龍の息吹く大地にて、萌葱の愛は駆け抜ける ~プロローグ~

神代零児

出逢ってしまったのなら、もう一直線ですっ!(前)

「はぁはぁ……私とした事が、とんだお寝坊さん!」


 私こと萌葱もえぎは息を切らせつつも、この痩せたからだにビシバシと鞭を打たせるが如くひた走っていました。


 生まれ育ったこのアルタヤの里の中、巫術ふじゅつの師であるばっちゃまの家を目指して。


 はい! それはもう自分の寝坊助ねぼすけと、確実に修行開始の時間を過ぎている事を恥じ入りながらも全力疾走です!


 私が着ている蜜柑みかん色の上衣は足首まで掛かる丈長ではありますが、体のラインにぴたりと沿った薄手の作りで、また両サイドには腰部まで至るスリットが入ってるのでとっても走り易いんです。


 下には少しゆとりのある直線的な作りの白百合しらゆり色をしたズボンを履いていますから、例え上衣がひるがえっても肌の露出を気にする必要はありません。


 まあ時折腰まで開いたスリットからお腹が見え隠れはしますが、そうしたチラリズムは多くの殿方がお気に召すとの事なので、私としては構わないかななんて思います、はい!


 でもそんなゆとりのあるズボンを履いていても、私がか細い脚をしている事には変わりありません。


 うっ、脚が少しもつれました。


「はぁはぁ……負けないんだからっ」


 なんのこれしき、気合い充填持ち直してまた走ります。こんなにも走れる私自身を、私は褒めてあげたいですっ!


 はぁはぁ……ええと、あと私の外見についてお話ししておく事は、と……。


 ああそうだ! 目です、目には自信が有るんです私!


 ぱちりと開いた目は私の、その、決して多くは無いチャームポイントではあるのですが、でもでもっ! 他の同年代の女の子にも決して負けないチャームポイントなんですよっ。


 ええいっ、この風になびいてるロングヘアについても語っちゃいます!


 今は寝起きの所為でぼさぼさですけど、私の髪はディープなブラックで、きちんとお手入れをすればとってもつややかになるんです!


 まあその、今はあくまでぼさぼさですけど。


 なので前から来た子供達が私の姿を見てクスクス笑ったりもしてるんですが……しかしめげたりはしません。


「うわあっ、萌葱姉ちゃん凄え寝癖」

「萌葱姉ったら、女捨て過ぎでしょ」


「うるさい、大人は色々大変なのっ」


 とまあ子供相手についムキになってしまう私ですが、年齢は只今十七歳――既に大人の仲間入りをしています。この国では十六で成人を迎えるのが習わしなんです。


 なので私自身もう少し落ち着きたいとは思っているのですが、しかしこれが中々どうして上手くはいきません。まだまだ人生修行中の身です、はいっ。


「あんた達、外で遊ぶのは良いけど暗くなる前に帰るのよ。最近はなんか物騒なんだから!」


 子供達を追い越しざま、私は振り返ってしっかりと彼らをたしなめました。少しは本当に大人らしい所を見せなきゃですからっ。


淤魅ヨミの事? 里の外に出なきゃ大丈夫だって」

「萌葱姉こそ帰り遅くならないよう気を付けなよー」


 この子達ったら折角の私の忠告を理解しているのかしてないのか……。ふわふわとした返事を寄越された上に、更には逆に私が心配されちゃう始末です、ひどいっ!


 地脈の力が息づく肥沃な地を持つこの国には、それ故に超常的な存在も濃く根付いています。


 淤魅は人に害成す面妖めんようなものどもの総称でそれに対抗出来るのが私の巫術なのだから、少しは敬ってほしいのになぁ。


「まったく……って、きゃんっ!?」


 あう……。考え事しながら曲がり角を曲がった所為で、その先に居た人とうっかりぶつかってしまいましたっ。


「くっ!?」


 相手の方からも声が漏れます。だ、男性のようです。


 ただ勢いよくぶつかったものだから私は尻餅しりもちを突いてしまって、その……い、痛くてお顔を見る事が出来ませんっ。


「……大丈夫か?」


 ああ、相手の方からこちらを気遣ってきてくれてます。これは、痛がってる場合じゃないですよねっ。


 なんとか四つん這いになって、私は顔を上げました。


「あっ!!」


 こ、これはっ! 物凄くイケメンな殿方ではありませんかーっ!!


 優美な月白げっぱく色の長髪を左寄りの分け目からサラッと流す、そんな特徴的な髪型。


 ボリュームの出来る右側は無造作な感じだけど、逆に控え目になる左側にはかんざしで留めるというアクセントが演出されていて、その上、耳が、耳が出ていますっ。


 後ろ側は襟足が乱れた感じに伸びていて、そ、それが鎖骨まで掛かっていて……さ、鎖骨……ごくりっ。


 そうです、この殿方の衣装は前がかなりばっくりと開いていて、鎖骨が、麗しい鎖骨が見放題なんですっ!


