第9話 招聘

 王であるガレルが旅人である犬人の少女に一目惚れした――そんな突拍子も無い言葉を、長年の従者として信頼しているレオルドから聞いたガレルは、それを一笑に付した。


 「我が……一目惚れ? あの犬人の少女にか? いや、そんな馬鹿な……有り得ん。うむ……」


 ガレルは必死にレオルドの言葉を否定した。

 しかしそれは、確信があって否定していると言うよりも、どちらかと言えば信じられないという意味合いの方が強かった。

 その意味合いを従者を務めた長い経験から汲み取ったレオルドは、構わず言葉を続けた。


 「……では確認のため、今からする質問にお答えください」

 「……分かった。申してみよ」


 ガレルはレオルドの言葉を怪訝に思いながらも、椅子に座り直してその質問とやらを聞いた。


 「あの少女のことを、もっと知りたいとは思いませんか?」

 「…………」

 「あの少女と、言葉を交わしてみたくはありませんか?」

 「………………」

 「あの少女が、自分の隣にいてくれたら嬉しく思いませんか?」

 「……………………」


 レオルドの質問に、ガレルは終始無言を貫き通した。

 しかし、子どもの頃からの付き合いであるレオルドからすれば、ガレルの答えは分かりきっていた。


 「ガレル様の答えは、全て『はい』ではありませんでしたか?」

 「………………ああ、そうだ」


 レオルドに全て見透かされていることを察したガレルは、観念して素直に認めた。

 自分は、あの犬人の少女のことが異性として気になっていると言うことを。

 しかしいざ認めてしまえば、ガレルは何だか不思議な心地がした。

 先ほどまで、レオルドの「世継ぎを作れ」と言う言葉を嫌に思い、自分には恋愛など不可能だと思っていたのに、今ではどこにでもいる男のように、あの少女のことが気になっているのだから。

 だが認めたら認めたで、また別の問題が生まれてしまった。


 「レオルドよ……お前を忠臣と見込み、今から大層情けない相談をするが構わないか?」

 「何を今更。私はあなた様がいたずらをした罰で前王妃様にお尻を叩かれている所をご覧になったことがあるのですよ? どんな些細な悩みでも、ぜひご相談下さい」


 ガレルは頼れる右腕の言葉を大変頼りに思いながら、自分が子どもの頃のその恥ずかしい記憶はできれば忘れてほしいとも思った。

 そして、躊躇いながらも意を決してポツポツとその相談を言葉にした。


 「その……だな。あの少女と、こ、懇意になるためには、どうすれば良いと思う…………?」

 「……………………なるほど」


 ガレルの言葉から、レオルドは全てを察した。

 ガレルは確かに幼い頃からモテてはいたが、女性と仲良くなること自体は敬遠していた。

 それ故、女性経験が皆無なのであった。

 そのため、今のように気になる女性ができても、自分からアプローチする術がまるで分からなかったのだ。

 それを理解したレオルドは、一つ策を提案した。


 「あの少女を王宮へと呼び、食事をしながら話などしてみてはいかがでしょうか?」

 「いち旅人を何の理由も無しに、王宮へと招くことはできん。それに、王宮に呼んでは相手が萎縮してしまうのではないか?」

 「ええ、存じております。それにガレル様の言うとおり、本来なら最初は王族という身分は明かさずに接近した方が仲良くなりやすいでしょう」

 「なら、それを提案した理由は何だ?」

 「あの少女の一行は旅人です。いつまで獣王国に滞在するかは分かりません。身分を明かさずに接近しても、仲良くなる前に次の目的地へと旅立ってしまうでしょう。それなら、最初から身分を明かしておいて、引き留められる策を講じやすいようにしておいた方が良いでしょう」

 「……おい、分かっているとは思うが、権力を振りかざすような真似は絶対にせんぞ」

 「分かっております。あくまで交渉に止めるつもりです。例えば、国境を越えやすくするための便宜を図ると伝えておき、その準備に時間をかければ、その分彼女を引き留められるでしょう?」


