第5-5話 佑吾の修行 前編

 「佑吾、お主の修行なんじゃがな。儂ら全員で見ることにしたぞ」

 「…………えっ? どういうことですか?」


 修行の内容について教えてもらうために居間へと来た佑吾は、イルダムから開口一番にそう言われて困惑した。イルダムの後ろに立つウリカ、エルード、オレリアの3人に視線を向けると、皆微笑ましそうに佑吾を見返した。


 「お主の戦い方を皆に聞いたのじゃが、何ちゅうか……お主には得意とする技術がないんじゃ」

 「うっ⁉︎ それは……」


 イルダムの率直な言葉に、佑吾は言葉に詰まる。

 確かに他の皆──サチは魔法、コハルは武術、ライルは剣術、エルミナは治癒魔法とそれぞれ得意とする技術があるのに、佑吾にはそれが無い自覚があった。


 「じゃが、お主にも他の皆には無い優れた点がある。それは色んな技術を万遍なく使えることじゃ。じゃから儂ら全員でその技術を全部底上げしようっちゅうわけじゃ」

 「なるほど……でも4人に修行を見てもらうのって効率が悪いんじゃ……?」


 色んな技術を万遍なく鍛えるというのは一見良さそうに聞こえるが、一つ当たりの鍛錬の時間が短くなる欠点がある。すなわち、どの技術も中途半端にしか鍛えられない危険性があるのだ。

 佑吾がその懸念を口にすると、イルダムはよく見るニヤリとした笑みを浮かべた。


「かかっ、お主の言う通り確かに効率は悪くなる。じゃが今教えとる他の4人以上に厳しく鍛えてやっから安心せい。まあ、お主が手加減してほしいんなら手加減してやってもいいがどうする?」


 イルダムが挑発するようにそう問うた。

 すると佑吾は、その言葉に躊躇うことなく答えた。


 「みんなを守れる強さが手に入るなら、手加減なんて要りません。全力で修行を頑張ります!」

 「よっしゃ、よう言うた! みっちり鍛えてやっから覚悟せいよ!」


 佑吾の返答に満足したのか、イルダムは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 そうして、佑吾1人に対してイルダムたち4人の修行が始まった。




