、彼女がズボンの裾を引っ張っている。腕には本を抱いている。

「なんだ」

「本を読んでほしいの」

「嫌だね」

「おい、そんなに突っぱねることもないだろ」

 脇腹を突くな。そんなに子守がしたいならお前がやればいいとばかりに腰を遠ざける。やれやれと肩を落とす大げさな仕草も癇に障る。

「ティルツはご機嫌ナナメのようだ。どうだい<書簡>ちゃん、俺と遊ばない?」

「わかった。ティルツ、またね」


 ラッカンより東のはずれ上空。グリフォンの背中に俺とタンデムのナスタフが、不意に口を開いた。

「なぁ、ティルツ」

「作戦行動中だぞ、口を慎め」

「違うんだよ。いや、さっきは本当に悪かった」

 沈鬱な声でナスタフが謝罪する。ナスタフが謝罪! こんな珍しいことがあるだろうか。いや、それ以前に、彼女と遊んでから少し態度がおかしかった。

「いや、俺も流石にあれは無いと思うぜ」

「もう一度だけ言う。作戦行動に集中しろ」

「あんなのただのプロパガンダでしか無い。文学とも言えないクソ文字の羅列だ」

 なんの話をしているのかは大体想定がつく。<書簡>の持ってきた本についてだ。

 表紙は金糸と青布で織られた美しい仕立て、中身も最高の画家に描かせた美麗な挿絵が並んでいる。だが、肝心の文章はと言えば、現在ヴァッシュ=オ・タール帝国の建国神話と現在戦争中の諸族への憎悪を掻き立てるような醜悪なものだった。俺が彼女と遊びたくないのは、そういう本ばかり与えられていることをナスタフより先に知っていたからだ。それを彼も実感した。だから、珍しく謝罪などをしてきたのだろう。

「本当に悪気はなかったんだ。お前が子供嫌いだとばかり……本当にすまん」

「今黙れば友人特権で何もなかったことにしてやる。だからもう黙れ」

「あぁ」

「間もなくランディングゾーン」

「間もなくランディングゾーン、降下に備えよ」

 耳に詰めた水晶からナガレ隊長と復唱するキディーン伍長の声がする。



 一〇年続く戦争で、この国は疲弊していた。

 ヴァッシュ=オ・タール帝国は大きすぎた。

 帝王にも、老人会にも、また国民にとっても、その広大すぎる版図は手に余った。

 だから、所々に歪みができていた。

 最初に反旗を翻したのは、帝国の最も南のディッシュラック辺境伯領だった。彼らは南にいすぎた。故に、伝令も行軍も間に合わず、その戦火はまたたく間に領土辺縁に広がっていった。

 帝国を憎むもの、次期帝王を狙うもの、戦争を望むもの、戦争を望まないもの、自らの誇示を企むもの……、あらゆる人がいて、あらゆる戦争が起こった。

 一〇年続く戦争で、この国は疲弊していた。

 だから、もうこの戦争を早く終わらせたかった。圧倒的な力で、帝国を帝国のまま、この戦争に幕を下ろしたかった。

 ある兵器開発局の主任がいた。彼は幸せな家庭を持っていたが、しかし戦争に首を掴まれた幸せだった。戦争終結の兵器を急かされ、ときに妻に溺れ、そして戦の神に祈った。

 果たして、願いは叶えられた。妻との間に子を為した。そして最終兵器の開発にも成功した。

 <書簡>とは、つまるところ戦争が終わったあとの幸せをも約束する、神の最上級の恩寵でもあった。



 結論から言うと、作戦は成功した。「失敗する要素がない」。

 ただ一人の女の子を空から放り込むだけ。簡単な任務だ。

「エルフの村」は村と呼ぶには恐れ多いほど繁栄していた。背の高い木々に阻まれて見えなかった数々の荘厳な建築物の数々は魔術の光を反射して、幻想的な輝きをたたえていた。眩しいようで眩しくない、優しいく冷たい光だった。

 ガラスは砕け散り、白石のレンガは吹き飛び、木々はなぎ倒された。爆炎、爆煙、轟音、暴風。

 後世に語り継ぐべき、後世に残し継ぐべき、あのエルフの街は、いまや焦土と化しているだろう。砂の末裔を思い出す。肉の焼ける匂いを思い出す。大地の焼ける匂いを思い出す。静謐にすぎる空気を思い出す。

 彼女の場違いな穏やかさを思い出す。

 然る後、あのきのこ雲。

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