第64話 頬を濡らす冷たい液体

「狂っている——? それが、この世界の醍醐味でしょう!!!」


そう言いながら、彼女は身体は死体に向けたまま首だけを振りかえらせ、ハンナ達の方に回す態勢を取る。そして、今度は尻尾を一気に上方向に伸ばし、空中に待機させたかと思うと、瞬時に横方向にも大きく膨張し、肉をミンチにするかのような攻撃の嵐をハンナ達に繰り出す。


尻尾が地面に触れるたびに深く抉れるグラウンド。同時に、大きく立ち上る砂嵐と、その衝撃すら本番前の前座だと思わせる割れんばかりの悲鳴。気付けば、グラウンド内で起きていた小競り合いは既に消滅していた。


ハンナたちが上げる鼓膜を突き抜ける高音の叫びが、足を止めさせ、声を発することすら禁止させる。そして、声が聞こえてくる方角を見たら最後。凄惨で無慈悲な命の一方的な強奪の光景に目を奪われ、逃げようとする気力を瞬時に奪っていくのだ。


なんども振り下ろされる攻撃で地面に亀裂が走り始めている。にも関わらず、勢いをどんどん増していく攻撃に、いつの間にか悲鳴を上げる声量すら霞んでいった。生きているのか、死んでいるのかも判別がつかない。だが、遠くから見ている分では——圧倒的に後者のようにしか思えなかった。


「ハンナ⋯⋯ 。くっ・・そ! グワァーーーーーァ!!!!!!!!」


 名前を呼ばれた少女は、依然として収まりを知らない攻撃の嵐の中、強く唇を噛み締めた。次第に、口内に生温かい液体が溢れるが、痛みを感じることはない。身体に降り注ぐ痛みよりも、心の痛みの方が彼女の身を強く引き裂こうとしていた。


今まで一緒に授業と、課題と、様々なこの場所での生活の中で苦楽を共にしてきた仲間が、一人また一人と声をあげながら頭部に強大な攻撃を食い、地面にへと倒れ込んでいく。そして、もう・・・声を上げることはない。


「このままじゃ⋯⋯ 死ぬ——?」


 ただ、悪魔の尾が振り上げられた時に、頬に時折飛んでくる赤い水滴が、やけに感じてしまうのは、なぜなんだろうか。彼女の頭はその正解を導き出せることはなかった。


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