 鋭い切れ長な目でありながら、悠然とした心持ちが現れている淡い月の光のような優しげな表情……。


「あ、あふぁっ、はわわわわーーっ!!」

「お、おい……」


 はっ! このイケメンという名のご馳走具合に、つい取り乱してしまいましたっ。


 でもこんな素敵な殿方、本来このアルタヤの里には居ません。腰に刀剣も携えていますし、きっと旅の御方ですっ。


 それだけではありません、この御方には何やら気品も漂ってます!


 その青藍せいらん色の上衣にはみやびな感じのする装飾刺繍そうしょくししゅうが施されていて、黒のズボンは丈夫そうでありながら艶やかさも放っていますっ。


 す、素敵ですっ。これは、これはなんとかしてお近付きにならなくてはっ!


「ご、ごめんなさいっ。あの、お怪我はありませんか?」

「……」


 イケメン様、黙って私をじっと見ています……。うぅ、さっきの奇声の所為で第一印象変な女だと思われたのでしょうかっ?


「……俺よりも、そっちの方が怪我してそうだが。というか、立てるか?」


 はぅっ。どうやらイケメン様は、呆れつつも私に嫌な気はされなかった様子です。それどころか優しく手を差し出して下さいましたっ。


「は、はいっ!」


 急いで右手を地面から離して、そ、それからその手に付いた砂を腰で払って、と……。


 よし、綺麗。これでイケメン様の手を取れますっ。


「よいしょ」


 ああこの手の温かい感触。とろけちゃいそうです、はいっ!


「有り難うございますっ」


 頭を大きく下げて、きちんとお礼っ。大人の女として、これ位はしてみせなければなりませんっ。


「……余計なお世話かもしれないが、自分が着ている物をあまり粗末に扱わない方が良い」


 えっ? 何やらイケメン様、少し渋いお顔で私の腰の所を見ています。


 あ、さっき払った砂が服の方に付いてしまったから……。


「い、いえ、そちらの手を汚してしまう訳にはいきませんでしたのでっ」


「俺は構いはしなかったのだが」


 口調は落ち着いてますけど、やはり渋いお顔……。もしかしてこの御方、私の事を気遣ってくださっているのではっ!?


「本当に気になさらないでくださいっ。別にこの後大した用事も無いですし、ほら、髪だってこんなぼさぼさですしっ」


 師匠のばっちゃまの所で修行するだけですし、ばっちゃまは私の見栄えの悪さなんてもう馴れに馴れまくっていますしっ。


「髪は確かに乱れているが……。だがそれはきっと、そうなる程に急いで走っていたからじゃないのか? そして、それはやはり何か用が有ったからじゃないか?」


 わっ! この御方イケメンな上に、洞察力まで優れていらっしゃいますっ。まるで神が与えたまわれた奇跡の結晶ではないですかっ。


 ただそんな素敵な洞察力なのにごめんなさいっ、乱れてぼさぼさなのは家を出た時から既にですぅっ。


「用は有りますけどっ、その、あの、おぉ男の人に逢ったりするとかじゃないですしっ、へ、平気ですっ!」


 取り乱す私を前に、イケメン様はずっと冷静に思案するようなお顔をされてます。


「……そうか。どうやら余計な事を言ってしまったようだ」

「いえいえ、とんでもないですっ!」


 うぅ、なんとか誤魔化せたけど場はすっかり変な空気です。……まあその、八割私の身なりや行いの所為なんですけど。


 いえ、九割でしょうか……はい……。


「……ともかくその汚れ。俺に気を遣ってくれた故なのだから、感謝はせねばならんな」


 ――っ! 落ち込む私の心を掬ってくれる優しいお言葉っ!!


 瞬時にこのどうしようもない空気を変えてくださるこのお優しさ! 本物です、これは本物のイケメン様ですっ、はいっ!


「め、滅相もありませんっ!」


 目を見て言いますっ、ええ目を見て言いますともっ。


 こちらが見つめれば、この御方おかたはただじっと見返していてくれます。ああ、これだけで良い、この目を見てるだけでずっと間が保ちますぅっ!


 わ、私、私……もう完全に心をキャッチされてしまいましたー!!


「――それでは行かせて貰う。お互い、角を曲がる時には気を付けよう」


 ご忠告有り難うございますっ! でもでもっ!


「お、お待ち下さいませ!!」

「えっ?」


 背を向けようとするイケメン様の手を、私、しっかりと掴みました。


 ……はいっ! 私のこの熱い想いには、曲がり角なんてありませんからっ!!


 ――後半へ続く――

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