月より星が綺麗と言って

あすな。

第1話

「円はかわいいね。」

「まどかはお姉ちゃんの宝物だよ、ずっとかわいい宝物」

 小さい頃から何千回と聞いた台詞。それを言われる度に嬉しかったし、横で聞いている父さんが

「父さんは?父さんは可愛くない?」

「かわいくない!ヒゲ生えてるもん!」

「あはは!お父さんもかわいいわよ」

 とふざけ、姉さんが真面目に怒り、母さんが幸せそうに笑う。これがオレの世界だった、ずっと。でも、小学生、中学生、高校生と上がっていく事にオレの世界はどんどん変化していく。「かわいい」ことの弊害を知ったのだ。中学で初恋した女の子に告白した時は、「円くんは私よりかわいいから無理」とフラレたし、それからカッコ良いと思われたくて入ったアイドル事務所では会う先輩会う先輩に「女の子がいるかと思った……」と言われて、こんなの弊害以外の何物でもないじゃないかとすっかり不貞腐れた。





 で、事務所に入って11年、アイドルユニット「PLEIADES《プレアデス》」としてデビューして6年目の今、オレ輔星円そえぼしまどかはすっかり

「また女装の仕事ですかぁ!?」

「そんなこと言わないでさぁ」

 「女装のできるアイドル」になっていた。背は177cmまで伸びて、「かわいい」容姿ではなくなったと自分では思っているのに。

「この企画2回目だし、オレの女装なんかまあまあ周知されてるんだからオレじゃなくていいでしょこれ……」

「前回とゲストは全然違うし、それこそ前回の評判がすごい良かったからまた出て欲しいって」

 歌番組の収録の合間、マネージャーから手渡された企画書には、今年で放送開始してから5年目になる人気バラエティ番組の名前と『女装した男性芸能人を現役モデルの中から見抜くことはできるのか!?(仮題)』というサブタイトルがゴシック体で輝いていて、その勢いにオレは辟易とする。

「え~?仕事断んの、円」

「そ、そういうわけじゃ」

 人の話を聞いていないようで聞いていたのか、後ろからぬっと音もなく現れたのは「PLEIADES」のメンバー、というかPLEIADESは2人組なので相棒とか相方とか言った方が良い奴。名前は「安曇瑛あづみあきら」。身長は180cm、抱かれたい男ランキングにランクイン、この前は男性向けの制汗剤のCMキャラクターに決まるなどオレとは正反対の男。

「円が嫌なら断ってもいいんじゃない?」

「そういう訳にもいかないだろ。出させてもらったら新曲のプロモもできるわけだし」

「ふうん、真面目だね円は」

「お前が行き当たりばったりなだけじゃん」

 そんな瑛はどこか抜けているというか、行き当たりばったりというか、とにかく自分のペースで生きている人間だ。勿論、仕事で気を抜いたりするようなことはないけれど、他のところがマイペース。そんなところもアンニュイで色気があるとか言われるんだから羨ましい。

「輔星、じゃあ受けてもいい?この仕事」

「いいっすよ。その代わり新曲のプロモの時間は入れてもらってくださいよ?」

「分かってるって」

 またこんな仕事を受けてしまった……と思いつつもアイドルだって人間だ、仕事をしなきゃ生きていけないし選んでる暇もないし、選べる立場でもない。あ、でも司会者が誰なのかぐらいは確認しておくべきだった。こういう企画の時、某有名司会者だと、こっちが男だと思って平気でセクハラを働いてくるから嫌なのだ。どこで誰が聞いているかも分からないし、どこかにリークされても困るので誰に言ったこともないけれど。







「おはよ、円ちゃん」

「ちょっと~!その円ちゃんってのやめてくださいよ~!」

 で、当日。結局司会者は某有名司会者だった。しかも、今回はオレが女装をするということを事前に知っているので楽屋にまで来て「円ちゃん」なんて呼んだ上に肩を触ってくる。正直やめてほしい。邪険にもできないのでそっと除けるが、構わずその手がまたオレの肩に。

