深まる謎

「何の用だ貴様」


 神殿の内部、サーラが日中座する神殿の中心部…すなわち祭壇の前に立つ防人がそう言い放つ。


「ちょっと巫女様に用がな」


 防人に睨まれたのはエリスだった。彼女は薄らと笑みを作るとそのままサーラの元へと向かおうとする。


「何をしようとしている!?」

「まぁまぁ固い事言うなって。おーい巫女様ー!!」


 入り口付近で腕を掴まれるエリスだったがそんな事はお構いなしに大声を上げた。勿論それはサーラに自分の声を届かせるため。

 そしてその目論見は成功。エリスは自身の声を奥にいるサーラの耳にまで至らしめる事が出来た。


「あなた達、下がって結構です。その方は神殿所属の芸者…あなた達と同じく、神殿での役職を持つ者です」

「そ、そうでしたか…。これは飛んだ無礼を」


 防人はサーラの言葉にハッとしたようにエリスに謝罪を述べた。


「まぁまぁ良いって事よ」


 護衛の防人の肩をポンポンと叩きながら流れるようにエリスは祭壇へと足を踏み入れる。


「よぉ巫女様」

「こうして二人で話をするのは初めてですね。それで、用件は? 生憎ですが今私は多忙の身です。手短にお願いします」

「おう。元よりそのつもりだぜ…。単刀直入に言う、アタシを魔獣討伐の戦線に加えてくれ」

「…ほう」


 エリスの提案にサーラは少しばかり目を見開く。彼女はすぐに顎に手をやると何やら考え始めた。

 そして再びエリスを見ながら彼女は口を開いた。


「…分かりました」

「お、案外すんなり受け入れてくれんだな」

「正直な所、あなたを戦力として加える事は考えていました。一回目の魔獣発生でのあなたの戦いぶりは話に聞いていましたから。ですがあなたは女性です。それに私が見出した芸者の一人でもある。このままこちらが劣勢になった際、話を持ち掛ける程度には考えていましたが…まさかそちらから来て下さるとは」


 ウルファスにおいて、「女性は護るもの」という考えが古くからあり…長い歴史を経て拭えない概念と化していた。現にこの国の兵士と呼ばれるような役職に就いている者は全員が男性のエルフである。

 だがこの国のトップは女性であるサーラ、王族のベルンやその母親も権力を持っていたため決して男尊女卑が横行していた訳では無い。

 サーラはエリスの戦闘力を知ってもなお、そう言った価値観から来る考えによって決断を出せずにいたのだ。


「へっ、闘争は大好物だぜ。使ってくれよ…アタシを」


 だがサーラを下から見上げる女性は、そんなやわな人間ではない。


「……ありがとうございます。後方支援は全力で行います。あなたのその勇敢な心に、今は感謝を」


 こうして、エリスのはたらきかけによって彼女自身が魔獣の討伐戦線に加わる事になった。



------------------ 



「バアル君! ごめん!」


 燈とエリスが再び誓いを立てたその日の夜、自分達の寝室で燈は目の前に立つバアルに頭を下げていた。


「…」


 バアルはその様を、黙って見詰める。


「ここ数日、俺の態度のせいで…君を不安にさせた。でも…エリスのお陰で立ち直れた。勝手にへこんで、勝手に立ち直って…自分勝手な奴だって、自分でも思う。でももう一度だけでいい…俺を信じてくれないか? 仲間として、俺と一緒に…戦ってくれ」


 顔を上げ、バアルの目を見ながら燈は言う。その眼に嘘はなく、純粋な思いだけがバアルの心に向かっていった。


「…ぅ」

「ん…?」


 鼻をすするような音が燈の耳に入る。思わず聞き返すような言葉を漏らしたが、その音がどこから漏れ出したのか、すぐに理解した。


「うぇ…うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「えぇ!? バアル君!?」


 その音は前兆だった。バアルが大泣きするための、いや堪えていたものが決壊寸前だった音とでも言うべきか。涙を抑えていた箇所が壊れ、とめどなく溢れ出るように涙が溢れ、喚くような声が部屋中に響き渡る。


