第11話 蠢動

 その後、佑吾たちはガレルとの約束通り、一週間王宮に滞在することになった。

 レオルドの手配のお陰で、佑吾たちは客人として厚遇された。

 庶民的な生活しかしてこなかった佑吾は、王宮での待遇に慣れず、常時恐縮しっぱなしだったが、他の仲間は思い思いに王宮滞在を満喫しているようだった。

 サチは王宮の図書館にこもって本や魔導書を読みあさり、エルミナは「絵本のお姫様になったみたい!」とはしゃいで王宮を探険し、ライルは王宮の兵士たちと鍛錬していた。

 そしてコハルはと言うと、普段は佑吾たちと一緒に過ごしているが、時折ガレルが昼食、お茶会、散歩など様々なことに誘っていた。

 コハルとガレルは順調に仲を深めているようで、コハルはいつも楽しげに笑っていて、その日の出来事を佑吾たちに教えてくれた。

 そのコハルの笑顔を見るたびに、佑吾は何故かモヤモヤとした気持ちを感じていた。

 だが、その原因が分からない佑吾は、二人の交流を静かに見守ることにした。

 そうやって数日ほど過ごした後、昼食後にコハルとガレルがいつものように交流を深めに行っている間に、佑吾たちのもとにレオルドが訪れた。


 「皆様に約束していた王族専用の移動手段ですが、順調に整備が進んでおり、予定通りの期日にご準備できるかと思われます。ですが……こちらとしては、もう少し滞在を延長されても問題ありません。いかがでしょうか?」


 レオルドの言葉には、ぜひそうして欲しいという思いが見て取れた。

 滞在が長引くほど、ガレルとコハルが長く交流を深められるからだろう。

 佑吾がどうしようかと悩んでいる間に、ライルが先に答えた。


 「いや、そちらには悪いが、滞在しすぎてズルズルと長引いても困る。予定通りに出発しようと思う」

 「そうですか……残念ですが、元々こちらからお願いしている身、皆様を引き留めることなどできません。では準備が完了次第ご連絡いたしますので、それまでは私の願いにお付き合いください」


 そう言うと、レオルドは深々と頭を下げた。


 「約束の日まであと数日しか無いけど、王様とコハルは上手くいってるの?」

 「……仲良くはなったと思いますが、いわゆるそういう仲になるのはまだ難しいかと。ですので、最後の日までガレル様の想いが叶うよう臣下として支えたいと思います。恐らくですが、約束した日の前日の夜に、ガレル様が想いをコハル様に伝えるかと思いますので、その時は二人きりにさせてあげてください。では、私はこれで」


 退室するレオルドの背を見ながら、佑吾は頭の中で彼の言葉を反芻した。

 想いを伝える――つまりは、ガレルがコハルに告白すると言うことだ。

 コハルがもしガレルの告白を受け入れたら――佑吾がそう想像すると、頭の中でコハルが真っ白で綺麗なウェディングドレスを身につけて、隣に立つガレルと幸せそうに笑い合うシーンが浮かび上がった。

 佑吾の想像した光景は、とても美しく祝福すべきものであるはずなのに、佑吾の中には素直に喜べない自分がいた。

 どうしてなのだろうか、佑吾の胸にまたモヤモヤしたものが湧き出した。


 「――ご! 佑吾ってば!」

 「えっ!? な、何だサチ」

 「何って、さっきからずっと呼んでるじゃない。何ボーッとしてんのよ」

 「ああ、ごめん……ちょっと考え事してて……」

 「ったく……それで、あんたは良いの?」

 「良いって、何が?」

 「だから、あの王様の告白の事よ! コハルが受け入れてもいいの?」

 「良いも何も……決めるのはコハルだろ? 俺がどうこう言うことじゃないよ」

 「ふーん……じゃあ、コハルがあいつと結婚してもいいって訳ね」


 サチがそう言うのを聞いて、佑吾の頭に再び二人が笑い合うシーンが浮かび上がる。

 それと同時に、胸の中にまたモヤモヤとしたものが生まれた。

 どことなく嫌な気分で、頭に浮かぶシーンをかき消したい。それでも、佑吾にとって何より大事なのは、家族の――コハルの幸せだ。



 「……そうだな。それで、コハルが幸せになれるなら」

 「…………あっそ!! それならそれでいいわよ、もう!