「いいじゃんいいじゃん、可愛いんだから」

「可愛いって……もう25ですよ、オレ」

「へえ!25!早いねえ」

 体が寄せられる、いい加減マジで気持ち悪い。オレが男だからまだ我慢できているが、こんなこと女の子にやったら訴えられたって何も言えない案件だぞ、この人。

(うえ、ほんっとキモい)

 今後の関係などを考えると強くも出れないしどうしたものか。ヘラヘラと愛想笑いを続けていると後ろからタイミングを見計らったように

「すいません輔星さん!そろそろメイク始めます!」

 と呼ばれたので

「あ、呼ばれたのでそろそろ」

「おう!収録期待してるから!」

「はは……ありがとうございます」

 肩に乗せられた汗ばんでいるおっさんの腕から抜け出して、「期待してる」の言葉に適当に返事をしながら鏡前に座る。鏡に映る自分の顔が疲弊していて、どんだけ嫌だったんだと自分に同情してしまった。

「大丈夫でしたか?あの方しつこいですもんねぇ」

 割と顔馴染みの、関西弁が混じったようなイントネーションのメイクさんにも、同情したような台詞をかけられる。女性特有なのか、彼女の香水なのか柔らかい香りに癒されるも、やはりどこで聞かれているか分からないのでこれも曖昧に誤魔化した。



 その日の収録は成功。新曲のプロモはできたし、女装自体も慣れたもので、当然の如くボロを出すこともなくこなした。エンディングトークでもお決まりの台詞ではあるが、「アイドルがそんなに面白かったら俺たちの仕事がなくなる」と芸人さんに言われるくらいのことは喋った。そのおかげかは知らないが、スタジオを出る時プロデューサーに声をかけられて

「円くんやっぱり喋れるねぇ!今度俺の担当してる別の番組にも来てよ!」

 と本当かただのお世辞かの区別はつかないが、次の仕事のツテも得た。これを成功と呼ばずに何と呼ぶ。

(……おっさんからのセクハラさえなけりゃ完全にいい気分で帰れたんだけど)

 シートから漏れ出るクレンジングオイルで沁みそうになりながらアイメイクを落とす。毎回思うのだが、この手のシートは「アイメイクもスッキリ落とせる!」なんて謳っているがアイメイクと一緒に眼球まで落とそうとしているのでないか。目に入った時が痛すぎる。

「あー……痛ってぇ……」

 結局今回もオイルを目に入れずにメイクを落とすのは失敗。取れそうな眼球の痛みに耐えながら帰り支度をする。やっぱり女装の仕事は今後減らそう、成功したのはまあいいけれど、仕事の度にセクハラと眼球の痛みがついてくるのはいただけない。





 で、翌日。

「おはようございまーす……眠た……」

 呼び出された通り事務所に顔を出すと、フロアの入り口、フリースペースのようになっているテーブルに雑誌を広げるマネージャーと瑛がいた。

「……早くない、2人とも」

「おはよー円。俺はさっき来たばっか」

「僕もそんな早くないよ」

「ふーん、オレが遅刻したのかと思ったわ。で、何読んでんの?」

 床にリュックを降ろして椅子に座りながら、2人の広げた雑誌を覗き込む。今度発売の雑誌の見本誌のようで、誌面には『ついに発表!抱かれたい男ランキング!』の文字が躍っていた。

「お!今回こそオレ入ってんじゃね!?」

「それ毎回言うよね」

「期待したっていいだろ、別に」

 コーヒーを啜る瑛から雑誌を奪ってランキングを上から目で追う。1位には「安曇瑛」の名前が当然とでも言うように載っていたがそんなことはどうでもいい。元々このランキングでオレが瑛に勝つのが無理なのだ。期待をしているのは2位以下。例年このランキングは10位まで掲載されるはずなのでそこまでに入ればいい。しかし

