第十二話 衣装選び

 ハクラとアリシアの治療の甲斐もあり、アンナの身体は医師達が思っていたよりも早く回復した。きょうだい達や臣下達は安堵の表情であったが、父だけは相変わらず厳しい顔付きであった。




 植樹祭前日の夜のこと。アンナは自室の衣装部屋で明日身に纏うドレスを見繕っていた。彼女本人が見繕うのではなく、真剣な面持ちでドレスを手にするのはシナブルとフォードである。


「どれでもいいだろ」

「良くありません! 久しぶりのドレスなのですから、とびきり似合うものを選ばねば」

「……あっそ」


 張り切るシナブルの背を、白いバスローブ姿のアンナは足を組んで椅子に座り黙って見つめる。シナブルとは対面側で頭を捻るフォードが、ドレスを一着手にし、アンナへと歩み寄った。


「こちらはいかがですか?」


 フォードが手にしているのはアップルグリーンのミドルドレスだった。可愛らしい色合いではあるが、ホルターネックのタイトドレスであるため、色の印象よりも大人びたものに見える。


「うーん……そういえば姉上は何色のドレスなんだ?」

「マリー様はサマーグリーンのゆったりとしたデザインのものだと聞いております」

「ならそれに合うような色のものがいいだろ。シナブル、それ却下な」


 シナブルが手にしていたラベンダー色のドレスを顎で追いやり、アンナは足を組み直す。丁度その時、廊下側から部屋の扉がノックされる音が衣装部屋に届いた。


「……誰でしょうか。出てきます」


 早足で衣装部屋から出て行くシナブル。直後彼が引き連れて来たのはコスモスピンクの長髪をサイドテールにした、可愛らしい顔付きの女性だった。


「アンナ様、失礼します」


 可愛らしい顔立ちとは対照的に、透き通るような凛とした声。女性物のスーツを着こなし、彼女はアンナの前で頭を下げた。


「どうした、ヴィウィ」

「はい。マリー様の言い付けで参りました」

「姉上は何て?」

「アンナ様の御髪を整えるようにと」


 無限空間(インフィニティトランク)からヴィウィが取り出したのは、散髪用の鋏と櫛、それに丈の長いケープだった。アンナの前にそれを差し出すと、愛想良く微笑む。


「姉上はまた面倒なことを」


 アンナの血色の髪は、僅かに肩に届かない程に短い。その毛先は乱雑に切り揃えられ、とても整っているとは言い難い。前髪も間もなく瞼にかかりそうな長さに達しており、切り揃えるには十分な長さだと言える。


「どうされますか?」

「姉上が切れと言うのなら、そうするしかないだろ。ヴィウィをそのまま帰すわけにもいかんし」

「ありがとうございます。早速取りかかっても?」

「ああ。いつも通り風呂場でいいか?」

「助かります」


 立ち上がったアンナはヴィウィを連れ立ちバスルームへと向かう。衣装部屋に取り残されたシナブルとフォードは、肩を竦めてドレス選びに専念する。



「どうしましょう? 少し短くなっても構いませんか?」

「構わん」

「わかりました」


 バスルームに運ばれた椅子に座るアンナの髪を霧吹きで湿らせ、ヴィウィはそれを器用に切り揃えてゆく。そう時間もかからず手鏡を手渡されたアンナは、軽く首を振って確認をすると黙って頷いた。


「前髪、失礼しますね」

「ああ」


 鋏が止まり、ヴィウィがアンナに声をかける。下ろしていた瞼をアンナが持ち上げると、ヴィウィは再び手鏡を彼女に手渡した。鏡の中の整った髪型の自分にアンナが目を丸くすると、ヴィウィはくすりと笑みを溢した。


「如何ですか?」

「いいんじゃないのか? ありがとう」

「いいえ」


 ヴィウィはグランヴィ家の血を引く者ではない。アンナの母ネヴィアスの姉の子である彼女は、ネヴィアスがグランヴィ家に嫁いだことが縁で、この家に仕えるようになったのだ。幼少の頃からマリーに仕え、周囲からの評価も高い。今は身重(みおも)の主を気遣いサンと共に奔走する日々であった。


「ドレスはヴィウィが選んでくれた方がいいんじゃないのか?」

「そうでしょうか?」

「ああ。あの二人に付き合っていると、埒が明かない」


 鋏やケープをしまいながら、ヴィウィは首を傾げる。切り落としたアンナの髪を手早く片付けると、二人揃って衣装部屋へと足を向けた。


「……アンナ様の仰る通りですね」

「だろ」


 衣装部屋ではフォードとシナブルが、多くのドレスを引き出しては頭を捻り、意見を交えては唸り声上げるといる光景を繰り広げていた。椅子の上にはドレスの山が出来上がり、部屋の隅に置かれたテーブルの上には多くのアクセサリーが散乱していた。散髪を済ませたアンナと目が合うや否や、二人はドレスを手にしたまま硬直してしまった。


「姫……! お似合いです」

「ありがとう。ドレスは決まったか?」

「それが、ですね……まだでして」


 濃紺のドレスを手にしたフォードは、苦笑しながらアンナに歩み寄る。「失礼致します」と言ってドレスを広げると、アンナの身体にそれをあてがった。


「うーん……」

「なんでもいいって」

「いや、しかし」

「つーか、いつの間にそんなにドレスを仕立てたんだよ」


 首をぐるりと回しながら、アンナは衣装部屋のドレス達を見渡した。記憶にないデザインのものや、見覚えはあるが一度も袖を通していないものなど、それらは数十点にも及ぶ。


「姫が国内に滞在されている間に着て頂きたくて」

「こんなに着れねえよ。そもそも、そんなにドレス好きじゃねえし」

「そんな……!」


 アンナとフォードが会話をしている最中にも、シナブルは懸命にドレスを選ぶ。袖無しのインディゴブルーのタイトドレスを手にしたところで、ヴィウィが後ろから彼の肩を叩いた。


「それが良いと思うわ」

「そうか?」

「ええ。マリー様のドレスとの相性も良さそうだし。靴は──これ、ネックレスはこれが良さそう」


 ヴィウィが手に取ったのは白いエナメル質のヒール、それに金の細身のネックレスだった。片膝をつき、ドレスと共にアンナに差し出すと、彼女は満足げに口角を上げた。


「ありがとう 」


 仏頂面が通常運転のアンナが微笑むと、周囲の人々は驚き一瞬言葉を失う。目付きが悪いとはいっても元が美人なのだ──その笑顔に誰もが心を奪われてしまう。それほどに魅力的な笑みなのだが、変な部分でシャイなアンナ本人にそれを告げようものなら、きっとその笑顔を見る機会が減ってしまうと予測出来た。その為、誰も彼女にそれを伝えないでいた。


「ふうん……どうだ?」


 広げたドレスをアンナが身体にあてがう。大胆にも斜めにカットされた裾のドレスは、身につければ恐らく右の太股がかなり露出するであろうデザインであった。右腰の付け根から左足首まで伸びる裾にかけては、ドレスの生地と同じ色のレースが控え目にあしらわれていた。


「似合いますね」

「ああ、確実にな」


 シナブルとフォードが真面目な顔のまま言うので、柄にもなくアンナは吹き出し、声を上げて笑った。一応サイズの確認をした方がいいだろうとヴィウィが言うので、男二人は衣装部屋を出てアンナの試着が終わるのを静かに待った。




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