第71話 奇怪な音は記憶を震わす

「皆んな、早く!!バスの中へ・・・」


 新入生をバス誘導していた女子生徒の声が、儚く散り行く。悪魔はまだ、遠くの場所から動いていない。だが、奴から伸びる尻尾が——ハンナをも貫いたそれが、腹に空洞を作り上げた。そして、声も出せず、吐き出される息すら赤く染める。やがて、身体を支えきれなくなった、足は立つことを諦めた。


「ネネさんが殺られたわ!!」


 どこかから悲鳴を通り越す声が挙げられる。その声は、聞くだけでアンの顔を激しく歪ませた。耳に入った後も、頭の中で何度も反響し、思わず吐き気が催されるほどだ。だが、アンはそんなものには一切構っている時間はない。1秒でも早く、皆が乗り込んでいるバスに入る。さもなければ、彼女の命も、また数秒後には奪われることになるのだから。


「逃がさないわよ〜。どちらかといえばあなた達が目的なんだから」


 悪魔は更に尻尾での虐殺の速度を早める。すでに、それは赤く染め上がり、原色すら認識できないほど色が支配していた。それが、貫いた命の数ははや知れぬ。優に10は超えただろうか。だが、悪魔は人を殺める感覚に酔うかのように、命を奪うたび増していく暴力性。


次の獲物として新入生達に狙いをつけるように、悪魔は冷めやらぬ感覚のまま辺りを瞬時に見渡す。だが、それほど多くの姿をこのグラウンド上に視認出来ない。今、この場所で無傷で立っているのは悪魔一人と言っても過言ではなかった。


「どこに行ったのかしら・・・?でも、こんな場所とこの短時間じゃ、隠れる場所も限度があるでしょう!!」


 咆哮する悪魔。だが、その言葉に悲鳴を漏らすものも、すでにこの場所にはいない。あるのは、ピクリとも動かない死体のみだ。そのはずであったが、悪魔の鋭い耳は聞き慣れぬようでありながら、どこかで聞いたことのあるような音を感知する。静寂のはずのグラウンドに鳴り響く、奇怪な音。およそ、人間では出すことができないそれは、時が立つほどにその荒々しさを増していく。


「この音はどこかで——まさか!?」


 聴き慣れぬ音が、その勢いを更に高める時。悪魔の中に眠るある記憶が呼び起こされる。遥か昔の記憶ではない。ごく最近のそれだ。今日の朝、いやいや乗った人間の低脳が考え出した、微々たる速度しかでない乗り物。悪魔からしてみると、欠伸が出るほどのそれで、気がつけばつい眠ってしまっていた。確か、あの時の乗り物がこんな音を出していたような・・・。


「——見つけたわよ!!!!」


 悪魔の視線の先にあるのは、全員が既に乗り込んだバス。それは、この場にそぐわず、高らかに排気口から黒い煙を大音量で放出していた。そして、紫の煙を吐く悪魔が、不気味な笑みを浮かべながら、じっとそれを見つめるのであった。




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