 イルダムの修行は容赦が無かった。

 どういうものかというと、イルダムが佑吾に魔法を片っ端から打っていき、佑吾はその間、武器も氣術も使わずに魔法だけで応戦するというものだった。

 要は、互いに魔術を撃ち合うということだ。

 この修行法は、双方が同じくらいの実力であれば、お互いに魔法が相殺していくだけのものだ。

 しかし、双方に著しい実力差がある場合、弱い方は息つく暇なく蹂躙されるだけのいじめに近い修行法でもあった。

 ──事実その弱い方である佑吾は、イルダムの魔法からひたすら逃げ回っていた。


 「ほれほれ、何か打ち返してこんか。逃げ回っとるだけじゃ強くはなれんぞ」

 「い、いや、そうは言いますけど──危なっ⁉︎」


 ふよふよと宙に浮いたままイルダムが放った氷の礫が、佑吾の左頬をかすめた。

 そんな佑吾に追い討ちをかけるように、イルダムが放った風の魔法が佑吾に迫っていた。


 「ま、<魔盾マギルド>⁉︎」

 「おう、その調子じゃ。じゃがそんな薄っぺらい盾じゃ数秒も持たんぞ」

 「くっ……おわぁ⁉︎」


 イルダムの言葉通り、佑吾が生み出した魔法の盾はイルダムの風の魔法によってピシピシとヒビが入っていき、あっけなく割れてしまった。

 盾を割っても勢いが衰えない風によって、佑吾は無様に吹き飛ばされてしまった。


 「あ痛てて……」

 「全くだらしないのう。魔法が破られそうになったら魔力をさらに込める、もしくはすぐに離脱して反撃の魔法の準備をする。そのどちらかをすぐに判断して実行するんじゃ」

 「い、いや、魔法を唱えるのに集中してますから、そんな一遍に考えられないですよ」

 「阿呆。魔法を唱えるのに夢中で他が疎かになったら意味がないじゃろが。魔法を唱えながらも冷静に局面を把握し、状況に適した魔法を即座に練り上げねばならんのじゃ」

 「そんな無茶な……」

 「かかっ、安心せい。その無茶を実現するための修行を今やっとるんじゃ。ほれ、いい加減立てい。もういっぺんやるぞ。」

 「はい……」


 イルダムの叱咤に、佑吾は泣く泣く腰を上げた。

 その日、佑吾は数えるのが億劫になるほど、イルダムの魔法に吹っ飛ばされた。




 ウリカの修行は忍耐力が必要なものだった。


 「それじゃあ佑吾さん。私と修行している間は、常に<剛体ごうたい>を発動し続けてください」

 「はい⁉︎」

 「そんな驚くほどのことじゃありませんよ。強い人はみんな当たり前のようにやっている技術ですから。さあ、どうぞ」

 「は、はあ……」


 ウリカに手で促されるままに、佑吾は<剛体ごうたい>を発動させて、それをそのまま維持し続けた。


 「ふっ……ぐぅ……き、ついですね、これ……」


 <剛体ごうたい>は全身に氣力を漲らせることで肉体を強化する氣術だ。

 佑吾は今まで攻撃や防御の瞬間にしか使ったことがなく、今やっているみたいに長時間発動し続けるということをしたことが無かった。

 全身に氣力を漲らせ続けるというのは想像以上にきつく、かなり集中力が必要なものだった。一瞬でも気を抜けば、即座に<剛体ごうたい>が解除されそうだった。


 「その調子ですよ。それでは、とりあえず1時間ほど維持してみましょうか」

 「1時間⁉︎」


 ウリカの言葉に佑吾は驚いて、集中が途切れて体内で維持していた氣力が霧散してしまった。


 「ほらほら、気を抜いてはダメですよ。集中集中」

 「は、はい……分かりました」


 ウリカに優しく促されるまま、佑吾は<剛体ごうたい>を維持し続けた。

 

 ──1時間後


 「ふふ、ちゃんと維持できましたね。すごいわ、佑吾さん」

 「いえ、かなりきついですよこれ……」


 佑吾の言葉に嘘は無く、特に体を動かした訳でも無いのに、じっと集中し続けた精神的な疲労から、佑吾は全身にダラダラと汗を流していた。


 「それでは、次はその状態で私と組み手をしましょうか」

 「え……?」

 「ふふ、ほら構えてください」


 ウリカから有無を言わさず木刀を手渡された佑吾は、言われるがままに構えを取った。もちろんその間も、ウリカに言われた通り<剛体ごうたい>を発動し続けていた。


 「準備はできましたね? それでは始めますが、くれぐれも<剛体ごうたい>は解かないように気をつけてくださいね。怪我をしますよ」


 言葉が終わるとともに、先にウリカが攻撃を仕掛けてきた。

 佑吾との距離を一気に詰め、強烈な前蹴りを繰り出した。


 「ぐっ⁉︎」


 佑吾は木刀に氣力を込めながら、老婆とは到底思えない威力の蹴りを受け止めた。そして無理に踏ん張らずに、蹴りの勢いを利用して後ろへと跳んだ。

 なるほど、と佑吾は今の一連の攻防でウリカの修行の大切さを理解した。

 <剛体ごうたい>を発動して続けていたお陰で、ウリカの蹴りを受け止めることができ、体勢を崩すことなく距離を取ることができたからだ。

 もし<剛体ごうたい>を維持していなかったら、<剛体ごうたい>を発動する手間で一手遅れてしまい、ウリカの攻撃を受け止めきれずに体勢を崩していただろう。


 「良いですね。その調子でしっかりと攻撃をガードしてください。反撃もできれば、なお良しです」


 そう喋りながら、ウリカが次々に徒手空拳で攻撃を繰り出していった。


 (反撃ったって、そんな隙どこにも無いじゃないか⁉︎)


 佑吾は心の中で、そう叫んだ。

 佑吾はウリカの攻撃を何とか捌いていたが、激しいウリカの連撃を徐々に捌き切れなくなっていた。

 それに対してウリカは息が一切乱れておらず、攻撃の威力も変わらないままだった。

 そんなウリカが放った右の回し蹴りが、佑吾の木刀をすり抜けて顎を掠めた。

 衝撃としては些細なもの。しかし、佑吾の集中を途切れさせるにはそれで十分だった。


 「しま──がっ⁉︎」


 集中が途切れてしまったせいで、佑吾の<剛体ごうたい>は解かれてしまった。それにより、佑吾はウリカの次の蹴りを受け止めることができず、木剣ごと左肩を蹴り抜かれて吹っ飛ばされてしまった。