 それは要は嘘をつくということなんじゃないかとガレルが言ったが、レオルドは「嘘も方便です」と涼しげな顔でのたまった。


 「そして王宮に呼ぶ理由についてですが、こちらには当てがあります」

 「当てだと?」

 「はい。この理由であれば、彼女らを王宮に招いても何ら問題は無いでしょう」


 そう言って、レオルドは自信ありげに微笑みを浮かべた。




 佑吾たちは入国した翌日、宿泊した宿屋の一階にある食堂で朝食を食べていた。

 米と豆と野菜が混ぜられた料理、パンの隙間に揚げ物と野菜を挟んだ料理など獣王国の郷土料理を楽しんだ。

 中でも目を引いたのは、青汁のような深緑色のスープと米の上にどでかい肉の塊が乗った料理だ。

 前者は見た目こそアレだったが、飲んでみると野菜のコクがあって美味しかった。後者は肉が大好きなコハルが、目を輝かせて平らげた。

 そうやって料理を楽しみながら、今日の予定について話し合っていると、入り口の扉がバンと開き、鎧を着込んだ兵士たちがぞろぞろと入ってきた。

 突然入ってきた兵士たちに、食堂にいた全ての人間が視線をやり、何事かとひそひそと話し合っていた。

 当然佑吾も気になり、入り口へと視線をやった。

 兵士たちの先頭にいるリーダー格らしき男は、青い髪をした虎人とらびとだった。

 ナイフのように鋭い目つきで、誰かを探しているのかキョロキョロと辺りを見回していた。

 やがて、パチリと佑吾と目が合った。

 すると、その男はツカツカと真っ直ぐにこちらへとやってきた。


 「すみません。昨日大通りの方でひったくり未遂の事件があったのですが、犯人逮捕に協力してくれたという旅人は、あなた方の事で間違いないでしょうか?」

 「ええと……老夫婦が二人組の獣人に狙われた事件のことですか?」

 「ええ、その件です」

 「はい、その件でしたら確かに自分たちが、というよりはそこにいるコハルが犯人を二人とも捕まえました」


 佑吾の声に反応して、コハルが肉を頬張りながら「うん?」と顔を上げる。

 そして十分に肉を咀嚼してごくんと飲み込んでから、話し始めた。


 「おじいちゃんたちの荷物を盗ろうとした悪い人たちなら、昨日私が捕まえたよ?」

 「ああ、やはりそうでしたか。『白髪の犬人』という情報しか無かったので、見つけられてよかったです」


 青髪の虎人とらびとは、安心したように微笑みを浮かべた。

 そんな虎人の男に対して、ライルが警戒を滲ませた声で話しかけた。


 「事件の顛末なら昨日話したはずだが……俺たちに一体何のようだ?」

 「そんなに警戒しないで頂きたい。私の名はレオルド・エスカード。この国の騎士団の総団長を務めております」


 青髪の虎人とらびと――レオルドの言葉に、ライルの表情が変わる。

 そんなライルに、佑吾はそっと耳打ちで尋ねた。


 「ライルさん、総団長って?」

 「…………確かこの国の騎士団のトップにいる人間だ」

 「…………何でそんな偉い人が俺たちを尋ねに?」

 「…………俺にも分からん」


 そうやって佑吾とライルがひそひそと話していると、レオルドが割って入ってきた。


 「私があなた方を訪ねたのは、ひったくりを捕らえてくれたことに対してお礼がしたかったからです。詳しい話は……ここではできませんので、我々が用意した馬車まで来て頂けないでしょうか?」


