第29話 謁見
翌日、佑吾たちは玉座の間へと繋がる大扉の前で身だしなみをしっかりと整えて待機していた。
「うぅ……緊張する」
佑吾は、そっと手のひらを自分のお腹に当てる。緊張によるストレスで、心なしかお腹が痛くなってきた気がするからだ。
「……………………」
「サチー? 尻尾振ってどうしたのー?」
「……………………」
「ねえ、サチってばー」
「ああもう、うっさい!! こっちは気を張ってんのよ!! 少しは静かにしなさいっ!?」
「むぇ〜やめてよ〜!?」
どうやら、サチも緊張しているようだ。
コハルのほっぺたをグリグリとこねて八つ当たりをすることで、緊張を発散していた。
「はぅ……私も緊張する……」
エルミナが胸の前で両手を組んで、ハァと息を漏らした。
そんな緊張する佑吾たちを前にして、ライルがやれやれとばかりにため息をついた。
「はぁ……お前さんらなぁ、いい加減に腹をくくれ。昨日、教えた通りにやれば大丈夫だから」
「えと、大公様の近くまで行ったら片膝をついて頭を下げて静かに待つ、大公様が顔を上げて良いよって言ったら顔を上げる、後はお父さんが大公様と話すから、私たちは静かにしてる……」
エルミナが一つ一つ指を折りながら、ライルが教えてくれたことを思い出していった。
「そうだエルミナ、しっかり覚えているな。偉いぞ」
「えへへ……」
「何で大公様と話すのが俺なんですか……。ライルさんの方が絶対うまく受け答えできるじゃないですか……」
「何事も経験だ。次にまた、お偉いさんと話す時に役に立つだろ?」
「そんな時なんて来ませんよ……」
佑吾たちが緊張を紛らわすために話し込んでいると、大扉の両隣に立っている二人の兵士のうちの一人が、佑吾たちへと話しかけてきた。
「皆様、ご歓談の最中、申し訳ありません。準備が整ったそうなので、どうぞ玉座の間へお入りください」
「は、はい、分かりました!」
兵士二人が佑吾の慌てた返答を受け取るとそれぞれ大扉の左右の取っ手を持ち、ゆっくりと扉を押し開いていった。そして扉を押さえていない方の手で、佑吾たちを玉座の間へ入るように促した。
佑吾たちは覚悟を決めて、玉座の間へと足を踏み入れた。
そして──玉座の間の絢爛さに圧倒された。
きらびやかな光を放つシャンデリア、壁に規則正しく並び掛けられた大公家の紋章が入ったタペストリー、そして玉座へと続く真っ赤な絨毯。
絨毯の左右には、美しい装飾の施された全身鎧を身に纏った近衛兵がずらりと並び立ち、直立不動の姿勢で佑吾たちを出迎えていた。
そして絨毯の先にある玉座の側には佑吾たちを出迎えたガストーニが毅然とした面持ちで控えており、その玉座には非常に仕立ての良い服と王冠を身につけた老人が、厳かな雰囲気を漂わせて悠然と座っていた。
玉座の間にある全てのものが気品のある雰囲気を発し、佑吾たちを気後れさせた。
先ほど決めた覚悟があっけなく霧散し、佑吾は居た堪れなさから早くもこの場を立ち去りたくなった。
しかしそんな失礼なことはできるわけもないので、佑吾たちは緊張を感じながら、ギクシャクと歩き始めた。
佑吾たちは居並ぶ兵士たちの間を何とか歩き切り、玉座の前へと辿り着いた。そしてライルに教えられた通りに、片膝をついて頭を下げた。
「
玉座に座る老人が、その外見に相応しい威厳を称えた声を静かに発した。
その言葉に従って、佑吾たちはライルに教えられた通りにゆっくりと顔を上げた。
「よくぞ参られた、ヴィーデを救いし英雄たちよ。私がこの公国を治める大公──ディルウィス・ネイガ・リートベルタだ。此度はヴィーデを未曾有の危機から救ってくれたこと、心より感謝する。そして其方らの功績を称え、我が国の宝物庫にある魔法の武具を進呈しよう」
「はっ、ありがとうございます」
緊張で声が震えそうになるのを抑えて、佑吾が答えた。
「うむ、後ほどガストーニに渡させよう。さて、話は変わるが、今回の事件で其方らに聞きたいことがあるのだ」
「聞きたいこと、ですか? 何でしょうか?」
「大したことではない。其方らはなぜ、ヴィーデの危機に力を貸してくれたのだ?」
「えっと……それはどういう……?」
「ああ、これは単純に私の興味だ。旅人である其方らは、わざわざ危険な目に飛び込まずとも良かったであろう? であるのに、其方らはそうしなかった。その理由を私は知りたいのだ」
リートベルタ大公の言葉を受けて、佑吾は少し考え込んだ後、少しずつ自分の思いを口にしていった。
「…………許せなかったんです。正神教団のやったことが。奴らは自分の目的のために、平和な村や街を襲い、多くの人を傷つけていましたから。仲間たちも俺と同じ気持ちで、一緒に協力してくれました」
自分の気持ちを全て伝えた佑吾は、じっとリートベルタ大公の目を見据えた。
リートベルタ大公も、そんな佑吾の真意を探るように、佑吾の瞳をしばらくの間、見つめ続けた。そして満足のいく答えが得られたのか、フッと笑って目を閉じた。
「…………なるほど、其方らは心優しいのだな。其方らが、この国を訪れてくれた偶然を神に感謝しなくてはな」
佑吾の答えに満足したのか、リートベルタ大公は穏やかに微笑んだ。
「老人のつまらない話に、付き合ってくれて感謝する。また重ねて言うが、我が国の都市を守ってくれたこと、心より感謝する。我が国は、いつでも其方らを快く迎えることを約束しよう」
リートベルタ大公が言葉を言い終えると、自分の隣に立つガストーニへと視線を向ける。ガストーニはその視線を受けて、深く頷いた。
「これにて、此度の謁見は終了となります。佑吾様たちは、後ほど褒賞をお渡ししますので、私とともに来てください」
そうして佑吾たちの初めての謁見は、つつがなく終了した。
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