「オレの名前が無い……」

「え~、入ってるじゃん、円も」

「は?ねえよ、5回は見直したぞ」

「いや、そこじゃなくって」

 抱かれたい男ランキングにオレの名前を見つけることは出来なかった。まあ分かってたよ、ないだろうなって。毎年のことだもの。ちょっとくらい期待してみたかっただけだ。問題はこの先。オレもランキングに入っていると言って瑛が指さしたのは「女装が似合う芸能人ランキング」。そして順位は1位。

「やっぱりこっちかよ!!3年連続だぞ!?!?」

「俺も3年連続1位だからダブルで1位だね」

「なんっも嬉しくねえ……」

 頭を抱えてテーブルに突っ伏す。抱かれたい男と女装が似合う男のアイドルユニット、冷静に考えて訳が分からない。コンセプトに統一感がなさすぎるだろ。「1位だよ?良かったじゃん」とにこにこオレを見つめる瑛を恨めしく睨み返す。こいつがこういう時オレに言う良かったじゃんには、一切悪意とか嫌味とかを感じない、というかそういうネガティブな要素はそもそも存在していない。だからこそオレの矮小さが引き立って悔しくなるんだけど。

「お前は良いよなあ……」

「何が?」

「何でもねえ……己の矮小さを噛み締めてたところ……」

 大きくため息をついてまた項垂れる。その背中をいきなりマネージャーに叩かれた。

「は!?痛った!?」

「朝から暗い顔するな。この後このランキングの件でインタビュー入ってんだから」

「何言ってんの?」

 このランキングの件で?インタビュー?別に話すことないんだけど?てか昨日の今日で女装?この時のオレ、多分背景に宇宙背負ってたと思う。3年連続だしそりゃ何か聞かれてもおかしくはないタイミングだけど、だからと言って今更何か喋るようなこともない。「オファーされるのでしてるだけです」なんて言ってみろ、即座に大炎上だ。そんな背景に宇宙を背負ったままのオレを、マネージャーは無表情のまま見下ろしている。

「何言ってんのって……仕事貰えたんだから有難いことだろ」

「だってインタビューって女装について聞かれるってことだろ?別にしゃべることねえんだけど」

「ああ、ごめん、インタビューって言っても2人でだからさ。しゃべること無かったら相手の子の話に同調してもいいよ」

「なんだそれ適当だな……てか2人?誰と?」

 体をテーブルに預けたまま、顔だけをマネージャーに向けて話を聞いていたが、流石に起き上がった。女装の件で2人でインタビュー?誰を連れて来られるんだオレは。

「そのランキングの2位の子。知らない?最近ネタ番組とかに出てる若手の芸人さんなんだけど」

「若手芸人……」

「そう、芸人さん。……と、2人共、そろそろ移動だ。僕表に車回してくるから、準備しといて」

「おー」

「りょーかい」

 準備と言ってもオレはリュックを背負うだけだ。瑛の準備を待つつもりで、自分の順位だけを見て閉じた雑誌をまた開く。ちゃんと目を通すと、順位の横にビフォーアフターと称して女装前と後の写真が掲載されていた。何がビフォーアフターだよ、と思いつつ2位に視線を移す。乗っていた名前は「門杭蒼かどくいあお」下段には小さく「お笑いコンビ 二星」と書かれていた。

「お笑いコンビ……なんて読むんだこれ」

「あ~俺知ってるこの人たち。この前番組見た。コンビ名、『にぼし』って読むんだよ」

「へえ、にぼし」

 ジャケットを羽織りながら、雑誌を覗き込んできた瑛に読みを教えられる。使っている漢字こそなんだかキラキラしてはいるが読みは「にぼし」で、案外普通にお笑いコンビっぽい名前だなと思った。そして、肝心の「門杭蒼」さんの容姿は、特に女顔という訳ではなかった。普通に正統派イケメンの部類に入るような。多分うちの事務所に混じっていても気づかない。しかし、隣に載っている女装に驚いた。勿論、彼の女装であるというのはすぐわかるが、ちゃんと女性に見えるし普通に可愛い。

「すげえ、可愛いじゃん」

「オレの方がすごいのに~とかないの?」

「ないない、あるわけないだろ」

 自分の女装なんか見ても、自分が女の格好してるなあとしか思わない。それよりだったら他人のを見るほうがよっぽど素直にすごいなと感じる。にしても

(この人とインタビューか……全く知らないけど大丈夫か……?)

