第18話 発見


「あのー、そろそろ切り上げたほうがいいんじゃないっすか?」


 青年の僧兵がぼやく。

 複雑に枝分かれした坑道を、アイザック一同はもう半日ほど歩き回っていた。

 内部を地図に書き起こしながら、薄暗く足元もおぼつかない道を歩くのは中々に疲労がたまる。彼らもそろそろ限界だった。

 しかしヘレナは首を振る。


「駄目です。まだ"負の流れ"の深いところに触れてすらいない。このまま戻るのでは我々が調査に来る意味がない」


 彼女は坑道内でも度々『ディバイン・マインド』を発動させて周囲の"流れ"を視ていた。しかし相手の懐に近過ぎるのか、満足に効果を発揮できていない。


「でもアンデッドには何度か襲われましたよ。その度にちゃんと退治してますけど。ねえ先輩」

「ああ。……ただ、小物ばかりなのは気になるがな」


 壮年の僧兵の言葉に、アイザックが同意を返す。


「俺も同じ意見だ。最初のサハギンゾンビ以降は襲撃もまばらで、数も少ない。ずっと同じ風景だから何度も遭遇したように錯覚するが、実際にはそれほど戦っていないはずだ」

「しかし。ここに"負の流れ"の澱みがあるのは確かです。小規模のアンデッドの群れでこの反応はありえません」

「疑っちゃいない。……けど何か糸口が欲しいな」


 そう口々に意見を出し合っているところ、ふとカタリナが遅れていることに気付く。

 アイザックは慌てて後ろで立ち止まっている彼女のもとに駆け寄る。


「おい、あんまり離れるな。こんな入り組んだ場所で一人になると危険だぞ」

「ごめん。ただここがちょっと気になって」


 カタリナが指さしたのは、脇道の小さな横穴だった。岩壁の窪みに隠れて、灯りで照らしにくいような場所にできている。

 ヘレナたち教会の面々もこっちにやってきた。


「確かにこの道、何だか他と違うような……」


 それは通路というよりは、裂け目と言ったほうが適切な気がした。大人一人程度の幅で、道を支える建材なども組まれていない。ただ行き来さえ出来ればいい。という感じの穴だ。


「この広さでは石材を運ぶことなんてできないと思う。もしかしたら最近になって掘られたのかも」

「しかし、何のために?」

「気になるな。……よし、進んでみよう」


 そうして彼らは、一列になって裂け目をくぐることにした。道は意外にも長く、狭苦しい上にひどく曲がりくねっている。分かれ道がないことだけがせめてもの救いだ。


 無言のまましばらく進んでいくと、やがて開けた場所に出てきた。先に道を抜けたカタリナとヘレナが、二人して耐え兼ねたように息を吐く。埃っぽい空気は同じだが、アイザックにも圧迫感から解放されたという気持ちは分かった。


「あー、息苦しかった。ねえ、ここどこ?」

「ちょっと待って下さい」


 周囲が広すぎて、今の光源だけでは全体を見渡すことができない。

 ヘレナとアイザックはそろって『ライト・ピリング』を追加発動し、できるだけ周りを明るくする。

 無数の光球が広場全体に拡散していき、やがて全体像が見えてきた。


「……! これは……」


 広場の最奥、むき出しの岩壁に埋まっているものを見て、一同が一斉に息をのむ。


 それは化石だった。

 古代の獣や爬虫類のそれではなく、人間の骨格に近い。


 問題なのは、それが恐ろしく大きいということだった。頭蓋骨と、あばら骨を中心とした胴体の一部しかないようだが、見上げるほどの大きさがある。

 生きていた頃は小さな山一つぐらいの身長はあっただろう。また頭蓋骨には角のような突起があり、どこか禍々しい雰囲気を醸し出している。


「なに……これ……。こんなの化け物じゃない」

「……実際、化け物なんだろう。聞いたことがある、魔物たちの祖先とも言える怪物たちの話を。彼らは今の時代の魔物とは比べものにならないほど強大で強い力を持っていた。悪魔、竜種、巨人――強すぎるあまり自分たちの手で滅びた怪物どもだ」


 先史時代の痕跡、ということになるのだろう。本来なら希少な考古学的資料だが、採石場で掘り起こすようなものではない。あるいは偶然見つかったのかもしれないが、それならもっと知られていないとおかしいはずだ。


 ――ただ、明白なことが一つある。これはしかばねだということだ。


「……あのさ、一応確認するんだけど、化石っていわゆる堆積物の塊よね? 土壌の鉱物成分が大昔の骨の鋳型に流れ込んだだけで、それそのものではないって……」


「本来なら、な。だが古代の怪物の肉体がどれだけ強靭だったのか、俺たちは知らない。深い地中に閉じ込められて、普通の生き物と同じ速度で風化していくのかどうか。もし体組織の一部でも残っていれば、それは死体だと言える」


 アイザックはそう言って、ヘレナのほうを振り向いた。

 彼女は顔面蒼白になって巨骨を見上げている。

 彼女にとっては明白だった。それが"死"であるかどうか、そこに"負の流れ"が立ち入れるか否か。


 そして何より、これがアンデッドとなった際どれだけの脅威足りうるのかを。

 ずずっ、という重い音が響く。一度ではない。繰り返し何度も。

 それは身をよじる音だ。土の壁の中にめり込んだ肉体が、そこから這い出そうとする音。


 壁が地鳴りとともに崩れていき、古き怪物の骨格は覚醒する。"負の流れ"とともに体内に入り込んだ濃厚な魔力が、怪物の内なる力とともに再び吹き流れる。


 その形は炎。肩口に収束し、失われた両腕の代わりに炎の腕が形成される。肋骨だけになった胴体が、ふわりと浮き上がった。骨格そのものが赤熱して淡く光を放つ中、眼窩だけが深淵そのもののように暗い。


 かつて世界を焼き尽くそうとした地獄の化身。――名をムスペルという。

 太古の時代から蘇った炎の巨人が、今アイザック達の目の前に立ちふさがっていた。

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