第27話 褒賞

 ヴィーデでの戦いが終わった後、佑吾たちはアーノルドが懇意で取ってくれた宿で数日間、戦いの疲労と傷を癒していた。

 そんな佑吾たちの元に、アーノルドの使いがやってきた。

 その用件は、街を救ってくれた褒賞の件でヴィーデの市長が呼んでいる、というものだった。

 佑吾たちはその使いが用意してくれた馬車に乗り、以前訪れた兵士庁舎からそう遠くない、行政庁舎という建物へ案内された。

 そして使いの後を付いて行くと、使いはある部屋の前で立ち止まり、コンコンと静かに扉をノックした。


「市長、お呼びされていたお客様を連れて参りました」

「入ってくれ」


 部屋の中から穏やかな声音の返事が戻ってくると、「失礼いたします」と使いが扉を開けて、佑吾たちに部屋に入るように恭しく手で指し示した。

 その指示に従っておずおずと佑吾たちが市長室へと入ると、使いが静かに扉を閉めながら退室した。

 佑吾が閉められた扉から前へと視線を戻すと、白髪混じりの髪をピシッとセットした、穏やかな紳士然とした高齢の男が机でカリカリと書類を書いていた。

 市長は書類を書き終えたのか羽根ペンをペン立てに差し、佑吾たちの方へ顔を向けた。


「ヴィーデの市長を務めているモルドです。此度の件、ヴィーデの全てを守っていただき、本当にありがとうございます」


 そう言いながら、モルドは席から立って佑吾たちに深々と頭を下げた。

 市長という偉い立場の人に突然頭を下げられて、佑吾は慌てて返答する。


「い、いえ、俺たちは人として当然のことをしただけですから!!」

「街を救うことが人として当然のことですか……。その言葉に、私は痛み入るばかりですね……」

「あ、いや、 そういうことじゃなくて、人助けは当然って意味でして……!?」

「ふふ。では、皆さんこちらへどうぞ」


 佑吾の慌てる様を見て人柄を理解したのか、モルドは微笑みながら部屋の中にあった入口とは別の扉を開けた。

 扉の先にあったのは、応接室だった。

 高級そうな革張りのソファと椅子が並べられ、ソファと椅子の間には美しい木目と光沢を持つ応接テーブルがあった。

 モルドがソファに座り、佑吾たちが座る側の椅子は二つしか無かったため、代表者である佑吾と立ちっぱなしは辛いであろう子どものエルミナが席に着いた。


「さて、今回あなた方がここヴィーデを危機から救ってくれたことに対する褒賞ですが——」


 コンコン、と応接室に控えめなノックが響いた。


「——入ってくれ」

「失礼いたします」


 静かに扉を開けて部屋へと入ってきたのは、先ほど佑吾たちを案内してくれた使いだった。

 その使いは木製のワゴンを押しながら部屋へと入り、そのワゴンを応接テーブルの横まで持っていき、その側で直立不動の姿勢を取った。

 ワゴンの上には、大小様々な物が規則正しくワゴンの上に並べられていた。


「このワゴンに乗っているのは一級品の魔道具の数々です。こちらが今回皆様にとってお渡しする褒賞となります。一つ一つ使い方を説明させていただきますね。この筒は浄水の魔道具でこのくぼみに魔石をセットして水を入れると、筒に付与された浄化魔法が発動して水を綺麗にしてくれるんです。次は——」