 彼の出ている番組を見たらしい瑛とは違って、俺にはなんの予備知識もないため、話題の引き出しが極端に限られている。かといってバラエティー的な初対面のノリで雑誌の対談に臨むわけにもいかない。

「移動中にネタ動画とか見たほうがいいのかな……」

「律儀だなあ、円」

「デジャヴ感じる発言すんのやめろ。だって、なんも知らないけど対談しま~すってあまりにも失礼だろ」

「そんなもんなの?」

「そんなもんなの」

 早速YouTubeの検索欄に「二星 ネタ」と入れる。早速件の番組だろうか、ずらりと検索結果に動画が並んで、それをいくつか後で見るに突っ込んで事務所を出た。オレのYouTubeの検索履歴にねこ動画以外が残るのは久しぶりだ。



「面白いな……」

「面白いよね、俺も好き、その人たち」

 結局移動の30分間を二星のネタを見て終えてしまった。彼らは漫才というより、今回オレが対談する門杭さんが女装して、相方の「松杭まつくい」さんが彼氏役、父親役、時にはキャバクラのスカウトにまで扮するコントスタイルが中心で、2人の絶妙な演技に引き込まれつつも笑ってしまった。これで芸歴3年目だというのだから驚きだ。

「うわぁ……オレ今からこの人と対談すんのか……」

「いいじゃん、こんな面白い人と話せる機会ないよ」

「門杭さんが面白いとしてもオレがそれに返せるかどうかは分かんないだろ……」

「まあそれは円が頑張りなよ」

「自分はソロ仕事だからって無責任なこと言いやがって!」

「あっはっは、僻むな僻むな」

 腹立たしい高笑いを残して瑛は撮影スタジオに消えていった。なんでも、抱かれたい男3年連続1位記念に来月号の表紙らしい。マネージャーも一旦そちらへ行くようで、オレは1人対談場所に指定されている2階の楽屋へ。1人になってから

「誰も僻んでねえよ!」

 というのを瑛の背中に向けて吐いている時点で僻んでいるのだが、それは見て見ぬふりしてエレベーターに乗り込む。

「あー……緊張する……」

 1人になると急に緊張してくる。エレベーターに乗り込んでから2階に上がるまでの僅かな時間が永遠にも思えてしまって、何度もスマホのホーム画面をつけたり消したりしてしまう。瑛にもあまり言わないし、スタジオでは明るく振る舞えるせいでバレていないが、オレは案外人見知りなのだ。某トークの人見知り芸人に呼んでほしい、わんさかエピソードが出てくる。レストランでオーダーを間違えられても言えないし、美容院で新人の陽キャなんてつけられてみろ、翌日の仕事にまで響く。

(女装よりだったら人見知り芸人の方が呼ばれてえわ。絶対バズらせるぞ)

 なんてことを考えているうちに指定された部屋の前。中から笑い声が聞こえてくるのでもう門杭さんか誰かいるんだろう。深呼吸して仕事モードに切り替えた。

「おはようございまーす!PLEIADESの輔星円です!すいません遅れちゃって」

「おはようございます!二星の門杭蒼って言います!お笑いやらしてもらってます!や~、嬉しいっすアイドルと対談できるなんて!」

「え……と、あ!おれもさっき移動車の中で二星さんのネタ見ましたよ!キャバクラのスカウトのネタめっちゃ面白かったです!」

「ちょっと、アイドルがキャバクラとか言っていいんすかぁ?」

「キャバクラぐらい言わしてくださいよ!」

 やばい、人見知りの敵だ。挨拶が挨拶で終わらず、しかもそれが苦じゃないタイプの。オレは仕事と思えばこういうノリにもついていけるが、本当に人見知りの人間は1ラリーもついていけなさそうだ。しかしオレだって人見知り。インタビュー中に使おうと思っていたカード、『移動車の中で二星のネタを見た』を出会って10秒で切ってしまった以上、もう手札がない。それでも雰囲気だけで会話をつないでいると、準備が出来たらしく、記者に呼ばれた。

