第四十一話 サンリユス共和国へ

 アンナとエリックの殺し合いの日々が続き、半年が経った頃のこと。エドヴァルドによる呼び出しに、二人は交える刃を収め、揃って王の間へと足を向けた。


「嫌な予感しかしない」

「珍しく意見が合うな」


 相も変わらず仲の悪いままの二人を、周囲はいよいよ心配し始めていた。エリックにとってアンナは仇であるので仕方がないといえば仕方がないのだが、それにしたって毎日──本当に毎日殺し合う日々に周囲は疲弊し始めていた。止めに入るシナブルとフォードは己の仕事に集中出来ず、医務室の面々も目の回る日々。いい加減にしろとエドヴァルドが直々に叱責しても、焼け石に水。何か大きなきっかけでもなければ、きっと二人の関係は平行線のままだろう。


「来たか」


 王の間に踏み入ると、エドヴァルドは傷だらけの二人を見て顔を顰めた。


「お前達……一体なんだ、その汚い格好は」

「ええと、その……」

「俺が毎日、こいつを殺しに出向いてる。知ってんだろ?」

「お前っ! 父上に向ってなんと無礼な!」


 アンナがエリックの後頭部を叩くと、エリックはアンナに掴みかかった。直後にアンナの頭突きがエリックに直撃し、彼はふらりとその場でよろめいてしまう。


「父上……失礼を致しました」

「構わん。ところでエリック、お前が何故自分がアンナを殺せないかわかっているのか?」

「そんなこと……言われなくても──」

「お前、アンナに惹かれてるのではないのか?」

「は……?」

「お前がアンナよりも弱いから、とでも言われるかと思ったか?」


 刹那、エリックの姿が消える。エドヴァルドを庇って前に出たコラーユとエリックの刃が交わり、ギインッ──と衝突音が響いた直後、大笑いしたのはエドヴァルドであった。


「図星か!」

「馬鹿を言うな! 自分の実力不足は認めるが、こんな女、誰が……!」

「こんな女なんて言うと、また誰かに蹴られるぞ、お前」

「クソが……!」


 悪態をついたエリックは、アンナに頭突きを入れられた額を痛そうに擦る。アンナはと言えばそんなエリックの姿を見て不満げに鼻を鳴らした。


「茶番はいい。仕事の話をする。お前達、サンリユス共和国は知っているか?」

「はい」

「ああ」


 ここ最近のアンナは、近隣国の情勢や政治について勉学に精を出していた。嫌々ではあるが城内の書庫に籠っては机に向かい、資料に目を通し記憶に刷り込む日々。元々暗記はかなり得意であるので苦ではないのだが、どうも静かな部屋に籠るのは性に合わない。


「サンリユス共和国から、国内の全国会議員暗殺依頼が来ている。また市議からの依頼か……」

「また、だと?」

「お前っ! 父上が話されているときに口を挟むな!」


 アンナがエリックの後頭部を再び叩く。いい加減にしろ、とアンナの首を絞めたエリックは、またしても彼女の頭突きを食らい、その場でよろめいた。


「見苦しい。痴話喧嘩は後にしろ。ハァ……数年前、マリーが同じ依頼を二度受けたことがあったのだ。国内の権力争いがかなり激しい国なんだ、サンリユスは」


 アンナの姉マリーは暗殺特化の殺し屋だ。名指しで彼女に暗殺依頼が入ることは多いのだが、今は子育て中の身。暗殺が得意な臣下達に仕事を割り振ってはいたが、今回は全国家議員百人超えの大仕事。臣下達では荷が重いと判断したエドヴァルドは、アンナとエリックを呼び出した次第であった。


「お前達二人に、サンリユス共和国国会議員百十名の暗殺を命じる。正体を見破られるなよ? そうでなければ報酬が貰えんからな。国に入って二日以内に終わらせろ、いいな」

「はい」

「ハッ……なんで俺がこんな奴と──」

「お前はこの国の、この家の一員として迎え入れたのだから、依頼があれば仕事に出てもらわねば困る」

「俺は承諾したつもりはない」

「承諾などいらん、これは命令だ。城に戻ってくるまで、殺し合いをするな。喧嘩もするなよ? 逆らえばあの牢に、今度は三ヶ月間入ってもらう。勿論二人で、だ」

「さん……かげつ……?」


 エリックの脳裏に浮かぶのは、あの暗く冷く狭い閉鎖空間。まともな食事も与えられず、固い床で体を休ませる日々。



(二度と御免だ、あんな場所)


 

 隣を見ればスッと頭を下げ、「はい」とアンナが答える。不満も迷いもないその表情に戸惑いながら、エリックは舌を打つしかなかった。


「準備が整い次第、すぐに出発しろ。見張りを付けられるのが嫌なら、精々仲良くやることだな」


 言い捨て、エドヴァルドが去ったあと、コラーユが資料を手に二人に歩み寄る。差し出された議員のリストに二人は目を通す。


「サンリユス共和国へは、 遊道線フリーレーンを使われると早く着きます。国全体の結界についてはご存知ですか?」

「結界?」

「はい。入ることは簡単なのですが、出ることが難しいのです。正門からでしたら出入りは何の問題もないのですが……それ以外の場所からの出国は困難と言われています」


 暗殺に入るというのに、まさか正面から入国するわけにはいかない。となればそれ以外の場所から侵入し、出国すしかない。


「何がどう難しいというんだ?」

「以前、マリー様がお調べになったところによりますと、正門以外では『入国と同じ条件でないと出国が出来ない』とのことです」

「条件、とは括りが曖昧だな。他には何かあるのか?」

「例えば、諜報員の侵入を防ぐためなのでしょうが、入国時の人数が変わると出国できなかったり、窃盗を働いた場合は窃盗物を所持していると……といった具合だそうです」

「怪我は……どうなんだ? 殺人をしたものが手負いになると出国不可になるのか?」

「そのようです」

「つまりは、同時入国は避け、怪我をせず、何も盗まず、同じ場所からが出国の条件か?」

「他にも色々とあるようです。資料はこちらに。腕の立つ情報屋から仕入れたものなので、間違いはないかと」

「面倒な国だな」


 黙々と資料を頭に叩き込むアンナの横で、エリックは矢継ぎ早にコラーユを攻めたてる。納得した所で資料を確認し、記憶に刻んでゆく。


「これは処分していくのか?」

「はい。如何なる資料も、目を通されましたらすぐに燃やしてください。我が家の決まりでございます」

「エリック、地形と……それに国内の住所も、番地まで頭に入れておけ。入国したらあたしは西回り、お前は東回りに進み、仕事を済ませるぞ」

「……お前、今なんて?」

「……は?」


 困惑するような、軽蔑するような、なんとも言えぬ顔でエリックはアンナを睨む。


「俺のことをと呼んだのか?」

「あ…………うるさいっ! 悪いかっ!」

「いや、別に」


 アンナがと名を呼んだのは、これが初めてのことであった。無意識のうちの出来事であった為、彼女が面映ゆく顔を紅潮させてしまったのも無理はない。


「お二人共、お言葉は気をつけられて下さい。私も、事情は聞いておりますので」

「ぐっ…………わ、わかったわ」

「はいはい。さ……そろそろ行くぞ、アンナ」

「アンナと呼ぶな!」


 先を行くエリックの背を蹴り飛ばそうと足を振り上げたアンナは、喧嘩をするなという父の言葉を思い出し、振り返る。にこりと微笑んだコラーユを一瞥すると、「行ってくる」と吐き捨て、駆け出した。


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