 「ぐっ……痛っ!」


 尻もちをついた佑吾が立ちあがろうとすると、左肩に激痛が走った。


 「あらあら、左肩が脱臼したようですね」


 ウリカの言葉通り、佑吾の左腕がだらんと力無く垂れ下がっていた。

 すると、ウリカがスタスタと佑吾に近づいて肩と腕を掴むと、骨を強引にはめ込んで脱臼を治した。

 ごりゅっ、と骨と骨が擦れる音がした。


 「い"っ…………⁉︎」

 「ほら、治りましたよ」


 何でもないことのように言うウリカだったが、佑吾は激痛でそれどころでは無かった。

 佑吾が涙目で顔を上げると、ウリカがいつもと変わらぬ微笑みを浮かべていた。


 「さあ、痛みが引いたら組み手を再開しましょうか。今度は<剛体ごうたい>を解いたらダメですよ?」


 4人の修行の中で、ウリカが1番スパルタなのでは?

 佑吾の頭にそんな言葉が浮かんだ。

 



 オレリアの訓練は無茶苦茶だった。

 治癒魔法の訓練だから、イルダムやウリカのような荒々しいものにはならないだろう。佑吾はそんな考えは甘かったと言うことを、身を持って体感していた。

 なぜなら、佑吾は今、魔物と一対一で戦っているからだ。


 「はぁっ!」


 気合いと共に一閃を放ち、佑吾は目の前の魔物を倒した。

 ふぅ、と一息ついていると、後ろの茂みからオレリアが姿を見せた。


 「ふふっ、お疲れ様〜」

 「……あの、オレリアさん。俺、何でいきなり魔物と戦わされたんですか? 治癒魔法の訓練をするんじゃなかったんですか?」

 「ん? そうだよ〜。ちょうど今から訓練を始めるんだよ〜」


 そう言って、オレリアが佑吾の体を指差した。

 それに釣られて、佑吾も自分の体を見た。そこには魔物との戦闘で負った傷があった。

 つまり、訓練するための怪我を負わせるために、オレリアは自分を魔物と戦わせたのか。そう理解した佑吾は、思わず溜め息がこぼれた。


 「……村の人の怪我の治療じゃダメだったんですか?」

 「そっちはエルミナちゃんにやってもらってるもの〜。それとも……エルミナちゃんに代わってもらう〜?」


 オレリアが意地悪そうにそう聞くと、佑吾はうぐっと言葉に詰まった。

 魔物と一対一で戦わせるなんて危険なこと、当然エルミナにやらせるわけにはいかない。最初から佑吾に選択肢は無かった。


 「はぁ……分かりました。俺が魔物と戦います」

 「ふふ、そうしてくれると嬉しいわ〜。それに、魔物と戦うのにもちゃんとした理由があるのよ〜?」

 「理由?」

 「そう、佑吾くんには戦闘中でも治癒魔法を使えるようになってもらいたいの〜」


 オレリアの言葉に、佑吾はなるほどと頷いた。

 敵との戦闘中、佑吾は治癒魔法が使えない。

 なぜなら、佑吾のように近接で戦闘しながら魔法を唱えるために集中することが難しいからだ。イルダムとの修行でも痛感したが、魔法の唱えている時は些細なことで集中が途切れやすい。

