準備しよう

 翌日、ハンズはすぐにサーラに自分達の計画を伝えた。

 サーラはすぐにそれを了承、開かれるイベントの名前は「フィムカーニバル」となり燈達はその準備と手配に取り掛かる事になった。

 日取りや段取りの運びはハンズ、装飾や使用する小道具の調達はマリリンとデフ、芸の指導役は人が集まり次第この三人が行う。

 こうして四日が経過した。



------------------



 燈とジギルはその人員調達のために各所を駆け巡り神殿の所属ではない芸人や、腕っぷしに自身のある一般人に協力を要請する役割を任されていた。

 まだ聖地ここに来て日の浅い、つまり人脈や土地勘もほぼ無い燈にとってこれは分担ミスではないかと思われたがジギルとマリリン、ハンズの役割は燈には困難な事、そして聖地に長く住むジギルと一緒ならば問題無いだろうと言う判断からこの役割に抜擢された。


「いや、どう考えても人選ミスだろ」


 歩きながらそう呟くエリス。その視線はジギルを見ていた。


「何だよこっち見て」

「初対面のアタシらにあんな物言いする奴が上手く交渉事なんて出来ると思えねぇって目でてめぇを見てる」

「何だと!!いいか、俺はここで生まれてここで育ってきた。聖地の事は大抵知ってるし、ここに住む奴らを説得するなんて朝飯前だ」

「へぇ…」


 強がるジギルにエリスは半眼を向ける。


「ていうか何で俺がお前らと一緒に行かなきゃならないんだ…別々に回れば効率も上がるだろ。ハンズ達の考える事はよく分からない」

「何か理由があんだろ。てかアタシが勝負勝ったんだ。こうやって干渉してる事に一々文句言うな」

「まだ言うのか!? あれは俺の勝ちだ!!」

「アタシがてめぇに負ける訳ねぇだろ!!」

「だから何だよその自信は!?」

「おーい落ち着け二人共。着いたぞー」


 場所を選ばずいつでも言い合いになる二人を燈は鎮める。 

 足を止めた目の前の建物を見るとそこには「技処わざどころ」という廃れた看板が立て掛けられており、それが燈達の目的の場であることを示していた。


「し、失礼します」


 恐る恐る、燈は扉を開け中に入る。


「……」


 入った瞬間、中にいたエルフ達が燈達を睨み付けた。


「何だよコイツら。感じワリィな」


 その態度にエリスは率直な言葉を漏らす。


「何の用だ」


 中にいたエルフの一人が燈達に要件を問うた。


「あ、あの…俺達神殿の専属芸者をやっている者です。今日はあなた方にお願いしたい事があってここに来ました。代表のフラッツさんはいらっしゃいますか?」

「俺がフラッツだが?」


 燈達はハンズ達に技処のフラッツ・モーゲンの元に行き協力を要請してほしいと頼まれていた。


「あなたが、フラッツさん…」

「そうだ。それで、その「お願い」とは何だ?」

「は、はい…」


 技処にいるエルフ達の睨みは変わらない。だがそれに臆しながらも燈は話し始めた。


--------------------


「断る」

「あぁ何でだよ?」


 否定の返事をする技処のエルフにエリスは聞く。


「当たり前だろ!」


 そう言ったのはフラッツではない別のエルフだった。

 

「お前達神殿側の芸者のせいでどれだけ窮屈な思いをしてると思ってるんだ! お前達が権力を振りかざして良い場所ばっかり取るから俺らはいつも一目の少ないような場所でしか芸を披露できない! 客が小さなイベントで俺達を呼ぼうとしても、それにはまず神殿の許可が必要でその許可はほとんど通らない! 神殿側に抗議しても取り合ってもらえないし! 常に別の仕事をしながら何とか生計を立てて、何とかやれてる状況なんだよ! それが何だ、自分達が困った時だけ俺達に頼み事だと!? ふざけんのもいい加減にしろよ!」


 まくし立てるように喋る技処のエルフ、一拍置いてフラッツが口を開く。


「と、言う訳だ。俺達がお前達に協力する理由はない」

「そ、そんな…」


 ていうか、そんな事情があったのか…。


 燈は神殿所属ではない芸者が強いられている現状を今初めて知った。


「ふん、ただの弱者の妬みだな」


 ジギルは技処のエルフ全員に向かい吐き捨てた。


「何だと…?」


 それには冷静だったフラッツも語調が少し荒くなる。


「お前らが言っている事が俺には妬みにしか感じないって言ったんだ。良い場所が取れない、イベントに呼ばれない…そんなもんは全て神殿の専属芸者になってしまえば解決する。お前らがしなければいけない事は芸を磨き、神殿の披露会選考を突破し神殿の専属芸者になる事だ。それが出来ないなら自分達の無力さを呪うんだな」

