第12話 告白

 レオルドの計らいでコハルとの交流が始まってからというもの、ガレルはこの交流を心から楽しんでいた。自分が旅人の女性と仲を深めていると少し前の自分に言っても、きっと信じてもらえないだろう。

 ガレルはコハルとの時間を少しでも多く確保するべく、執務は普段の倍のスピードで仕上げるようになった。レオルドが呆れたような顔していたが、そんなのは些末なことだ。コハルとの時間の方が何より大切だ。

 コハルと一緒に過ごし、彼女の様々な一面を見るたびに、ガレルはますますコハルに惹かれていった。

 お菓子をご馳走すれば一目で分かるほど美味しそうに食べ、話をすればこちらの話を興味津々に目を輝かせて聞き、コハル自身が話をする時は楽しげに話してくれた。

 一緒に散歩をすれば、今にも駆け出しそうになるほど元気に歩き回っていた。

 王になってから――いや、物心が付いたときからこんなにも穏やかな時間を、ガレルは過ごしたことが無かった。

 だからこそ、こんな時間が長く続いてほしいと願っていた。

 しかし一方で、現実ではその夢のような時間が終わるタイムリミットが迫っていた。




 佑吾たちが獣王国を出立する予定の日の二日前の夜、ガレルは自分の執務室にいた。

 机に座る自分の前には、信頼厚き部下であるレオルドが立っていた。

 レオルドから何か報告を受けている――というわけでは無く、レオルドの進言にガレルが耳を痛めていたところだった。


 「ガレル様、お気づきかと存じますが、明日がコハル様と交流を深めることができる最後の日となっております」

 「……ああ」

 「そのため、コハル様に想いを打ち明けるのであれば、明日をおいてありません。その準備、いや覚悟はできておりますか?」

 「…………」


 レオルドの言葉に、ガレルは沈黙で返した。

 彼の言いたいことは、ガレルだって理解している。

 明日がコハルと過ごせる最後の日になるのだから、告白をするなら明日しか無い。

 子どもでも分かる理屈だ。

 しかし、頭で分かっているのとそれを実際に行動に移せるかは、また別の問題だった。有り体に言えば、ガレルは明日告白することにビビっているのだった。

 レオルドは長年の付き合いでそれを見抜いていたからこそ、前日になって発破をかけに来たのだった。


 「ガレル様。初めて女性に想いを打ち明けることに、躊躇われていることとお察しします。しかし、打ち明けなければ、これからもコハル様と共に過ごす未来は永劫に消滅してしまいます。これからもコハル様と共に過ごす未来を得るためには、勇気を出さないといけないのです」


 レオルドの言葉は、一から十まで正しい。しかし、もし上手くいかなかったら……そう考えると、二の足を踏んでしまう。

 未だ煮え切らない態度でいるガレルに、レオルドはぶっきらぼうに言葉を続けた。


 「しっかりしろガレル。コハル様の事が好きなんだろう? なら失敗を恐れるのでは無く、成功を祈って勇気を出せ」


 それは従者では無く、幼い頃からの友人としての言葉だった。

 突然の砕けた口調にガレルは驚いたものの、そこに込められた友人としての優しさに思わず微笑んでしまった。


 「そう、だな……我はコハルの事が好きだ」


 そうだ、ガレルはコハルの事が好きだ。

 これからの人生を共に歩んでほしいと、本気でそう思っている。

 確かに、告白するのは怖い。

 しかし、告白しないことには何も始まらないのだ。

 レオルドの言葉で、ガレルはようやく覚悟が決まった。


 「すまないレオルド。情けない姿を見せた。我は明日、コハルに告白する!」


 その宣言に、レオルドは嬉しそうに笑みを浮かべた。


 「お気になさらず、王を支えるのが私の勤めです。ご成功をお祈りしています」




 ガレルを励ましたレオルドは、そのまま執務室を後にした。

 もう今日は休もうと自室に帰るべく廊下を歩いていると、壁に背を預けてこちらを待っている人物がいた。


 「オーレル。こんな時間にどうした?」

 「なに、女嫌いで有名な我らが王が色ボケしたと聞いてな。少し様子を見に来た」


 そう言って、オーレルと呼ばれた男は皮肉げに唇を笑みの形に歪めた。

 オーレル・ワイス。

 灰白色の羽が混じる銀髪に、左目にモノクルを付けた気難しそうな梟人ふくろうびとで、この獣王国の魔導士団総団長の任についている人物だ。

 騎士団の総団長を務めているレオルドとは仕事柄よく話をし、さらにはガレルとレオルドの幼なじみでもあった。


 「それで王の様子はどうだ? 旅人の女に懸想して、明日が告白する最後のチャンスらしいが、うまくいくのか?」


 普段は執務と魔法の研究で部屋から出ないくせに、ずいぶんと事情に詳しい。

 恐らく、風の魔法で王宮内の話を盗み聞きでもしたのだろう。レオルドはそう当たりを付けた。


 「…………正直なところを言えば、かなり難しい。王とコハル様は出会って一週間ほどしか経っていないのだ。お互いが惹かれているならばともかく、今回はガレル様の一目惚れであるから、望みは薄いと思う」

