第4話 『勇者は湯沸かしをおぼえた!』


 中屋敷鉄雄。


俺がやつと出会ったのは、高校に入って間もない去年の四月頃であった。


俺がやつに抱く印象とは、とにかく狂っているということ。またやけに馴れ馴れしくて、同じクラスになった初日にもいきなり後ろからドロップしてきた。腹が立ったから、逆にボコボコにしてやったが。


『やるな……お前』


 入学初日にもおこしてしまった鉄雄との乱闘騒ぎをキッカケに、俺と鉄雄は早速停学処分を食らうハメになった。


あの時はかなりむかついたね。金輪際あいつとは関わらねぇと、胸にきつく誓ったはずだったが……。


『よぅ、乾!』


 謹慎明け、鉄雄はなに事もなかったように俺へと話しかけてきた。はじめは口を聞くのも嫌だったが、まあなんだ、許してしまった。


 鉄雄とは、そういう男だった。バカで、鉄砲玉のようで、俺にはないアグレッシブさを持っている。


そんな男に付きまとわれるもんだから、そのうち俺の方から話しかけちまってた。


 で、今の俺がいる。


 鉄雄は新学期が始まった一週間前から、一度も学校に来ていない。皆は行方不明だの女と駆け落ちしただのアレコレ信憑性のない噂をしていたが。


 真実は、こうだった。


『乾。俺、バイクで事故っちまったんだわ。崖からダイブして、それっきり』


 知らなかった。


『で、気付いたらこっちの世界にいたってわけ。異世界転生? 転移っていうのか? まあ、死んでねぇから転移ってやつだろうな』


 言って、鉄雄はけらけらと笑っていた。いやバカ、全然笑い事じゃねーぞ。


『腕とか足とか、ぐっちゃぐっちゃだったはずなのに不思議だよな。こっちの世界で目が覚めたときには元どおり。なんともねーんだわ』


「鉄雄。引き返すなら今のうちだぞ」


『ん? どういう意味だ』


「いやなに、エイプリルフールはとっくに終わってるって話だ」


 バイクで事故起こして目覚めたら異世界だった。これ、なんてバカみたいな話だ。今時、そんな冗談小学生で通じねーよ。現代っ子舐めてんのか。


「いいから、とりあえず学校に来い。話はそれからだ」


『だから、帰れないっての。てか、帰るつもりもない』


 言った鉄雄の口ぶりで察した。これは、あれだ。マジの感じだった。


『異世界チートって知ってるか? 俺、どうもそれらしいんだわ。こっちの世界じゃ俺は世界を救う勇者さま。んでもって、今は猫耳の女の子とか王女さまとか引き連れてハーレム状態ってわけよ。なかなか居心地いいもんだぜ。まあもちろん、それだけじゃない。俺は、こっちの世界で必要とされてんのさ』


「だからなんだ。親御さんは。家族はどうする」


『安心しろ。いつか帰る。それでは確かだ』


 呆れた。なんて自由気ままなやつなんだ。鉄雄らしいと言えば、鉄雄らしいが。


『俺のことはいいんだよ。そんなことより、乾。エンジュちゃんだ』


「それがどうした」


『ちゃんと面倒みてやれよな。その子、ああ見えてすげぇ脆いんだ』


 ああ見えてとはどう見る。俺には分からない。


 大体だ。


「売りに出したのはお前だろ、鉄雄。それならお前が面倒みればよかった」


『いやいや、俺は魔王退治っていう重要な役割があるもんでな。そう暇じゃねーんだわ』


 それはこっちのセリフだ。俺だって学校に部活、それにバイトだってある。一人暮らしの苦学生の大変さ分かってんのかこいつは。


「てかまたなんでフリマアプリなんか。正気かよ」


『物は試しってやつ。でもよかった。ちゃんとそっちに届いたみたいで』


 よくない。全然よくない。


『こっちにいたら自殺しそうな勢いだったからさ。仕方なかったんだよ。気分転換ってやつで、ちょっとの間面倒みてやってくれよ。な?』


「お前、上手いことばっか言ってただ面倒ごとを俺に押し付けてるだけじゃないか?」


『あ、バレた?』


 うぜぇ!


『はははははっ! まあいいだろ! エンジュちゃん可愛いし』


「どういう意味だ!」


『一つ屋根の下、なにが起こっても分からねぇよな。男と女なんだし』


 よし今決定した。帰ってきたらこいつをボコしてやる。全身全霊を込めた右ストレートをぶちこんでやる。顔面に。


『というわけで、悪い乾。今こっちも立て込んでんだわ。魔王の幹部ってやつが殴り込んできててな』


 なんつう状況だそれ。


『また近々連絡する。じゃ』


「おい! 話はまだ──』と、そこで通話は完全にきれていた。すぐさまかけ直してみたが、『現在この電話番号は使われておりません』だと。ふざけるのも大概にしろ。


 やれやれ、困ったことになった。


「乾さん」


 無垢な瞳を浮かべて、エンジュが俺の袖を引っ張ってきた。


「カップラーメン、というものがなくなりました」


「だからなんだよ」


「もっと、食べたかったです」


 知るか!


「はぁ~……お湯の沸かし方教えてやるから、次から自分で作れ」


「お湯の沸かし方?」


「そうなるよなぁ……」


 俺はうんざりダウナーに嘆息を吐きつつ、結局は親切丁寧にカップラーメンの作り方を伝授してやった。


『勇者は湯沸かしをおぼえた!』


 なんて、これがRPGの世界ならそんなテロップが軽々ポップなBGMとともに流れるのかもしれない。


だがあいにく、これはゲームでもなければファンタジー世界の話じゃない。剣と魔法も、魔物も魔王もいない現実だ。


 にしてもだ。この頃はまだ可愛いものだった。序の序の口。問題はその後。


まさかあんなことが起きるなんて、この頃の俺は想像すらしていなくて……


 ともあれ。


「乾さん! 3分経ちました!」


 俺と女勇者の、奇妙奇天烈な摩訶不思議な共同生活は始まった。

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フリマアプリで女勇者を買いました。 泥水すする @ogawa228

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