「ざっけんな!!俺達の芸が三流以下って言ってんのか!!」

「そうだが?」

「てめぇ!!!」


 更に煽るジギルに技処のエルフ達が飛び掛かる。


「ちょ、ちょっとやめて下さい!!落ち着いて!!」

「これが落ち着けるかよ!!」

「邪魔だボケェ!!」

「がっ…!?」

「だ、大丈夫ですかアカシさん!?」


 止めに入った燈に、エルフの拳が燈の頬にクリーンヒットする。


「てめぇに俺らの何が分かる!俺らがどんな思いで今まで必死にやって来たと思ってる!!」

「お前らがどんだけ必死にやっていようが、結果がすべてだ!この聖地において神殿の専属芸者になる事が成功、それ以外は意味無いんだよ!!」

「ざけんなぁ!!」


 ジギルと技処のエルフ達のいざこざは苛烈を増した。彼らは今にも殺しそうな目でジギルを見る。


「や、やめて…やめて下さい!! 人を…笑顔にする人たちが、こんな事…しちゃ駄目です…!!」


 殴られた燈だがなおも必死に止めようと立ち上がりながらそんな言葉を連ねる。だが彼だけではこの騒動が止まる予兆は全く見えない。


「やめろお前ら!!」

「っ!?」


 その一言で、室内の空気がピシャリと閉ざされた。誰もが発していた罵声や罵倒が消え去り静寂が訪れた。燈も思わず驚き目を見開く。


「な、何で止めるんですかフラッツさん!?」

「そ、そうですよ!! コイツは!」

 

 静寂は数秒、その後すぐにエルフ達はフラッツにそんな言葉を浴びせる。


「そこに倒れてる兄さんが言ってただろ。俺達は、人を笑顔にするために芸を磨いてきたエルフだ。それが…こんな誰も笑えない争いを、しちゃいけない…」

「で、でも…!」

「これ以上…俺に言わす気か?」

「…っ!?」


 静かに言うフラッツ、だがそこにあった「凄み」に技処のエルフは誰もそれ以上反論する事は無かった。


「俺の身内が殴ってしまって、すまなかった。だがこれ以上の会話は無用だ。俺達はお前達に協力しない、帰ってくれ」

「当たり前だ。いつまでもこんな所にいられるか」


 ジギルはそう言って外へと出ようとした。しかし、燈の足はそれとは逆方向へと進む。


「っ?おい何してる…?」


 その真逆の行動にジギルは思わず振り返る。


「……」


 燈は歩いた。歩き、フラッツの目の前まで来た彼が次にした行為はその場にいた全員を驚かせた。


「お願いします。俺達に、協力してください」


 彼は土下座した。地に手と頭を付け、謝罪と請願の最上位をフラッツに見せたのだ。


「何のつもりだ…?そんな事をしても、俺達の答えは変わらない」


 燈の土下座に一瞬、怯みかけたフラッツだったがすぐに落ち着きを取り戻す。


「俺が出来る事は、これくらいしかありません。どうか…お願いします!!」

「何やってんだ! 仮にも神殿に属する者がそんな行為…!!」


 土下座を見たジギルは燈に駆け寄り彼を起こそうとするが


「やめとけ」


 それはエリスによって阻まれた。


「…お前、見た所神殿所属の芸者になってまだ日が浅いな。先程の俺達の事情も知らなかったように見受けられる……なら、一体なぜそこまでする? 何がお前を、そこまで駆り立てる?」


 燈のしている行動は、入って一か月ほどの人間、ましてや何も知らなかった者が出来る事ではない。

 神殿側が行っていた事を知ったにも関わらず、ジギルの技処のエルフに対する態度を見たにも関わらず、それでも何故ここまで頭を下げる事が出来るのか。

 それは、燈にとっては単純明快な思考だった。


「俺は、いや…俺達は…! 自分達のためにイベントを開こうとしている訳じゃありません。ただ、今不安や緊張で笑う事が出来ない皆に笑って欲しい…そのために、動いています!! だから、お願いします! 俺達のためじゃなく、聖地のエルフのために…協力して下さいませんか!!」


 そう言って燈は再度頭を地面に擦り付ける。その様に目の前のエルフ達は何とも言えない表情で周りにいる仲間と顔を見合わせる。


「……」


 だが、この中で最も動揺に包まれていたのはジギルだった。燈の頭を下げているその背中を見てジギルの中に、奇妙な感覚が走る。


「おい」

「…?」


 そこにエリスは声を掛けた。ジギルは黙って視線をエリスに向ける。


「お前、何もしないつもりか?」

「っ」


 ジギルに走った奇妙な感覚の正体を見透かしたように彼女は言葉を掛けた。


 俺は…何をやっているんだ。何のためのプライドだ、何のために意地を張ってる…?