「ど、どうしたの!? お、俺何か気に障るような事を!?」


 彼を宥めるようにしながら慌てふためく燈、自分の言葉を思い返しながら一体何が彼の気に触れてしまったのかを必死に考えるが幾ら考えてもその解は得られなかった。


「ち、違うんですぅ…。あ、安心しちゃって…そ、それで…泣いてるんですぅ…!」

「あ、安心して…?」

「は、はい…。ここ、一週間…アカシさんも他の皆さんも…すごく、思いつめたような顔で……話し掛けても、返事もしないから…僕、何か嫌われちゃうような事…したんじゃないかって…! 戦争も始まるって言うし、もう色々ぐちゃぐちゃで…僕、どうしたらいいか…分からなくてぇ…!」


 嗚咽を漏らしながら、バアルは思いを吐露する。今まで溜めていた物が、全て放たれた。彼の感情が燈の中に流れ込む。


 あぁ…俺は、こんな小さな子に…こんなにも、負担をかけていたんだな。


 燈はその事実に自嘲する。小さな体に、とてつもなく大きな負荷を与えていた自分の愚かさに。

 

 謝らなければ。大人である自分が、子供にここまでの不安を押し付けてしまっていたのだ。謝罪をしする以外の選択肢など存在しない。


 否


 いや…。違う、俺がこの子に掛けるべきなのは謝罪じゃない。

 謝るのは、自己満足だ。悪い事をした者が楽になるだけの…魔法の言葉だ。

 この子に相応しいのは、そんなものじゃない。


「バアル君」

「…っは、い?」


 しゃがみ込み、バアルと視線の位置を合わせる燈。彼の肩を掴んで、言った。


「ありがとう」

「…っ」


 燈が放ったのは、感謝の言葉。

 労いの言葉、頑張ったねと…褒める言葉。


「俺は、カッコ悪い大人だよ。君に迷惑を掛けるようなね。きっと…どこまでいっても完璧になれない、不完全でどうしようもないままだ。でも…だからこそ、俺には必要なんだ。君が…」

「アカシ、さん」

「改めて言うよ。俺と一緒に、戦ってくれ。バアル君」

「僕は別に…アカシさんをカッコ悪いなんて思った事も、信じなかった事も…一度だってありませんよ?」

「え…そ、そうなの?」

「はい」


 だってあなたは、僕を連れ出してくれた。

 何もわからなかった、何も無かった僕を…日の当たる所へ連れ出してくれた。

 僕の命を、自分の命を懸けて守ろうとしてくれた。


「僕にとってアカシさんは、最高にカッコいい…ヒーローです!」


 少年は、優しい眼差しで青年に笑いかけた。


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「戻ったぜぇー。っと」

「どうだった?」

「あぁ問題ねぇ。巫女様も快ーくアタシを魔獣討伐の戦線に加えてくれた」

「そうか」

「んで、そっちは仲直りできたのか?」

「あぁ、まぁな」

「はい! 仲直り、完了です!」

「へっ、そりゃあ良かった。ならまぁ、役者そろった所で…作戦会議と行くか」


 燈、バアル、エリス。

 ユースティア王国の出国からここまで共に過ごしてきた三人は室内の机を囲み、話を始めた。


「一応話は聞いて来た。予測じゃあ後二週間もしない内に聖地ここに敵が攻め込んでくるらしい」

「二週間以内に、か」

「そ、それまでにあちら側と話し合いで戦争を回避する事は出来ないんでしょうか?」

「それは無理だなぁ。話し合いで解決すんだったらそもそもあっち側はあんな宣戦布告をしねぇよ」


 体を仰け反らせながらエリスの顔は天井を向く。


「敵は東の森…元この国を統治していた王族が領主をしてる。目的は、この戦争で巫女様を殺して返り咲く事だろうな」

「…」


 燈は思慮する。

 戦争とは互いが譲れないもののために戦うものだ。互いが護りたいものを護るために、奪いたいものを奪うために引き起こす手段の一つだ。

 燈達三人では事前に戦争を回避する事は不可能。ならば、後手に回ってでも…手を打つしかないのである。


「テノラを拘束する。それしかない」


 燈はそう結論付けた。


「奇遇だな。アタシも同じ考えだ」


 エリスもそれに同調する。

 

