第91話 死闘の末

 巨鳥から風の塊が放たれた瞬間、フレイから炎が吹き上がり、灼熱の劫火がフィールド内を覆った。炎は旋風をも巻き込んで轟々と猛々しく燃え盛り、フィールド内の全てを燃やした。

 揺れていた紅蓮の炎は次第にその勢いを弱め、やがて跡形も無く消失する。

 それとほぼ同時、隔てていたフィールドもまた、まるで何事もなかったかのように音も無く消失した。レイズ達を覆っていた光のフィールドが解けた。


 劫火に焼き尽くされたフィールド跡。

 そこに立ちつくしたレイズの姿を見付ける。

 安堵の息を吐いたのもほんの束の間。ふらりとその身体は揺らぎ、レイズは力無く崩れ落ちた。


「レイズさんっ!!」


 急いで倒れたレイズの元へと駆け寄り、その身体を抱き起こす。


「レイズさんっ!しっかりしてください!レイズさん!!」

「………」

「レイズさん……?」


 私は必死にレイズに呼び掛けた。

 けれども、レイズは目を閉じたままぐったりとして動かない。

 嫌な予感がしてそっとレイズの口元に手を近付けてみた。

 その瞬間、私は凍り付いた。


「大丈夫か!?レイズ!!」

「アレン船長……どうしよう……」


 震える口から言葉が溢れ落ちる。

 私はゆっくりとアレンの方へと振り返った。


「レイズさん……息をしてない……」


 抱き起こしたその時には既にレイズの呼吸は止まっていた。


「退けっハルっ」


 駆け付けたアレンはレイズを見るなり、硬直した私を退かし彼の胸へと両手を置く。アレンは腕に力を込め、何度もレイズの胸を押した。

 だが、何度それを繰り返してもレイズの意識は一向に戻らない。


「馬鹿野郎がっ限度も知らず、全魔力を一気に放出しやがったなっ」


 大声で盛大にぶちまけながらアレンは必死に力を込める。


「ろくに知りもしない癖に感覚任せで無茶しやがって!魔力を使い果した人間がどうなるのか分かってんのか!?」

「……」

「おいっレイズっ目を開けろ!!こんな所でくたばるつもりか!!目を開けろ!!開けやがれってんだっ!!」


 救命措置を施すアレンを見詰めたまま、私は茫然とその場に立ち尽くす。

 まるで思考が働かず、頭の中が真っ白で。何も考える事が出来ずにいた。


 もし、このまま目を覚まさなければ、レイズさんは……


「レイズ!!レイズっ!!」


 アレンの声が虚しく響く。

 目の前では依然、アレンが救命措置を施し続け、何度も何度もレイズに呼び掛け続けている。そんな必死なアレンの姿を私はただただ見ている事しかって出来ない。まるで時が止まったかのように、私の思考はもはや完全に止まっていた。


「レイズ!!おい、レイズっ!!!!」

「かはっ……」


 レイズの口から真赤な血が溢れ出た。

 何度か大きく息をして、レイズはゆっくりとその眼を開ける。


「……るっせぇぞ」


 虚ろな碧眼が僅かに彷徨い、焦点を合わせるようにしてゆっくりとアレンのその姿を映し出す。


「レイズさん!!」


 止まった時が動き出すように、安堵と共に思わず涙が溢れ出す。

 アレンの迅速な救命措置の甲斐あって、その瞬間レイズは息を吹き返したのだった。


「はっ……全く、お前は……」


 息を吹き返したレイズを見て。アレンは僅かに息を吐いたものの、それもほんの一瞬で。先程までの必死の形相は何処へやら。なんとも素早い変わり身ようでアレンは途端にいつもの調子を取り戻す。


「全く、随分なお目覚めだな」

「……どうなったんだ?」

「とりあえずは一件落着だよ。……といっても、もう少しで相打ちになる所だったがな」

「……そうか」


 アレンのその言葉を聞いて、レイズもひとまずは安心したようで。ゆっくりと一つ息を吐く。


「全く世話を焼かせてくれる。これでまた一つ俺に借りが出来たな」

「……またそれかよ。アンタ本当にそればっかりだな」

「なんとでも言えばいいさ。ラック、止血してやってくれ」


 アレンはいつもの調子でそう口にし、続いてラックに声を掛けてすっとその場を明け渡す。


「了解。また随分と派手にやったもんだね。この傷じゃ完治までかなり時間が掛かるよ?」


 レイズの元へと膝をつき、ラックはそっと負傷した場所へと手を当てる。

 レイズの身体に手を添えて、特に傷の深い場所から止血しラックは治癒を施していった。

 改めて見れば、レイズの身体は傷だらけで。全身に深い斬り傷と酷い火傷を負っていた。全身に負った怪我の全てがまさしく先程までの戦闘の激しさを物語っていて。その様子は本当に、生きている事でさえ本当に不思議に思える程だった。けれど。


「良かった……」


 レイズが死ななくて本当に良かった……



***



 静けさが包んだ倉庫内に再び光が溢れ出す。

 その光の元を辿るように顔を上げ視線を向ければ、これは一体どういう事か?

 沈黙を呈していた筈の石碑が再び光を帯びて輝き始めた。

 石碑の放つ光はまるで意思を持ってでもいるかのように動き出し、欠けて削れた文字を修復していく。そんな不思議な光景を目の当たりにして。

 私は無意識のうちにポケットの中からホープ・ブルーの宝石を取り出す。

 気付けば私はそれを石碑の方へと掲げていた。


 その瞬間、ふわりと再びあの感覚に襲われる。

 意識が飛ぶような奇妙な感覚。そのまま、まるで光で描かれた文字を読むかのように私の口は勝手に言葉を紡ぎ出した。


『旋風を纏いて現れし者はこう告げた。

 全能たるその御前では誰もが全てを暴かれる。

 汝、心を疑いし者よ。その真を知りたくば行け。――“東へ”と』


 それを読み終えたと同時。

 文字は崩れて一点に集まる。それは徐々に形を変えてやがて光輝く球体となった。そして、それは一直線にホープ・ブルーを目掛けて飛んで。ホープ・ブルーの中へと宿る。宿った光はゆらゆらと揺れ、それは次第に色を変えていく。翠色をしていた光はやがて淡い黄色と変わった。


 瞬間、私の身体は不思議な感覚から解放された。

 自由の効くようになった身体を動かし、改めて手の中で輝くホープ・ブルーへと視線を向ける。


「これは……一体どういう事?」


 再び静寂が訪れた倉庫内。

 残った物は無残に破壊された残骸と意味深な謎の言葉だけ。


 まるで誘いを暗示させるかのようなその言葉。

 静寂の中に残された言葉は誰の心にも疑問を残した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る