屋敷での一幕
「こ、ここ…か」
手に持った紙を見ながら燈は場所が間違いでは無い事を確認する。
「い、いや……やっぱ間違いなんじゃないか?」
燈は何度も本当に合っているのか確認する。というのも到着したムーミの家と思われる場所があまりにも豪邸だったからだ。
「大企業の営業でデカいビルには何度も行ったけど、これはまた別の意味で緊張するなぁ…まぁ、でも行くしかないよな」
意を決して燈は正門の扉を叩いた。
するとすぐに門が開き中から二人の男が出て来た。
「アカシ様ですね?お話は伺っております」
「どうぞお入りください」
「は、はい…どうも失礼しまーす…」
恐らく使用人のようなものだろう。彼らに促されるままに燈は屋敷の中へ入っていった。
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「アカシさん。ようこそ我が家へ、歓迎します!」
「ど、どうも…。い、いやぁお金持ちなんだなムーミ」
「はい。こう見えて王都の中でも結構名の知れた名家なんですよ私のウチ。ささこっちです」
ムーミに案内され燈は屋敷内を歩く。
そして大広間、役割で言えばリビングのような空間に出た。
「やぁやぁ君がムーミの新しい友達かな?」
そこで現れたのはやけにテンションの高そうなおじさんだった。
「紹介するわアカシさん。私のパパ」
「あ、お父さんか」
「初めましてアカシ君。私の名前はムート・フラスト、ムーミの父だ」
「こちらこそ初めまして。神田燈です」
燈は頭を下げた。
「礼儀も良いし雰囲気も悪くない、中々の好青年じゃないか。ムーミから話は聞いているが神異について知りたいんだって?」
「は、はい」
「資料は私の書斎だ。すぐに取りに行こう、といいたい所だが…ははは、まぁもう夕刻だ。直に夕食が出来る、食べて行きなさい」
「え?い、いやいいですよ。申し訳ないですし、お金も無い」
唐突なムートの提案に燈は首を横に振った。
「遠慮なんかしなくていい。君一人分の食費が捻出できない程ここは貧相に見えるかね?」
「い、いえ…」
「ならいいじゃないか。人の厚意は無下にするものではないよ」
「は、はい」
ムートの圧に押され燈は夕食を屋敷で食べる事になった。
「あ、後ルークさん達もこの後来る予定になってるんですよ!」
「え、ルーク達も来るの?」
「はい、折角アカシさんが来るので皆で夕食にしようって私が提案したんです!」
じゃあ俺ここに来た時点で夕飯いただくの強制だったって事か…。
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「よぉアカシ」
「おぉ、昨日振りだな」
アカシは学内で生活しているため勿論ルーク達と交流する機会が何度かあったため会うのは一週間振りではない。
アカシの後は来たのはルークとその幼馴染のリム、そして
「こんばんわアカシさん」
クール系美少女のレイだ。
「こんばんわ、レイさん」
レイ・ドゥワース、騎士学校の三年生でありルークの先輩にあたる。一週間前の診療所でルークに抱きついていた最後の一人だ。
年下のはずなんだけど…思わずさん付けで呼んじまうな。
成人を迎え数年が経過している燈が子供に見えるくらいレイは大人びていた。
「ルーク、食事後のお風呂は私と一緒に入りましょう」
「いや一人で入りますから」
だがルークと話す彼女は口調は変わらずとも雰囲気が柔和になり少し子供っぽくなった。
やっぱり、雰囲気が少しマキに似てる…。
アカシは親戚の娘を見るような目でレイを見た。
「むぅ!ダメだよレイちゃん。ルークとイチャイチャしたらぁ!」
「ちょっと先輩方何くっついてるんですか!もう夕食です!」
この一週間、事ある毎にこの一人の男を取り合う様を目撃している燈は最早何一つ動揺しなくなっていた。
「お?バアルちゃん」
そんな中、いつの間にか一人ポツンと既に席に座っているバアルを燈は見つけた。
「こ、こんばん…わ」
「こんばんわ。どう?ここの生活、慣れた?」
「は、はい…い、色々……初めて、で戸惑いましたけど…大分、慣れました」
優しい笑顔で言う燈にバアルはたどたどしく言葉を繋げる。
「そう、それは良かった」
そう言って燈はバアルの頭を撫でる。
「あ…うぇ?」
「あ、ごめんごめん。頭撫でるの嫌だった?子供とかにしょっちゅうやってたから癖で…」
「子供、とかにって…アカシさん…は、記憶喪失なんじゃ?」
「え?あ、あははは…い、いやぁ何か記憶喪失前は俺そんな感じだった気がするんだようん!!」
笑いながら燈は勢いで誤魔化した。
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夕食の席は計八人の大所帯になった。