 「ククッ、先ほど執務室で発破をかけていた奴と同じ奴の言葉とは思えんな」

 「うまくいってほしいと願っているのは本当だからな」


 レオルドがそう言うと、オーレルは面白くなさそうに「フン」と息を吐くと、用が終わったのかレオルドの横を通り過ぎていった。


 「何だオーレル、ガレルが心配だからわざわざこんな遅い時間に会いに来たのか? 出不精のお前が」


 遠くなっていくオーレルの背中に、レオルドはからかうように声をかけた。

 オーレルはピタリと立ち止まると、振り返って忌々しげに顔を歪めた。


 「気色の悪いことを言うな。王がふ抜けていると国が不安定になる。そんな下らんことで仕事が増えて、時間が取られるのが嫌なだけだ」

 「そうか。それと明日もしガレルが失敗したら、ヤケ酒でもして慰めるぞ。付き合え」

 「誰がそんな面倒くさいことをするか」


 そう厳しく言い放つと、オーレルは廊下の奥へと消えていった。

 気難しい友人の態度に、レオルドはやれやれと苦笑を浮かべた。まあ、何だかんだと友達思いの奴だ。強引に誘えば、付き合ってくれるだろう

 そして、レオルドは明日のことを考えた。

 明日のガレルの告白は、どのような結果になろうともガレルにきっと良い変化をもたらしてくれるだろう。

 そんなガレルをこれからも変わらず支えていこう、レオルドはそう思った。




 ガレルがコハルと過ごせる最後の日。

 ガレルは午前中に今日やるべき執務を全て終えると、一目散にコハルの元へと向かった。

 コハルを昼食に誘い、その時に「今日は一緒に過ごせる最後の日だから、夜になるまで一緒に過ごしたい」と伝えると、コハルは笑顔でそれを快諾した。


 昼食を終えると、二人は庭園へと向かい、いつものコースを散歩した。

 しばらく歩いた後は、庭園の中にある東屋へと立ち寄り、ティータイムを楽しんだ。庭師が毎日丁寧に整えている美しい庭を眺めながら、お茶とお菓子を口に運んだ。

 コハルは連日のようにガレルとの交流を楽しんでいるようだった。お菓子を一つ口に入れると、その甘さに顔を綻ばせていた。

 対するガレルはというと、人生初の告白の事で頭が一杯になっていた。

 気を紛らわすためにお菓子や茶を口に運ぶが、最高級の品であるそれらの味がまるでしない。どこで告白するのか、どんな言葉で伝えるべきか――告白のシチュエーションで悶々と悩み続けていた。

 ティータイムの中でコハルと色んな話もしたが、ガレルの思考のリソースは告白にほとんど持って行かれ、どんな話をしたか覚えていない。

 そうして悩んでいる内に、時間は矢のように過ぎていった――


 「あ、もうすぐ夜だね」

 「何っ!?」


 東屋から空を見上げるコハルの視線を追うと、空はオレンジ色に染まり、太陽は水平線に差し掛かり、今にも沈もうとしていた。

 一体、いつの間にこんなに時間が過ぎてしまったのか。


 「じゃあ夜になるし、私部屋に戻るね。ガレル、今日も楽しかったよ!」

 「ま、待ってくれコハル!」

 「ん?」


 部屋に戻ろうとするコハルを慌てて引き留める。

 このままコハルを返してしまったら、告白することができない。

 しかし、散々悩んだにもかかわらず、どんな風に告白するのかも決まっていない。

 どうする!? どうすればいい!?

 テンパり続ける頭で必死に考えるが、思考は空回りするだけで何も思い浮かばない。


 「ガレル、どーしたの?」


 何も言わないガレルを不思議に思って、コハルが尋ねる。

 当のガレルは返事をする余裕もなく、ひたすらに考え続ける。普段の執務でも使ったことがないほどに脳を酷使して考える。

 せめて、もう少しだけ夕日が沈む時間が遅れてくれれば考える時間もできたのに。自然の摂理に無茶を言おうとしたガレルに、ふと閃きが生まれた。


 「夕日、そう夕日だ! コハル、王宮の高いところで一緒に夕日を見ないか? きっと綺麗だぞ!」


 そう言い切った後、ガレルはしまったと後悔した。

 いくら何でも急すぎる。何だ夕日を見ないかって。別に移動しなくてもここで見れば済む話じゃないか。そう頭の中で、自分を罵倒する。


 「夕日? うん見たい!」

 「え?」

 「きれいな夕日見たい! ガレル、高いところまで連れて行って!」

 「あ、ああ、こっちだ」


 意外にもコハルは乗り気だった。

 それに助けられたガレルは気を持ち直して、夕日が一番きれいに見える場所までコハルを案内した。その道中も告白のことを考えていたのだが、良い告白のセリフは何も思い浮かばなかった。

 ガレルが連れてきたのは、王宮の最上階にある広いバルコニーだった。

 視線の遥か先には燃えるように赤い夕日が沈みゆくのを見ることができ、さらに眼下では夕日に照らされてオレンジ色に輝く町並みを一望することができた。


 「すごーい! きれーい!」

 「コ、コハル、あまり身を乗り出すと危ないぞ!?」


 興奮したコハルが手すりから身を乗り出し、ガレルは慌ててそれを引き留めた。手すりから体を離した後も、コハルは夕日に彩られた町並みをキラキラした目で楽しそうに眺めていた。

 その笑顔を見て、ガレルは思い出した。

 ああ、そうだ。自分は彼女のこの笑顔と綺麗な目を見て好きになったんだ。

 自分の隣でずっとこんな風に笑ってほしい、そう思ったのだ。

 想いを再認識したガレルの口から、心のままに言葉がこぼれた。


 「コハル」

 「ん? なーに?」

 「コハル、我はお前のことが好きだ。これからずっと、我の隣に居てくれないか?」


 ガレルはコハルに想いを告げた。

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