劫火の英雄(後編)

第60話 語られない物語

 この国を愛していた。その思いに嘘はなかった――


 劫火の英雄、ロイ・ローゼルが死んだ。

 その機をまるで計ったかのように、隣国ワンスモールでもまた国王が暗殺される事件が起きた。

 首謀者とされたのは戦死したと思われていた元軍人マオ・クインズ。クインズは生きていたのだった。再び戦場へと舞い戻ったクインズは国王暗殺後、程なくしてワンスモールの全政権を掌握。巧みな扇動により民衆の支持を得たクインズは再び反旗を掲げ、兵を再びディーレフトへと差し向けた。


 英雄亡き今、勢いづくワンスモールを前にディーレフトは苦戦を強いられた。クインズの軍はディーレフト領内へと侵攻。その勢いは止まらず脅威は王都へと迫りつつあった。


 英雄が死んで以降、何度も探した。

 何人もの強者が「我こそは!」と名乗り出てはその柄を握る。

 しかし――残された『劫火の剣・フレイ』を扱える者は見つからなかった。

 迫り来るクインズの軍を前にディーレフトは侵略の危機にあった。


 ――お困りのようですね、陛下――


 そんな時、ある者が現れた。

 頭から爪先まで隠れるような長く黒いローブ纏った薄気味悪いその者。

 国の現状を知ったその者は言った。


 ――お任せあれ――と。


 しかし、その者を信用してしまった事が全ての間違いだった。


 赤い炎が唸り刀身を燃やす。

 その者の力により『劫火の剣・フレイ』をその鞘から引き抜く事に成功した。

 だが、そののち、その者の残忍で非道な正体を知る事になる。


 怒りに震えその者を問い詰めた。

 すると、その者はこう言った。


 ――それは困りましたね。貴方がそれを拒むと言うのなら――


 その者はゆっくりと手を翳す。

 途端、大きく心臓が脈打った。

 全身に衝撃が走る。身体中を襲うあまりの激痛に堪らず悲鳴を上げた。


「何を、した……っ」


 地べたに這い、もがき苦しむ姿を見てその者はこう述べる。


 ――貴方に施した魔法術は強力な、そして特殊なもの。それがなければ劫火の剣・フレイは扱えない――

 ――それどころか、制御を失えばその術は貴方の身体を蝕み、やがて呑み込む――


 無機質な空間に痛烈な悲鳴が響き渡る。

 身体が燃えるように熱く、皮膚が焼け溶けていくかのようで。骨が軋み、目に見えない力で押し潰されるかのようだった。

 そんな姿を見てその者はさも楽し気に笑う。


 ――さて、どうしますか?リチャード・トゥエルブ国王陛下?今や謳われた英雄はなく、国はかつてない危機にある――


 そしてその者はこう続ける。


 ――貴方には確か、御子息がいませんでしたよね?――


 その言葉に目を見開いた。


 ――統治者を失った国など簡単に制服されてしまいますよ?――


 その者はゆっくりと翳していた手を降ろした。

 途端に激痛は消え、焼けるような熱さも消え失せる。

 地べたに無様に転がったまま、乱れた呼吸を整えた。その者はゆっくりと近付き、膝を折って手を差し伸べる。


 ――躊躇う事などありません。何故ならば彼らは罪を犯した者。罪を犯した者には罰を与えなければ。捕虜となった者もまた同じ。辿る結末、その運命に大差などありません――

 ――しかし、例え決まった結末と言えど、ただ死なせてしまうのは勿体ない。

 ならば彼らを被検体として、魔力の供給源として上手に使う事こそ上策――


 ――文字通り国の礎となって、糧となって頂きましょうよ――


 その男の笑みが脳裏に焼き付いて消えない。

 しかし、もはや引き返すことは叶わない。賽は投げられたのだった。



 ***



 ブラインド大陸北西に位置する国ディーレフト。

 その地に現れた英雄の存在。

『劫火の英雄』と謳われたレイズの父、ロイ・ローゼル。

 突然訪れた謎をはらんだ英雄の死。

 隣国で起きた革命と長きに及ぶ戦乱の末、窮地に再び蘇った『黒き業火』。

 ディーレフト国国王リチャード・トゥエルブはその剣を手に国を救った。


 しかし、国を尊ぶ思いはやがて力に対する欲望へと変わり、国王は絶大なる力と引き換えに多大なる犠牲を払う事となる。だが、その強大な力はやがて制御を失い暴走。

 暴走した力を止める為、国を守る為。

 レイズは父の形見、『劫火の剣・フレイ』を引き抜き国王を手に掛けた。

 後に残ったのは、焼き尽くされた残骸と凄惨なる真実だけ。


 国王殺害の罪を背負い、レイズはアレンと共に国を出る。

 国王殺害、そして逃亡。その裏に隠された国を救った者の存在。


 持ち主を選び正しき者意外には抜けない。炎を操り、勝利を齎すという伝説の剣。

『劫火の剣・フレイ』を巡る物語。

 だが、その真実の物語を知る者はいない――


「…………」


 アレンの口から語られたレイズの過去の話に私は言葉を失った。

 3年前、軍人だったレイズは国の陰謀を暴き、アレンと共に暴走した国王を倒した。レイズは『劫火の剣・フレイ』を持って国を救った。

 しかし、その真実を知る者は誰もいない。


「その後、ディーレフトではすぐに新たな国王が即位。そして、新国王は長らくワンスモール領に配置されていた暫定政府を撤廃。のちにワンスモールを返還。新たに国家の承認を経て成立したワンスモール、そして東方はツービークとも停戦協定が交わされ、ディーレフトは2国と講和条約、不可侵条約を結んだそうだ」


 そう、風の噂で聞いたとアレンは言った。


「今やディーレフトは東海でも発展した税金も安くて飯も酒も美味い!平和で住み易くおまけに美人も多い国となった。つまり、国はあいつ1人に3年前の全責任を押し付けて万々歳って訳だ」

「そんな……」

「さて」


 アレンは本を閉じるかのようにパンと両の手を叩いた。


「昔話はこれで終わりだ。夜も遅いしそろそろ休むとしようか」


 そう言ってアレンは話を終えた。

 私はアレンの話がどうしても腑に落ちなかった。とはいえ、アレンはこれ以上話をする気はないらしく、そのまま床に就いてしまった。

 時刻は夜更け。街外れにある空き家にて私達はそのまま休む事にしたのだった。

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