笑顔を取り戻せ
「うーん何だろう?昨日の事何にも思い出せない」
真っ白な記憶に疑問を抱きながらバアルは清掃用具で床を掃除していた。
「アタシも何だよなーったく飲み過ぎたぜぇ」
「いいからお前は働け。ここにいないテノラの分までな」
歓迎会で飲んだ酒が飛び散る床を掃除しながら、一人掃除をサボり椅子の背に顎を乗せているエリスに半眼を向ける燈。
現在ジギル達はゴミを出しに行って出払っている。そして燈が言うようにテノラは何処かに行ってしまっており居場所が分からず、室内には燈とエリスとバアルの三人しかいないのだ。
「戻ったぜー!」
しかしそこに二人が会話をしているとゴミ出しが終わったデフ達がそんな声を上げながら入って来た。
「あらあら、随分綺麗になったわね」
マリリンは大分掃除の施された部屋に感心する。
「ありがとう。助かったよ三人共」
デフは燈達に礼を言った。
「いやぁまさかあれだけ派手にやるとは思っていなかったからなあ…」
「そうねぇあんなに激しい飲み会は十年ぶりくらいじゃないかしら?」
デフ達もまた昨日の事はほぼ思い出せないが、それ程に歓迎会が盛り上がった事は理解していた。
「おい赤女」
「あぁ?そりゃアタシの事かよ?」
「そうだ」
「アタシの名前はエリスだ。そう呼べ」
「ちっ…めんどくさいな。おいエリス、昨日の勝負だがどっちが勝った?」
「知るかよ。アタシもてめぇも途中から記憶無くして、何杯飲んだかも覚えてねぇし転がってるジョッキ数えてもどっちのだか分かんねぇから意味ねぇだろ」
「何だと!? じゃああの勝負は何だったんだ!」
「うるせぇ! てめぇが記憶無くしてぶっ倒れる前に降参しときゃあこうはならなかったんだよ!」
「それはこっちの台詞だ! 何で降参しなかった!?」
「あぁん!?」
「やるか!?」
ガンを飛ばし合うエリスとジギル。
「まぁまぁ喧嘩は止めましょう?またやればいいじゃない」
「止めんなマリリン、喧嘩するほど仲が良いってやつこれは」
宥めようとするマリリンの肩に手を当てながらデフは言う。
「あれを仲良くなったって言っていいのか…?」
ハンズは睨み合う二人のやり取りを訝し気な目で見る。
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「おい何のつもりじゃアレは!!」
神殿内にあるウォイドの自室。そこでウォイドは目の前にいる人物に怒りの視線を見せていた。
「---------」
「ふざけるでない!どれだけの被害が出たと思っとる!!」
「-------------?」
「っ!?そ、それは…」
「---------、--------」
「……本当じゃろうな?」
「ーー。-----」
「既に披露会の段階での策もあの女に潰された。これ以上計画の邪魔は…」
「----------」
「はぁ…。分かった、あの計画に支障が無いならば…いいじゃろう。だがもう勝手な動きは無しじゃ。これ以上想定外の損害は避けたいからの」
「-------、--------」
「頼むぞ。お前には高い金を払っとるんじゃ」
「----」
ウォイドと謎の人物の会話はそこで終了した。
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「何だかなぁ…」
突然発生した魔獣の一件から早三週間、マリリンは深くため息を吐く。
「どうしたんだマリリン」
そんな様子の彼女を見た燈が声を掛ける。
「んー最近ね。私の芸を見てくれる人があんまり笑ってくれないのよー」
「あー、そういえば俺達の方もそうだな」
「折角アタシが最先端の踊りを見せてやってんのに誰も楽しんでる様子がねぇ」
「みんな少し表情が暗いです」
「そだねー」
燈達も既に外へ出て聖地の人に踊りを披露している。今日もその仕事をしっかりとこなしたのだが如何せん客への感触が良くない、そう感じていた。
「理由は一つだろ」
仕事が終わりデフが酒を煽っている。彼もまた客の反応が良くなく、軽くいじけていた。
「そうだな…間違いなく、この前の魔獣の突然発生だ」
風呂から出たデフが頭を拭きながら言う。
「そ、それがどうして?」
「どこからともなく、何の前兆も無く突然あんなデカい魔獣が現れたんだぞ?また突然どこかに現れるんじゃないか、そう考えたら不安にもなるだろ」
「あっ…」
ハンズの説明に燈は納得し、それ以上言葉が出ない。
「そう言えばジギルは?」
「外でまだ稽古してるよ。アイツは真面目で頭が固いからなぁ、楽しませられなかったのは自分の責任だって思いつめちまって」
「そうか…」
デフからそれを聞いたハンズは、何とも言えない表情で軽く俯く。