 佑吾の返事に納得がいかなかったのか、サチは声を荒げてそう言い残すと、部屋を出て行ってしまった。

 サチが何で怒ったのか、その理由が分からなかった佑吾は、彼女を追いかけることができなかった。

 どことなくぎくしゃくとした雰囲気のままその日は終わり、その夜、佑吾の頭の中では、コハルが結婚するイメージとサチの「コハルが結婚してもいいのか」という言葉がぐるぐると回り、眠りにつくことができなかった。




 佑吾が眠れぬ夜を過ごしている頃、王都レオニールから少し離れたところにある村の中、一人の女が歩いていた。

 女は教会のシスターのような修道服を身につけていた。

 しかし本来清廉潔白な衣装であるはずのそれは、全身が禍々しい黒に染められており、胸の中央には龍の顔を象った紋章――正神教団の紋章があしらわれていた。


 「ラーララ~♪ ランララ~ン♪♪」


 女は鼻歌を歌いながら、今にもスキップしそうなご機嫌な足取りで歩いていた。

 そして村をぐるりと一周するように歩いて、女は満足げに頷いた。


 「ふぅ、これで今回の布教活動は完了ですね。村の皆様に尊い教えを――愛の素晴らしさを授けることができて本当に良かったですわ」


 女は嬉しそうにそう呟いた後、懐から水晶玉を取り出した。

 今回の任務に当たる上で、上司から渡された通信用の魔道具だ。

 女が魔力を込めると、水晶玉がほのかに光り始めた。


 「こちらキュリーでございます。教主様、少しお時間よろしいでしょうか?」

 「ええ、問題ありませんよ、キュリー。任務の報告ですか?」


 修道服の女――キュリーの言葉に応えるように、水晶玉から優しげな声が響いた。


 「はい。お任せいただいた布教活動についてですが、無事に完了しました。村の皆様に、真実の愛の素晴らしさお伝えすることができました」

 「それは素晴らしい! ご苦労様でした、キュリー」

 「いえ、これも全てはグレイスネイア様の為、引いては世界のためなのですから」


 女が恭しい声でそう言うと、水晶の向こうにいる男も満足げな声を漏らした。


 「それではキュリー。立て続けで心苦しいのですが、次の任務を受けていただいても構いませんか?」

 「この身はグレイスネイア様に捧げております。何なりとご命令ください」

 「おお、敬虔な信徒であるキュリーにグレイスネイア様の加護があらんことを。さて、任務についてですが、次の目的地は獣王国の王都レオニールです。そこからであれば、数日もかからないでしょう。そこで、いつものようにあなたの教えを、愛の素晴らしさを存分に広めてください」

 「まあ、レオニールと言えば、この獣王国で一番大きい都市ではありませんか。ふふ、腕が鳴りますわね」

 「ええ、存分に腕を振るってください。良い報告が聞けるのを、心待ちにしておりますよ。それでは」


 男がそう言うと、水晶玉の光が消えていった。

 キュリーは水晶玉を懐にしまうと、明日が楽しみな子どものような無邪気な笑顔を浮かべた。


 「ああ、また多くの人に愛の素晴らしさを伝えられると思うと、高ぶってしまいますわね。ふふ、それではすぐに向かうとしましょう」


 王都へ向かうなら、今いる村の入り口ではなく、反対方向の入り口から出なければならない。キュリーは踵を返して、再度村の中を歩き始めた。

 少し歩くと、道の真ん中に獣人の男が横たわっており、その側でまるで介抱するように獣人の女がしゃがみこんでいた。

 何も知らない人がその光景を見れば、倒れた急病人の男性を女性が介抱している、または酔っ払って道で寝ている男性を女性が起こそうとしている、といった平和な事情を思い浮かべるだろう。


 しかし、実際の所はそんな平和で穏やかなものでは断じて無い。

 横たわっている男の顔は、耐えがたい激痛に苛まれたのか苦悶の表情に歪みきっており、目や鼻から血を流していた。

 呼吸も完全に止まっており、男の体は既に冷たくなっていた。

 しゃがんでいる女はその男の妻であり、男の死体にすがりついて泣いていた。

 男の死が受け入れらず、その悲しみのままに嗚咽を漏らしていた。


 明らかに異常な光景、しかしキュリーはそれを見て満足げに微笑んだ。

 何故なら、この光景を生み出した元凶が、ここにいるキュリーに他ならないからだ。

 そして、その光景はキュリーの目の前だけにとどまらず、村全体で繰り広げられていた。

 村にいた全ての男が苦痛の表情を浮かべて息絶えており、それを嘆く女性の悲哀の声が村中に響いていた。

 キュリーは、それを堪能するようにゆっくりと歩いて行った。

 そして、両手を広げながら恍惚とした表情で空を見上げた。


 「ああ……愛で満たされた光景は何と尊いのでしょう……グレイスネイア様の為にも、この苦難満ちる世界を愛で満たさなくては」


 その大望を果たすため、キュリーは次の目的地へと向かっていく。

 獣王国王都、レオニールへと。

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