「では、インタビュー始めさせていただきます、よろしくお願いします」

「お願いします」

「お願いしまーす!」

 常に元気だな、この人。まあお笑い芸人だし明るくなきゃ就けない職業か。いやでも人見知り芸人なんて枠があるんだから今のは偏見だな。そんなことをうだうだ考えてしまう間に、質問を投げかけられる。

「えーと、お2人は今年の『女装が似合う男性芸能人ランキング』の1位と2位ということですが、感想、というか所感を……」

 なんだそりゃ。あまりにもざっくりしている。しかも感想、所感て。「女装で1位獲って嬉しいでーす!いえーい!!」とでも言うと思ったか。言う訳無いだろ。あまりにもざっくりしていて、オレが一瞬怯んだ隙に、隣の門杭さんがツッこんだ。

「質問ざっくりしてんな~!まあでも嬉しいっすよ、本当に!コントで女装してたらアイドルとインタビューできるとこまできたんですから。この調子でもっと売れたいですね!」

 瞬発力すげえな。ぼんやりした質問にツッこんで、その後ちゃんと感想を言ってる。……って、感心するところじゃないだろ。毎月毎月アイドル雑誌のインタビューに答えてきてこれか。

(芸歴も年も下の人に任せてる場合じゃない)

 思えばこれまでアイドルの雑誌の訳の分からない質問にも答えてきたじゃないか。女装の件というのが先行していて忘れかけていたが、これだっていつもの雑誌取材だ。普段通りにやればいい。

「オレも3年連続1位いただいてるんで、投票してくださる方に感謝ですね!自分で見るとオレがスカート履いてんなあってなっちゃうんですけど、少しでも女の子に見えてたのかなと」

 嬉しいとは言わない。別に嬉しくはないし。でもオレを知って、投票してくれる人がいるというのは有難いし、もしかしたらこのランキングを見てオレに興味を持ってPLEIADESのCDを手に取ってくれる人が増えるかもしれない。そういう意味ではこの仕事だって悪いわけではない。嫌だけど。

「ありがとうございます!すみませんちょっと大雑把な質問すぎましたね、では───」

 門杭さんのツッこみで場が和み、インタビューは和気藹々と進んでゆく。初対面な上に芸歴も違うオレにも丁度良い加減でフレンドリーに接してくれるおかげでオレも話しやすい。オレが移動中に二星のネタを見た話も出してもらえて、さっきは人見知りの敵だとか思って申し訳なかったなと内心反省してしまう。

「────ありがとうございます、ここでインタビュー終わらせていただきたいと思います、ありがとうございました!」

「こちらこそ、ありがとうございました」

「ありがとうございました!楽しかったっす!」

 初対面同士とは思えない程スムーズに進んだ取材が終わった。記者の人たちは、下で撮影している瑛を待ってから、瑛にもインタビューすると言って1階に下がり、オレたちはその場で解散になった。

「いやあお疲れ様でした、話回すのとかすごい上手いですね」

「お疲れ様です!そんなことないっすよ!喋りたがりなだけで」

 荷物をまとめながら、インタビューの余韻で話しかけてしまう。基本話しかけられ待ちなオレからしたら結構な出来事である。仕事じゃなくても明るく話してくれる門杭さんを有難く思いつつ話していると、門杭さんはいきなりオレにスマホの画面を向けた。