 だから仲間のサポートの無いさっきのような一対一の戦闘では、佑吾は合間に魔法を使うことができなかった。


 「なるほど……そういう目的もあったんですね」

 「そうそう〜。あ、ほら、新しい魔物が来たわよ〜頑張ってね〜」

 「え?」


 オレリアが指差した方を振り返ると、佑吾と同じくらいの大きさの巨大な蛾――魔蛾パフォルモスと呼ばわれる魔物――が、こちらへと向かって来ていた。


 「うわっ⁉︎」


 佑吾が慌てて迎え撃とうとしたが、魔蛾パフォルモスが不意を突く方が早かった。魔蛾パフォルモスは、佑吾に向かって鱗粉を吹き付けてきた。


 「うぶっ、ゴホッゴホッ⁉︎ 何だこれ⁉︎」


 佑吾は、慌てて鱗粉を両手で振り払った。

 しかし不意を突かれた状態では全ての鱗粉を振り払うことはできず、佑吾は鱗粉を吸い込んでしまった。


 「うっ⁉︎ 何……だ、体、痺れ……」


 突如、佑吾の体が痙攣し始めて、力が入らなくなった。

 佑吾は剣を突いて体を支えようとしたが、その甲斐もなく膝をついてしまった。

 そんな佑吾に、魔蛾パフォルモスは追撃を仕掛けんと飛びかかった。


 「キシィィアアア‼︎」


 まずい。佑吾がそう思った束の間、佑吾の背後から水で形成された槍が何本も飛来し、魔蛾パフォルモスの全身を貫いた。


 「佑吾くん、大丈夫かしら〜?」

 「オ、レ……リア、さ……」

 「あらあら、麻痺毒にやられちゃったみたいね〜。今、治しますからね〜<麻痺治癒パル・キュアル>」


 オレリアが魔法を唱えると、青い光が佑吾の全身を包み、体の痺れが取り除いた。


 「……ふぅ、助かりました。ありがとうございます、オレリアさん」

 「ふふ、良いのよ〜。でも、今ので魔物と接近戦している時でも治癒魔法を使えるようになることの大切さが分かったんじゃないかしら〜?」

 「ええ。でも、さっきみたいに麻痺している時は、上手く喋れなくなりますから、魔法を唱えるのも難しそうですね」

 「慣れれば麻痺や毒に侵されている状態でも、魔法は唱えられるわよ〜、あ、そうだわ〜」


 オレリアが良いことを思いついたと言うように両手をパンと鳴らした。


 「実際にその状態になって練習すれば良いのよ〜」

 「えっ? オレリアさん、ちょっと待っ──」

 「<麻痺付与パルシクル>〜」

 「のわっ⁉︎」


 オレリアの魔法を受け、佑吾は先ほどのように体が痺れて倒れ込んだ。


 「あっ……が……」

 「うふふ、これから魔物との戦闘以外にも、色んな状態異常の中でも治癒魔法を唱えらるようになる訓練をしましょうか〜」


 その後、佑吾はオレリアから心身に異常をきたす様々な魔法をかけられ、それを治療する魔法の訓練に取り組まされた。




 エルードの修行は厳しかった。

 エルードとの特訓は、ひたすら木剣を打ち合うことで佑吾の剣術を鍛え上げるものだった。

 木剣の打ち合いはライルともよくやっている佑吾だったが、エルードの攻撃はライルのものよりも苛烈だった。一撃一撃が重い上に、一振りで二撃放たれていると錯覚するほどに凄まじい速さの一閃が次々に放たれていく。

 そのせいで、佑吾は打ち合いが始まってからずっと防御を強いられていた。


 「くっ……」

 「……どうした、守ってばかりでは敵に勝てんぞ」

 「くそっ! <風刃ふうじん──」

 「……甘い」


 佑吾が反撃の一撃を叩き込まんと<風刃ふうじん斬り>を放とうとしたところ、それよりも速くエルードの剣撃が佑吾の木剣を弾き飛ばした。


 「うわっ⁉︎」


 弾き飛ばされた衝撃で、佑吾はその場で尻もちをついてしまった。

 くるくると宙を舞った佑吾の木剣が、その背後に落ちる。


 「……お前のその技、<風刃ふうじん斬り>と言ったか。その技は0.5秒で準備できるようにしろ。今のままでは隙がありすぎる」

 「れ、0.5秒⁉︎ 無茶ですよ⁉︎」

 「……安心しろ、ひたすら反復練習をすればできるようになる」


 エルードもどうやらスパルタらしい。佑吾は心の中で、泣く泣く覚悟を決めた。


 「……それとだ。その技以外にもう一つ、敵を確実に殺せる技を用意しておけ」

 「殺せる技……ですか?」


 敵を殺す技という剣呑な言葉に、佑吾はごくりと唾を飲んだ。


 「……ああ、いわゆる必殺技と言うやつだな。<風刃ふうじん斬り>は良い技だが威力が足りん。自分より弱い相手なら良いが、強いやつが相手だった場合、それじゃ倒せん。だから、もう一つ別に奥の手と呼べるような高威力の技を身につけろ」

 「高威力の技…………」


 自分の手を見つめながら、佑吾はぼんやりとその技について考えてみる。

 しかし、今まで技を教えられることはあっても編み出したことのない佑吾では、技のイメージを掴むことすらできなかった。

 佑吾が、ううむと腕を組んで考えあぐねていると、見かねたエルードが声をかけた。


 「……別に今すぐでなくていい。これから色々と修行を重ねるんだ、それと並行して考えていけばいい。だから今は打ち合いを再開するぞ、木剣を拾え」

 「あ、はい。分かりました!」


 エルードに促されて、佑吾は弾き飛ばされた木剣を拾いに行った。


 (必殺技、か……俺にそんなもの考えつくんだろうか?)


 そんな漠然とした不安を抱えたまま、佑吾は木剣を手にエルードの元へと戻った。

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