 今、俺の目の前にはいる。神殿に所属しているのにプライドも意地も全てかなぐり捨てて、頭を下げている人間が…。

 そうだ……、俺は…芸者だ。観客の拍手、歓声、笑い…そのために日々芸を磨いている。


 なら


 ジギルは燈の元へと歩き出した。 


 それ以外は


 そして彼は膝と手を地面に付ける。


「お願いします……!!」


 不要だろ…!!


 渾身の平身低頭、圧倒的謝罪と請願の意を籠めた土下座をジギルは見せた。


「俺の事はどうしてくれても構わない……!!だから、イベントのために…協力してくれないか…!!!」

「「「お願いします!!」」」

「えぇ!?」

「お前ら何で……!!」


 突如聞こえたその声に横目で状況を確認した燈とジギルは驚愕する。

 バアル、エリス、テノラの三人までもが横に並び土下座をしていたのだ。


「僕達だけやらないのは不公平ですから」

「お前らがしてんのにアタシもしないとカッコつかねぇだろ」

「立ってたら空気読めてない感じがしてヤだー」


 三人は口々に言う。

 そしてそこからは阿吽の呼吸だった。


『お願いします!!』


 燈達全員の言葉が揃い、彼らは頭を下げた。

 

「……」


 下げられた五人の頭をフラッツは見る。そして


「ふ……ふふふ、ははははははははは!!」


 笑い出した。


「えっ…?」


 あまりにも予想していない反応だったため燈は茫然とする。


「なるほどなぁ……面白い奴らだ」

「え、えーっとあの…一体どういう事ですか…?」


 燈がそう聞くとフラッツは話し始める。


「二日前にもここに来たんだよ。お前らじゃなくてハンズ達だったがな」

「ハ、ハンズ達がここに…!?」


 開示された新情報にジギルも思わず狼狽える。


「三人で来るなり『イベントのために協力してくれ』と言い出してなぁ。神殿側が行っている俺達への仕打ちに関する謝罪も含めて土下座しだしたんだ。だがまぁ正直ハンズ達やつらに対してはそこまで怒りの感情は無かった。神殿側のエルフではあるが、アイツらは神殿の方針ややり方に口出しできる立場じゃない。寧ろ秘密で小さいイベントに出そうとしたり、広場を一時的に貸そうとしてくれたり、良い奴らだよ。まぁ…それもすぐに神殿側にバレるからって理由で断ったがな」

「そ、そんな事が…」


 知らぬ所で起こっていた事態に燈は声を漏らす。


「だけどまぁ…協力する気は無かった。神殿側に不満が溜まっているのは事実だからな。そこでお前を賭けに使った」

「お、俺…?」


 ジギルはフラッツに指をさされた。


「もしお前がここで土下座したら俺達はお前らに全面協力する、そういう賭けだった」

「なっ…!?」

「お前が俺達を下に見ているのは良く知ってるからなぁ。お前を使って憂さを晴らしたかったのと、そんなお前が謝罪を見せてくれるならって思っての事だ」

「な、なら…あの殴り合いは…」


 先程殴られた頬に手を当てながら燈が問う。


「全部ジギルに土下座させないための演技だ」

「名演技!?」


 あまりにも質の高い演技っぷりに燈は驚愕する。

 

「じゃ…じゃあ」


 燈はバアル達と思わず顔を見合わせる。


「あぁ、芸者集団「技処」一同…お前らに全面協力させてもらう」

「あ…ありがとうございます!!」


 立ち上がった燈は再度頭を下げた。


「や、やりました!」

「これで最難関は突破したな!」

「これだけたくさんの芸者さんがいれば色んなこと出来るよー!」

「いやぁ兄ちゃんさっきは殴って悪かったな!」

「いえいえいっすよ!これからよろしくお願いします!」


 燈達が他のエルフ達と騒ぐ中、一人膝を地面に付いたままのジギルは叫んだ。


「な、何だか……納得いかねえええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る