 その提案を受けて、佑吾は思案した。

 正直なところ、佑吾は早くこの会話を終わらせたかった。

 騎士団のトップが旅人にお願いをしている、という珍奇な状態にいるせいで、食堂にいる全ての人を注目を集めていて大変居心地が悪いからだ。

 それに話を聞く限り、特に何か悪いことが起きそうな気配も無い。レオルドの提案を受けても問題無いんじゃないだろうか。

 そう思って、佑吾がちらりとライルを見やると、ライルも不承不承うなずいて答えた。


 「分かりました。馬車まで着いていきます」


 佑吾はそう答えて、佑吾たちはレオルドに連れられる形で宿屋を後にした。




 レオルドに連れられて、佑吾たちは騎士団の馬車に同乗した。

 佑吾とライルがレオルドと同じ馬車に乗り、コハルたち女子三人は女性騎士の馬車へと同乗した。

 レオルドの指示で、馬車が進み始める。


 「どこに向かっている?」

 「王宮です。我らが王であるガレル様が、皆さんに会いたがっておりますので」

 「王様!?」


 レオルドの言葉に反応して、佑吾が素っ頓狂な声を上げた。


 「な、何で王様が俺たちに……昨日入国したばかりなのに……」

 「…………実はお二方には、ひったくりを捕らえてくれた件とは別にお話があるのです」


 レオルドが静かな口調で、そう話を切り出した。

 それに対し、佑吾はいぶかしげな表情を浮かべ、ライルは再びその表情に警戒を滲ませた。


 「実は昨日、あなた方のお連れの犬人の少女――コハル様がひったくりを捕らえるのを我が王がご覧になっていたのです。その時になんですが……」


 レオルドは一度言葉を切って、視線をさまよわせた。

 どう伝えたものか、としばらく思案しているようだったが、やがて諦めたようにため息をついた。


 「……我が王がコハル様に、端的に言うと一目惚れなさった次第でして……」

 「はい?」

 「はっ?」


 レオルドの言ったことが理解できず、佑吾とライルは同時に聞き返した。


 「ですので、お二人にはそのお手伝いをお願いしたいのです」

 「…………その王様とやらに、コハルを献上しろと、そう言いたいのか?」


 ライルが険のある声で、そう聞き返した。

 レオルドの返答次第では、剣を取りかねないほど剣呑な雰囲気を含んだ声だった。


 「いいえ、そういう訳ではありません。すみません、私の説明不足でした。何分今回のような事態は初めてでして……ご容赦を」


 レオルドが申し訳なさそうに頭を下げた。 

 その真摯な態度を見て、ライルは毒気を抜かれたのか剣呑な雰囲気を薄れさせた。しかし、その目にはまだ警戒の色があった。


 「順を追って説明させて頂きます。昨日コハル様がひったくりを捕らえるところを我が王がご覧になられ、そして見初められました。しかし、王が一旅人と気軽に交流することはできません。そこで、今回コハル様がひったくりを捕らえてくれた礼として王宮に招き、そこでお二人が交流する機会を設けたいと思った次第です」

 「その……言葉は悪いのですが、ひったくりを捕まえただけで王宮に招くのは無理がありませんか?」


 佑吾が疑問を口にすると、レオルドはまるでその質問を予期していたかのようによどみなく答えた。


 「確かに普通は有り得ません。ただコハル様が捕まえたのは、ここ最近旅行者から頻繁に強盗行為を繰り返していた強盗団の一味だったのです。尻尾を掴むのに難儀していたのですが、コハル様が捕らえた二人組のお陰でアジトの場所が分かり、昨日の深夜に一斉検挙することができたのです」

 「なるほどな。それなら確かに、王宮に招く理由としては十分だな」


 佑吾もライルと同じように、王宮に招かれる理由に納得した。

 しかし、もう一つ疑問があった。


 「すみません、もう一つ確認なんですけど、王様の結婚相手って身分の高い人から選ばれるものじゃないんですか?」

 「外の国ではそれが普通だと聞き及んでおりますが、獣王国では特にそう言った決まりや慣習はございませんので問題ありません」


 レオルドの言葉を聞き終えた佑吾とライルは、互いに「どうしたものか」と言いたげな表情で顔を見合わせた。


 「その……最後にもう一度確認したいんですけど、コハルを無理矢理結婚させるとか、そういう事はしないんですよね?」

 「はい。断じて、そのような事は致しません。何より我が王は、そのような権力を濫用する行為を嫌悪しておりますので」


 そう言いきったレオルドの目は、嘘をついているようには見えず、何より自らが仕える主君へのゆるぎない信頼があるように、佑吾には見えた。


 「……そちらの事情は分かりました。ただ、その話をお受けするかどうかは当事者であるコハルに決めさせてください。コハルの人生に関わるかもしれないことですから、コハルに決めさせたいんです」

 「はい、それで構いません。ぜひ、お願いします」


 レオルドはそう言って、恭しく頭を下げた。

 そこで会話は終わり、佑吾たちは無言のまま馬車に揺られ続けた。

 しばらく揺られていると、進行方向に白亜の宮殿が見え始めた。

 もうすぐ王宮に着く。そんな中、佑吾にはコハルとは別の件で心配していることがあった。


 「謁見の時の作法って、どんなだったっけ……?」


 佑吾は、数ヶ月前にリートベルタで覚えた、王に謁見する際の礼儀作法を忘れてしまっていた。

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