「うん、やはりママの料理は美味い」
ムートはそう言って彼の妻であるパトルを見た。
「ありがとうパパ、そのシチュー自信作なのよ」
パトル・フラスト、ムーミの顔は母親似だと分かる容姿でありとても一人子供を産んだとは思えない美女だ。
ていうかこの世界にもシチューあるんだな。この一週間、具材は違ったけど料理自体は大体知ってる奴だったし。
そんな事を考えながら燈は出された料理を美味しく食べる。
「あ、そうだ」
だがそこでふと燈は思い出した。自分はこの家の両親に礼を言っていないと、それは食事を提供してくれた事とは別件である。
「あの」
「ん?どうしたのかねアカシ君」
「バアルちゃんの事ありがとうございます」
そう言って燈は頭を下げた。この夫妻に対してアカシは何一つ返せるものが無いのが現状だが、それでも礼を言わない理由にはならなかった。
「いいんだよ。人は困った時は助け合いだ。例えバアルちゃんに何か事情があってもそれは私が引き取らない理由にはならない」
「そうよアカシさん。それに、こんなに美味しそうに料理を食べてくれるんだもの。私はそれで充分」
見ればバアルは自分が話題にされているにも関わらず一心不乱に料理を食べていた。
「アカシさん、私の両親他の家と違ってちょっと変わってるでしょ?」
嬉しそうにムーミは言う。
バアルが魔物と人間のハーフである事、ムーミとその両親はそれを承知でバアルを引き取ったのだ。魔物の血が入っている人間はこの都ではどの家でも引き取ってはくれない。それどころか何の罪を犯していなくとも投獄される可能性すらある。そのためムーミの家が引き取ってくれた事は本当に僥倖と言えた。
「あぁ、でも…良いご両親だ」
フラスト家の温かさに燈の心に張り詰めていたものが少し溶けていく。
「はい、ルーク。あーん」
「ずるいレイちゃん!ルークあーん!」
「だから先輩方先に仕掛けるのはずるいですー!」
「いやお前らだからな…」
困った様子で三方向から出されるスプーンを見る。
どれを選んでも一悶着起きそうだったが
「ルーク君…?」
ムーミの父、ムート・フラストのとてつもない圧がムーミのスプーンをルークに選ばせた。
「ふっふーん!」
半ばイカサマをして選ばせたようなものだがムーミは得意げに笑う。
「いや、これは戦場が不公平よ。ルーク、今度は私の家へ」
「そしたら今度はレイちゃんが有利じゃん!」
「賑やかだなぁ…」
ルーク達のやり取りを横目に燈は残りの食事を食べ始めた。
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「まさか風呂まで借りれるとは…完全に俺を泊まらす気じゃないか?」
「泊まらせる気だろ。ムーミの家は来客が寝泊まりする部屋もあるからな」
「ほんとにすごいな…」
大浴場と言って差し支えないような場所、燈は全裸になってその場で立ち尽くした。
体を洗い、大きな浴槽に体を沈ませる。
「おぉーー…。効くなぁ…これ」
この一週間、水道で洗体を済ませていた燈にとってはあまりにも幸せな体験だった。
この浴場は銭湯でないにも関わらず男女区画が分けられていた。
ちなみにルークが燈と一緒に入る事で三人の少女が男風呂に入るという選択肢を取らなくなったため、燈はルークに激しく感謝された。
二人が風呂を堪能し風呂場が静寂に包まれた頃、浴室の入り口の扉が開いた。
入って来たのはバアルだった。
「あれ…?バアルちゃん、こっちは男湯だけど?」
「ん?何言ってるんだアカシ、バアルは男だぞ」
…………。
「うえぇぇぇぇ!!??」
燈は今日一番の衝撃を受けた。
「う、嘘だろあ…あんなに女の子みたいな顔立ちなのに…!下手したら女の子より女の子に見えるぞ!!」
ルークの言葉が真実かどうか確かめるため燈は湯けむりをかき分けバアルの元まで来た。
「ちょ、ちょっとごめんね」
バアルの近くまで来ると燈は彼女、いや彼の局部を凝視した。
「あ……ある」
燈は見た。バアルの股間に男のシンボルが付いているのを確かに見た。
「え、えーと…?」
突然の燈の行動にバアルは戸惑う。
ま、まぁこの世の中色々な人がいる。異世界があるくらいだし。俺はそれをこの一週間で実感した。
それに、男だったからって別に俺がこの子を助けた事を後悔なんて微塵もしてない。
「ごめん、君の事女の子だって勘違いしてた。改めて、よろしくねバアル君」
「?は、はい。よろしく…です」
燈の自己完結の極まった思考が当然彼に分かるはずがない。
何はともあれ、燈は一方的にバアルの理解を深めた。
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