「で、でもテノラさんが本当に来るんでしょうか? あんな力を使えるんですから、後方から魔獣を操られては拘束なんて…」

「いや、アイツは来る」


 懸念点を挙げるバアルに対し、燈は言った。


「「フィムカーニバル」で本性を現したアイツの言動…間違いなく、アイツは神人教の人間だと思っていい。そして神人教の目的は、チーターの回収だ。だからアイツは何としても神殿に入り、サーラ様に近付かなきゃならない。そこを狙うんだ」

「ま、それしかねぇな。アイツが来る前にお前が神異を回収して、交渉を持ちかけるって手も一瞬考えたけどよぉ、今この状況で回収なんて不可能だからな。それに仮に回収出来ても、その時点で周りの防人に殺される。どーしたって、回収はテノラをどーにかした後だ」

「聖地に魔獣が来たら開戦の合図だ。当然その時、テノラが来る。俺は何とか近付いてアイツに触る。その時アイツのチートが無効化されて操っている魔獣が暴走する…それはこの前で確認済みだ。行動の読めない魔獣が何をしでかすか分からない。だからエリス、魔獣の討伐は頼んだぞ」

「あぁ、任せとけ」


 燈がエリスを魔獣掃討の役割にしたのは理由がある。数の予測できない、どういったタイプの魔獣がいるか分からない…そういった点から少しでも魔獣に充てる戦力を強化するためである。テノラの管理下から魔獣が外れる事が分かっているならばなおさらだ。


「バアル君には当日、俺と一緒に行動してほしい。俺だけじゃ多分、テノラを拘束できない。それに多分近付く事すらも…」

「はい! 任せて下さい! 僕、絶対アカシさんを護りますから!」


 力強い返事をするバアル、それが今燈にとって何よりも心強かった。


「なら次はテノラ対策だな。んで、実際どうなんだ? バアルがいて、何とかなりそうか?」


 真剣な口調でエリスは燈を見た。


「何とかなりそうか…というより、何とかしないといけないんだけどな…。でも実際、アイツの力の概要は何となく分かったよ。能力の規模は未だ底が見えないけど…」

「アイツ自分の神異の事を魔獣操作ビーストテイマーとか言ってたな」

「いや…テノラの力はそれだけじゃない」

「あ? そうなのか?」

「あぁ。アイツは多分、空間魔法を使っていた。多分体内に空間魔法を使って、その中で魔獣を使役してる…んだと思う」

「空間魔法?」


 聞き慣れない魔法に聞き返すエリス。だが燈には経験があった。

 それはルークと共闘した際、戦った男…アカが使用していた魔法である。

 アカの場合は一室に空間魔法を使用し、自分だけの世界を構築していた。テノラも同じような事を体内で行っているのだろう。


「……あ」

「ん、どした?」

「い、いや…あの時」


 あの時、そう言って燈が思い出していたのはテノラに両頬を触れられた時である。


 空間魔法、俺はそれをアカとの戦いの時…意識せずとも部屋の扉に触れただけで解除出来た…。テノラが俺の読み通り空間魔法を使用してるなら、奴が俺に触れた時、空間魔法は解除されて…使役していた魔獣が飛び出すんじゃないのか…?


 燈の言う通りである。テノラは燈に触れた。体内に空間魔法を使用しているのならばその時点で解除されるはずなのだ。


 考えられる事としては、テノラの作った空間に魔獣が一匹もいなかった…もしくは、他に何か理由が…?


 頭を回す燈、だが幾ら考えてもその解は得られなかった。


 分からない…これが本番、どう影響してくるか…。不安だ、けど…やるしかない…!!


 一抹の不安、それを払拭ふっしょくするように燈は自分を鼓舞する。

 既にさいは投げられている。ここで逃げるという選択肢は存在しない。燈は…燈達は、立ち向かわなければ、現状に打ち勝たなければならないのだ。

 

 未来を掴むために。


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