「あっ、そうだ!だったら皆で協力し合えばー?」
「? どういう事だよテノラ」
突然立ち上がり、ふと思いついたように言う彼女を燈は見上げる。
「出来るだけたくさんの聖地の人を招待してさー!そこで大きな事をするの!私たち全員で協力して!」
「大きな事?」
「ほら、私達っていつも別々の場所で芸を披露してるでしょ?でも、全員が同じ場所に集まって、自分達の出来る事を掛け合わせれば…もっと色んな事が出来ると思うの!そうしたら皆楽しんで、笑ってくれるんじゃないかなー?」
「おぉ!なるほどな!そりゃあ面白そうだ!不安な気持ちを掻き消すくらい、最高のパフォーマンスを作り上げようってこったな!」
テノラの提案にデフは目を輝かせた。
「確かに、それなら今聖地を包んでいる緊張感を少しは緩和出来るかもしれない」
「いい案じゃないテノラちゃん♪」
ハンズとマリリンも乗り気だ。
「でもよー、それエルフ集まんのか?」
寝転びながらエリスはそう言った。
「何だかんだいってこの三週間、私たちの芸を見に来てくれる聖地の人は一定数いたからねー。招待すればある程度は来てくれると思う! 皆本当は心から笑いたいんじゃないかな?だったら、芸者として私たちが出来る事をしようよ!」
「ほーん」
反応は微妙だが、エリスも納得したようである。
「で、アカシとバアルはー?」
「い、いやぁーまさかテノラからそんな提案が聞けるなんて思ってなくて…ちょっと、驚いた。けど…協力しない理由はないよ。みんなの笑顔を取り戻そう!」
「僕も、お手伝いします!」
「よっしゃあ!これで決まったな!!」
「あ…そうだ、ジギルは」
「大丈夫大丈夫!こういう事ならアイツは絶対協力してくれる!話は後で俺がつけとくぜ!」
少し不安に思う燈だったが、デフは頼もしい返事を返す。
「よし、サーラ様には俺から話を通す。今から大雑把な役割分担をしよう」
「酒持って来い酒ぇ!!今夜は忙しくなるぜぇ!!」
ハンズとデフのその言葉が、会議兼酒盛りの合図となった。
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「ふぅ…まぁ何とか分担は決まったな」
「……そうだな」
追加の酒を持ってくるために酒の席を一時離脱した燈とエリスは二人で歩いていた。
「どうしたんだよ。さっきからお前テンション低いぞエリス?」
燈の言う通り、彼女の調子は高くない。テノラの提案を聞いている時も、どこか心ここに
何も分かっていなそうな燈の物言いにエリスは軽くため息を吐き、言う。
「お前アタシらがここまで来た目的忘れてねぇよな?」
「馬鹿にしてる?」
「いやしてねぇよ。でも一応聞いた」
「覚えてるよ…忘れる訳、ないだろ」
燈達がウルファスへ来て、約二か月が経過した。その
その目的を達成するために聖地へと入り、チートを持つサーラに近付くために神殿内で役職を持つまでに至ったのだ。
「ならどうすんだ。まぁ…巫女様のあの奉られようじゃあ、寝込みを襲って奪うとかしか方法がなさそうだけどよ」
もっともな言い分だった。今回のチーターであるサーラはこの国の中心、象徴として圧倒的権威を見せており神様のような扱われ方をしている。
交渉でチートをくれるとは到底思えない。仮にサーラがそれを許しても他が許すわけが無い。間違いなく争いが生じる。
燈達が取るべき最も現実的な選択はエリスの言うように夜サーラの寝床に侵入し、チートを回収して見つかる前にウルファスを出国する事だ。
会話での交渉が不可能な時点で、燈達の取れる行動はこれだけだった。
だが、燈の良心がここで歯止めを掛けようとする。
サーラからチートを奪えばその後サーラはどうなる?
そして自分達に好意的に接してくれた人たちに迷惑を掛け、裏切らなければならない。
そういった懸念点が彼の頭に渦を巻く。
「まさか、また迷ってんのか?」
呆れたように言うエリスに燈は口を開こうとするが言葉が出てこない。
しっかりしろ…。マキに誓っただろ…!チートを回収して、元の世界に帰る…そのために進み続けるって…!!
燈は自身の恋人の姿を思い浮かべる。そしてパチンと自分の両頬を叩いた。
「大丈夫、やるよ…。覚悟は決めてる」
「へへ、その言葉が聞けて安心したぜ。まずは神殿内の構造は開くからだな。今のアタシ達ならある程度神殿内は自由に歩き回れる」
「でも」
「ん?」
「…
「…」
ったく…もうやるってのは決まっちまっているけどよぉ。改めて思うぜ、それは…お前がやっていい事なのか?
確定した事項に対し、そう思うエリスだがその言葉は出なかった。
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