「ね、これも何かの縁と思ってLINE交換しません?」

「えっオレと?」

 オレに向けてきた画面はLINEの友達追加の画面。寂しい人間と思われたくないのでこれまで明かしはしなかったが、オレの交友関係は狭く、仕事関係以外なら事務所の同期の中で気の合うごく数人や、学生時代の数少ない友達ぐらいしかLINEで連絡を取るということがなかったので、突然のことに戸惑ってしまう。

「そうですよ!……あ、それともPLEIADESさんとこってプライベートも厳しいんですか……?」

「え!?いやいやいやそんなことないですよ!オレがあんま業界の人とLINE交換する機会ないからびっくりしただけで」

「なんだぁ良かった!じゃあ交換しましょ!」

 慌てきって言わなくても良い事まで口走ってしまった気がするが、門杭さんはそれを気に止めないでいてくれる。というより本当に気にしていないだけかもしれないが。陽キャはこっちが思うより世界に寛容なのだ。

「ぜひ、オレで良ければ」

 スマホを出して、LINEを開く。買い替える機会が見つからなくてずっと使い続けているiPhone6は、オレの手に馴染んでくれる代わりに容量が足りなくなってきて、いちいち時間がかかるのが玉に瑕だ。開かないLINEに「すみません、最近重くって」と苦笑いで言い訳すると、いきなり門杭さんが

「輔星さんて、かわいいですよね」

 と言ってきた。間を繋ぐにしても脈絡がない。予想もしていなかった話にかすれたような声の「は?」が口から出た。

「かわ、かわいい……?」

「かわいいじゃないっすか!女装が似合って、そんでこうしてランキングのトップなんですから世間的に見てもかわいいと思いますけど」

「それは……」

 話しながらもQRコードでの友達追加が終わる。本当にこの人は人との距離の詰め方が早いと思う。まだ出会って2時間とかそれくらいでこんなぐいぐいとLINEの交換をさせられたのは初めてだ。

「別に、女装褒められても嬉しくなくないですか?男なのに」

 しまった、と思った時には遅かった。女装の件で貰った仕事で会った人なのに。焦って門杭さんを見ると、彼は何食わぬ顔で

「俺は嬉しいですよ、本当に。だって同期だけで何人、何百人、何千人いるか分かんないこの世界で頭一つ抜けるのって何にせよバズらないとダメだと思ってるので」

 と言ってのける。その言葉に、目の前の明るい青年の覚悟を見てしまった気がしてハッとする。忘れていたつもりではないが、芸能の世界で生きていく以上、人に見てもらわないとどうにもならないのはそれはそうで、「人に見てもらう」ことの形がどうあれ、この世界はバズったもん勝ちなのだと改めて認識した。

「まあ、それはごもっとも……」

 門杭さんの言葉に感心したくせに、素直に肯定できない。自分の悪い癖だ。これだからオレは、と少し自己嫌悪に陥った。すると、門杭さんがすっとオレに近寄ってくる。オレの態度が煮え切らなく見えたのかと思ったが、いきなり彼はオレの頬を見た目よりよっぽど男らしい手のひらで包んだ。

「あーかわいい、テレビじゃ見れない顔見れて嬉しいです」

「は……?何言って……」

「俺、輔星さんみたいな人好みなんです。LINEも交換しましたし、これからもよろしくお願いします」

「え?え?」

「あ、そろそろ俺行かなくちゃ、今日渋谷で2ステなんです」

 輔星さんなら取り置きでチケット渡すんで暇だったら来てください、みたいなことを言いおいて門杭さんは駆け足でいなくなった。後に残ったのは困惑しきったオレだけ。本当に何を考えているのか分からない。かわいい?テレビじゃ見れない顔?好み?意味が分からなさすぎるだろ。

(前言全部撤回!!!)

 気さくだなとか、いい人だなとか色々考えてたけどそれも全部撤回。オレは二度と門杭蒼にはよろしくされたくない。

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月より星が綺麗と言って あすな。 @asu____wind

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