第99話 手合わせしない?
「シル・・・あなた、預言者か何かなの?」
重い荷物を床に置いた後に、先ほどまで暗闇一色だった部屋に電球の光が走る。途端に外部と、内部の間に明るさの壁が引かれたようだ。窓から覗ける外の様子は、靄がかかったようだ。
しかし、その光景は長く続くことはなかった。アンがスタスタと中に入っていくと、シャッとカーテンを引き、その先の景色を遮ったからだ。そのまま、カーテンの端に手を添えたまま、突拍子もないことを尋ねてきている。はて、どう返したら良いものか。
「何の話をしているのかな?」
「今朝、マシュ君を制した男の子のこと、知っていたの?」
「いや、多分知らないと思うけど。会ったこともないし」
「じゃあ、なんでこんなことが予測できるのよ? もはや、超能力者の類よ? これじゃあ!」
言いながら、アンはシルの目の前に例の白い紙を見せつけてくる。そして、強調するように赤い線が引かれた箇所に、シルの目は奪われる。それは、マシュの相部屋の片割れ、つまり今回の模擬戦のパートナーの情報が書かれた欄だった。
「クォーツ・・・これが、彼の名前だったの?」
「えぇ。私もあくまで知っていたのは、名前だけ。顔も特徴も知ったもんじゃなかったわ。でもね、あの後隣の席の子にそれとなく聞いてみたら、その名前を呟いたのよ!」
「やっぱりだ・・・! マシュは、いつも面白いことをしてくれるからな! 今回も何か仕込んでいると思っていたけど、まさか自作自演だったとはね!」
「笑い事じゃないわよ・・・本当に。シルと、マシュ君。一体どんな環境で育ってきたの? 正直言って、やっていることは人間離れしているとしか思えないわ。思考の仕方も、その実力もね」
アンの問いに、シルは苦笑で返す。怪訝そうな表情を浮かべるアンであったが、しばらくすると、大きなため息を吐いた。どうやら、聞くだけ無駄だと悟ったのだろう。
「ねぇ、答えてくれないのは分かったからさ。その代わり、一つだけ私のお願いを聞いてくれるかしら?」
見つめられる真剣な眼差し。それを背けることは、シルにはできそうになかった。
「お願い・・? 何かな、欲しいモノとかあるのかな?」
「物じゃないわ。——私と、本気で手合わせをしてほしいの。今からね」
「え!? 手合わせ? 今からするのか!? 結構、今日も疲れたと思うんだけど・・・元気だね」
「あなたは疲れていないでしょ?」
その言葉に、シルの胸はぎくりという音を立てる。
「まだ本格的な訓練は一つも始まっていないけど、それでも分かるわ。あなたは、明らかに手を抜いている。少なくとも、私の目から見てるとそう思うのよ。ついでに、マシュ君もね。これから一緒に背を預けて戦うパートナーとして、私はあなたの実力を知っておきたい」
「そんなつもりはないんだけどな〜。マシュはどうか知らないけどさ。でも、そうだな・・・一緒に戦うパートナーの能力を知れるっていう点は賛成だな。よし、やろうか」
「シルならそう言ってくれると思ってたわ。じゃあ、一緒に仮グラウンドまで行きましょ。あそこなら、邪魔が入らずに手合わせできるわ。事前に、大佐にも許可をとってあるしね」
「全く。準備万端じゃないか」
その言葉に、アンは機嫌を良くしたのだろうか。軽い足取りで自分の武器を背中に背負うと、スキップ交じりに玄関の方に歩いて行った。
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