 そう言って、モルドはワゴンに乗っている魔道具について説明してくれた。

 褒賞として渡されたのは、魔石浄水器、魔石ランタン、魔石コンロ、付与魔法で軽量化された特殊素材のテントが二つ、二等級の魔石が六個の計五種類の魔道具だった。


「……これはすごいな」


 ライルがしみじみと呟く。佑吾も同じ気持ちだった。

 なぜならモルドが用意してくれた魔道具は、一つ一つが最低でも金貨1枚、すなわち日本円で最低十万円相当の値がする物だったからだ。

 旅道具を扱う店で見たことがあり、その金額の高さにライル以外の皆が驚いていた事を思い出す。

 魔石に関しては、個人で手に入れられる中で最高等級の二等級のもの(一等級は基本的に国や街が購入する)を、各魔道具用に二人つずつの計六つ用意されていた。

 この褒賞だけで、一体金貨何枚分なのだろう。

 金額の大きさを想像して、佑吾は頭がくらりとする感覚を覚えた。


「こんな高価すぎる物、受け取れません……」

「そうおっしゃらずに受け取ってください、これは私も含めて、住民や兵士が感謝の気持ちとして用意した物なのです。遠慮せずにぜひ受け取っていただきたい」

「貰っていいんじゃない? 感謝の気持ちを受け取らない方が失礼かもしれないし」

「サチ……分かりました。皆さんの感謝の気持ち、ありがたく受け取らせていただきます」

「ええ、ぜひそうしてください!」


 佑吾の言葉に、モルドが満足げに笑顔を浮かべた。


「さて我々からの感謝も受け取って貰えたことですし、次の話をしましょうか」

「次……ですか?」


 エルミナがこくりと首を傾げた。

 佑吾も同じ気持ちだ。褒賞を貰うだけではなかったのだろうか。


「ええ、実はリートベルタ大公があなた方に褒賞を与えるべく、公都リーシェンへとお呼びになっているのです」

「たいこう?」

「このリートベルタ公国で一番偉い人だ、コハル」

「へえ〜」


 ライルの説明を受けたコハルに「反応が軽いなぁ……」と呆れていた佑吾だったが、モルドの言葉を思い返して気になるところがあり、彼に聞き返した。


「ん? ちょっと待ってください、モルドさん。褒賞ってさっき貰ったばかりですよ?」

「いや、先ほどのは正式な褒賞ではなく、我々ヴィーデの住民からの感謝の気持ちです。国からの正式な褒賞は、リートベルタ大公御自らの手で渡されるご予定なのです」

「い、いやいや、こんな高価な魔道具をいただいたのに、これ以上褒賞いただく事なんてできませんよ!!」

「それは困ります! この褒賞をしっかりと受け取っていただかないと我が国の沽券に関わりますので!」


 そう言ってモルドは、褒賞を受け取ってほしい理由を述べ始めた。


「あなた方の活躍はすぐに諸外国へ伝わるでしょう、行商人や吟遊詩人たちはこの手の話を好みますから。そして、それに付随して話題になるのが、我が国の対応です。具体的にはどんな褒賞与えたのか、ですね。歴史上、英雄的所業を果たした者へ与えられた褒賞としては、莫大な金銭、または領地、または爵位、中には王族との婚姻などもありました。それなのに、今回のあなた方の活躍に褒賞を渡さない、なんてことが諸外国に知れ渡ってしまえば、我が国の評判が非常に悪くなり、外交の面で大きな不利益となってしまうのです」

「いや、でも、俺たちが褒賞を受け取るのを断っているんですから、大丈夫なんじゃ……」

「物事を悪質に解釈して広める輩は、残念ながらどこにでもいるものです。例えば、『あなた方が褒賞を断ったのは嘘で、本当は公国が褒賞を出し渋った』とかですね。そんな噂が広まってしまうのは、我が国としては避けたいのです」


 モルドが述べた理由を、佑吾は理解できる。

 しかし、日本人の遠慮しがちな国民性と佑吾の元々の性格が相まって、過剰と思える褒賞を受け取ることを受け入れられないのだ。

 困り果てた佑吾は、助けを求めるように自分の後ろに立つライルへと顔を向けた。佑吾の気持ちを理解したのか、腕組みをして話を聞いていたライルが苦笑する。


「佑吾、既に高額な魔道具を受け取っているのに、さらに褒賞をもらう事に萎縮するお前さんの気持ちは分かる。だが、あちらさんもああ言っている事だし、受け取ってもいいんじゃないか?」

「ライルさん……そうは言っても…………」

「なら、こう考えたらどうだ? 俺たちは、その褒賞に見合うだけの仕事をしたんだ、とな」

「そちらの方のおっしゃる通りです。あなた方はそれだけの、いえ、この褒賞では足りないくらいの偉業を成し遂げたのです。ですので、どうか我が国の褒賞を受け取ってはいただけませんか?」


 真摯にそう告げるモルド。

 その顔を見て葛藤に葛藤を重ねた佑吾は、ついに観念した。


「………………分かりました、そこまで言っていただけなるのなら」

「おお! ありがとうございます!」


 佑吾の言葉に、モルドがホッとしたような笑みを浮かべた。

 その後、佑吾たちはモルドとこれからの予定について話し合った。

 佑吾たちは明日、モルドが手配した馬車に乗り、途中宿場町での宿泊を挟んでの二日かけて、公都リーシェンを目指すこととなった。

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