第24話 教会の矛盾


 アイザックが拷問に耐えている一方、ヘレナは同じ町である男と睨みあっていた。


 彼はアイザックを捕らえた際の指揮官である。本来は実働部隊ではなく内務担当だが、教会での立場はヘレナと同等かそれ以上だ。


「伝説の巨人ムスペルのアンデッド……ですか。にわかには信じ固いですが、事実として認められたら大きな功績ですよ」

「……私は、そんな話をしに来たのではなありません」


 怒りを押し殺すかのように答えるヘレナに対して、男はむしろ苦笑まじりに言葉を返す。


「いえ……失礼。彼を捕らえたことについて抗議に来たのでしたね。でもそういう話ですよ。アンデッドを退治したのがあのアイザックという男では困るのです。教会の人間である貴女が行ったことにしなければ」


 ゆったりとしたソファにもたれかかったまま、男は余裕を崩さない。

 ここは町長の援助によって建てられた教会の拠点の一室だ。文字通り"教会"として布教活動をしたり人に説法を説く場所も設けられている。

 しかし居住スペースには必要以上に華美な家具や調度品が置かれており、資金が正当に使われていないことが察せられた。


「あなたも同じ意見では? 以前からあのヒーラーが我々と対立するかのようにアンデッド退治で成果を上げていることを、好ましく思っていなかったではありませんか」

「それは彼が自らの実力を大げさに語り、解決したと称してアンデッドをのさばらせる悪質な詐欺師ではないかと疑ったからです。教会と対立するとか、そんな競争のようなこと考えたこともありません」

「ほう。では彼は詐欺師ではなかったのですか?」


「彼は……アンデッドに脅かされる人々を真摯に憂い、そのために命を張って行動する人でした。こころざしは我々と変わりなく、実力に関して言えば私より遥かに優れた力を有しています」


 それが、間近で彼の戦う様と言動を見てきたヘレナの結論だ。

 カタリナやアイザックが教会の悪い面を見てきたのと同じように、彼女はあこぎな仕事をする民間の退治屋を知っている。

 実力のない傭兵まがいがアンデッドへ半端にちょっかいをかけ、倒したと偽って金品を要求することは多い。彼らに巻き込まれた村は大抵、いなくなったと思っていたアンデッドの襲撃で壊滅してしまうのだ。


 教会で部隊を作って戦ううちに、彼女はこう考えるようになった。"力のない働き手は悪である"と。だがアイザックは、逆にヘレナたち教会に対して"力を持って働かざる者は悪である"という指摘を突き付けてきた。


『ヒーラーを手元にかき集めてクレリックの名を与えて遊ばせておくことが大局を見ることか? お前ら教会の連中が見るべきは現実じゃないのか?』


 大局を見て現実を見ていないという彼の言葉は、実働部隊として各地を回る彼女だからこそ耳に響いた。

 彼のように身軽でありたい。そして何より、強くありたい。

 だが教会は未だに足を引っ張りあい、今度はアイザックがそれに巻き込まれている。彼女にって到底看過できることではなかった。


「こころざし……はともかくとして、貴女が言うなら実力はあるのでしょうね。貴女の戦闘実績には私も一目置いていたのですよ」

「ルカ様の弟子であるなら、私が敵うはずもありません」

「そう、それですよ。あのルカの弟子だということが問題だ」

「……」


 そのことを最初に報告したのはヘレナだった。

 アイザックたちが採石場に同行するということになったあの日、酒場で寝ていた彼が呟いた寝言である。勇者パーティーの一員であるルカの名前は有名だが、その時のヘレナにはそれが本人のことかどうかまでは分からない。


 ただ他の退治屋を雇う際には教会へ連絡する義務があったので、その時ついでで話しただけだ。しかし、その名前を呟いたというだけの報告で教会はアイザックの身元を調べ上げ、すぐさま彼を捕らえるための用意を済ませた。恐るべき迅速さであり、それ自体がルカという人物に対する警戒度を物語っている


「私には分かりません。ルカ様といえば、教会の前身である治癒師ギルドの中心人物ですよ。こちら側にとっても敬意を尽くさなければいけない相手のはずです」

「魔王と結託していなければ、の話でしょう」

「……それも疑問です。本当のことなんですか?」


 男は少し慎重な様子を見せた。どこまで話して良いか推し量ってのだろう。


「私も詳しいことまでは聞いていません。ただ、アーク・ヒーラーのルカが明確に人類の敵対者と見なされたのは、魔王の宣戦布告がきっかけのようです」

「"魔法再来"……自らの復活とアンデッドによる再侵略を予告した、あの三年前の事件ですね」

「ええ。ただ魔王はあくまで国家を担う重要人物にのみそれを告げたので、本当の意味でその事件を知る者は少ないでしょう」

「……それがどうしたと?」


「その魔王の宣言を通信してきたのが、ルカなんですよ。国王や他の要人たちへ一方的に魔法を仕掛けてきて、彼自ら魔王の配下を名乗ったのです。もちろん今の教会のトップもそれを聞いてます。」

