第2話 守れなかった者

 翌日、佑吾はレンタカーを借りて、実家へと向かった。今は、インターチェンジを通り抜けて高速へと入ったところだ。

 コハルとサチは、後部座席を折りたたんで出来た広いスペースに置かれている二つのケージの中で、それぞれ大人しくしていた。ケージは固定されており、ケージの間には、緩衝材がわりに佑吾のボストンバッグが置かれていた。

 しばらく車を走らせていると、トンネルに差し掛かった。佑吾は前の車と充分に車間距離を取り、ヘッドライトを付けて安全運転に努めた。

 トンネルに入って間もなくして、トンネルの天井の方から車のフロントガラスへと、何かがパラパラと落ちてきた。


「何だ?」


 佑吾が少し顔を近づけて見てみると、それは砂のような小さな石のかけらだった。そのかけらは断続的にフロントガラスに降ってきて、その量は少しずつ増えているようだった。


「……これ、何かやばくないか?」


 徐々に不安になり、早くトンネルを抜けようと、佑吾はアクセルを踏む足に力を込めた。

 しかしその直後、佑吾の目の前に信じられない光景が飛び込んできた。

 佑吾たちが乗っている車の前方で、トンネルの天井にメリメリと亀裂が走って行き、やがて天井の一部が剥がれて道路へと落下した。

 それをきっかけに、天井から畳四枚分くらいの大きさの板状のものが次々に道路へと降ってきて、その一つが佑吾の前を走っていた車へと直撃した。


「うわっ!?」


 佑吾が慌ててブレーキを踏む。しかし、突然の事態に動転してしまってブレーキを踏むのが遅れたため、佑吾の車は止まりきれずに前の車に追突してしまった。凄まじい衝撃が車全体に走り、佑吾の体は慣性で前に投げ出されようとする。しかし、ハンドルから飛び出したエアバッグが佑吾の体を受け止めて、その衝撃を吸収した。

 突然のことで状況を掴めずに混乱している佑吾の頭に、後ろのケージからコハルとサチの鳴き声が響く。逃げようとしているのか、ケージの中で暴れている音が聞こえた。


(この子たちを連れて、逃げないと……)


 朦朧とする頭でコハルとサチの事を考えながら、佑吾が事故の衝撃で痛む体を起こそうとする。しかし、体は全く言うことを聞いてくれない。

 それも当然だ。佑吾は気づいていないが、佑吾は先の衝突事故の衝撃で全身を強くぶつけており、頭部からは血が流れて、アクセルペダルにかけていた右足は骨折していたからだ。そうしているうちに、車の屋根からけたたましい金属音が鳴り、車の屋根が思い切りへこむ。

 どうやら天井から落ちていた板状のものが、佑吾が乗る車にも落ちてきたようだ。どんどん落ちてきているのか、絶えず金属音と衝撃が佑吾たちの車を襲った。さらに最悪なことに、事故でガソリンが漏れたのか、佑吾たちが乗る車の周囲に火の手が上がる。


(ごめん、コハル、サチ……)


 車内にも煙が充満し、佑吾はコハルとサチの悲痛な鳴き声を聞きながら、意識を失ってしまった。やがて、佑吾たちが乗る車は崩落したトンネルの下敷きとなり、そのまま車両火災に呑み込まれていった。

 享年二十五歳、千早佑吾は、家族であるコハルとサチとともに亡くなった。




 佑吾が再び意識を取り戻した時、彼は真っ暗な闇の中にいた。


(––––落ちている?)


 佑吾がまず始めに感じたのは、スカイダイビングをしているかのように自分が落下している感覚だった。

 ただ、落下するときの風切り音や空気抵抗を感じることはなく、真っ暗闇で無音の中、体がぐるんぐるんと回りながら、ゆっくりと下に落ちていく感覚だけがあった。


(コハルとサチは?)


 こんなよく分からない状況の中、佑吾が真っ先に考えたのは、さっきまで一緒にいた、家族であるコハルとサチのことだった。

 守れなかった、大切な家族。

 後悔と罪悪感が押し寄せる。もしやり直せるなら──。

 ぼんやりとした視界の中で、佑吾は不思議なことに真っ暗闇の中であるにも関わらず何かが二つ、自分と同じように落下しているのを見つけた。

 目を凝らして見て、それが何か分かった佑吾は目を見張る。

 コハルとサチだ。

 佑吾は空気をかくように腕を動かして、何とかコハルとサチに近づこうとする。必死に腕を動かすが、その割に体は前に進まない。それでも確実に、コハルとサチに近づいていた。


 やっとの思いで、佑吾は二匹の元へと辿り着いた。そして、二匹を優しく抱きかかえる。今度こそは絶対に守ると誓うように。

 コハルとサチから伝わる確かな温かさを感じ、そのぬくもりに安心しながら、佑吾は静かに目を閉じた。

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