「! まさか……」


 通信魔法はお互いのチャンネルの知っている者同士の間でしか成立しない。どれだけ魔力が強くても、魔王であってもそれは変わらない。

 だが魔王討伐のメンバーであり、治癒師ギルドでの権威を持つ彼ならば、どんな重要人物とでも連絡が取れるだろう。


「ちょうどその時期は、アンデッドの襲撃が本格化してきた頃です。国は対策を立てられないまま混乱してしまったようですね。でも我々はその情報をもとにギルドから教会へ転身し、アンデッド退治の専門家としての地位を築いた。……同じタイミングでルカ本人も失踪し、今もなお行方知れずです。アイザックというあの男は、事件の直前までルカと一緒に暮らしていたと聞きます。嫌疑がかけられるのは無理からぬことでしょう」


「そんな! 彼は今まで我々と同じアンデッド退治を行ってきたのですよ? 例えルカ様と関係があるからと言っても、彼自身が人類の敵に加担するはずがありません!」

「それはどうでしょう。アンデッドを倒してきたのも、ただのパフォーマンスかもしれませんよ?」

「いえ、だって……」


 ヘレナはアイザックは無実だと確信している。一緒に行動してきたのは短い間だったが、そんなこと関係ないぐらい彼の気持ちというものを見てきた。


 しかしそれは、根拠というにはあまりにも頼りない。見方を変えればヘレナ自身の信じたいという気持ちの裏返しでしかなく、それをこの男に説いたところで一笑に付すだけだろう。

 彼のために何もできない。己の無力というものを突き付けられた気分だ。


「あのルカだって事件直前に魔王と結託したわけではないでしょう。もっと前から計画は進行していた。であれば当然、突然ルカの弟子になったアイザックという人物も警戒するべきです」

「……ルカ様と関わりがあればそれだけで危険分子というわけですか」

「平たく言えばそうなりますね」


「では我々も潔白を証明する義務があるのでは?」

「……なんだと?」


 思わぬ切り返しに、男は眉をひそめる。

 ヘレナは目をそらさず真っ向から言い返す。


「違いますか? ルカ様と事件前まで接点があったのは、治癒師ギルドも同じこと。ルカ様はギルドの運営に大きく関わっていたはずです」

「それは間違いではありませんが一つ訂正を。今の我々は"教会"ですよ。言うなればルカという膿を出して、新たに生まれ変わった組織です」


「いいえ、それは欺瞞です。そもそも国家そのものが手を焼くような事態に、なぜ教会がいち早く対応できたのか。それは本格化する前からアンデッド被害に注目し、いざという時に行動できる地盤が作られていたからでは?」


「……」

「無論、本来なら一ギルドにそれほどの行動力はありません。それを可能にした要因は、内部の資料に詳しいあなたのほうが分かっているでしょう」

「……貴女も随分調べたようですね」

「自らが身を置く組織ならば当然です」


 つまりこういうことだ。

 治癒師ギルドでルカが行ってきたのは、いわゆる構造改革である。


 どんな冒険者のパーティも大抵一人はヒーラーを必要とする。そういう特色を利用し、人材を手配すると同時に各地の噂を探らせ、情報拠点としての地位を確立させた。

 また受動的に仕事を斡旋する仕組みから脱し、有事には能動的に動けるよう抜本的な見直しをはかった。


 結果的にギルドという枠組みから逸脱しかけていたのだが、そこに起きたのが"魔王再来"の事件だ。自ら互助会ギルドという名目を捨てる機会を得て、今の教会がある。それは傍から見れば、ルカのお膳立てによって作られた組織のようものだろう。


「魔王の影にルカ様がいる。そのことが教会内でも隠されていたのは、この組織の正当性を疑われるのが怖いからでは?」

「……上の方々の思惑までは、私の知り及ぶことではありません。しかし今の貴女の発言は、明確に教会への批判です。ご自分の立場が危うくなりますよ?」

「そんなこと構いません。教会が自らの保身のためにアイザックさんへ懐疑をなすり付けるなら、そんなところに所属し続けるなんて苦痛でしかないですから」


 ヘレナは吐き捨てるようにそう言った。

 まさに一瞬即発という張り詰めた空気が漂い始める。

 男が口を開き何か言おうとしたその時、突然扉を挟んだ向こう側が騒がしくなった。


 しばらくの問答のあと、足音がこちらに近づいてきて、そのままノックもなく扉が開く。

 部屋に入ってきたのは領主のロベルトだった。その後ろに、禿頭の小男がうなだれて立っている。


「……町長、この町は領地の要所だから介入は退けられる、という話でしたが」


 男は険しい表情で問いかける。禿頭のほうへ向けられたと思わしき言葉だったが、答えたのはロベルトのほうだった。


「はっはっは、彼を責めないでやってくれ。確かに貿易の拠点となる町へ手を出すのは、領主として賢い判断ではないだろう。ただ、今回は私が横紙破りをしたというだけの話」


 そう言って部屋のカーテンを開く。

 そこには建物を囲んで、ずらりと整列した兵士たちがいた。物々しいその様子に、まちゆく人々も騒然としている。

 暴動や魔物の被害も出ていないのに兵士が民衆の前に現れるなんて、本来なら異例の出来事だ。


「……この町には教会の信者もいるのですよ。こんな露骨な敵対姿勢を取って構わないんですか?」

「だから横紙破りだと言っただろう? 今は領民への心証より優先すべきことがあるのでね」


 男の押し殺したような言葉にも、ロベルトはまったく動じない。

 実際、このような実力行使をされたら教会側にはなす術がなかった。人々の心証で揺らぎかねないのは教会も同じだからだ。


「さて、アイザックくんを返してもらおう。どのようにもてなされたか、じっくり聞きながらね」

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