第51話 ▼彼を訪ねて
夜の帳が下りた王都の一角。
閑散とした通りを過ぎて辿り着いた一軒の酒場。木造の扉を開けて店内へと入る。
乾いた喉を潤す為、または情報収集も兼ねて男は酒場へと足を運んだ。
「いらっしゃい。何にします?」
「じゃあ、とりあえず……って、おいおい、嘘だろ?なんだよこの値段!?どれもこれも前回居た国よりも倍近くはするじゃねぇか!?」
席へと着いてすぐにとりあえずの物を頼もうとして男は目を疑った。
メニューに書かれた酒の値段がどれもこれも高過ぎるのだ。今朝方入った店もそうだったが、いくら何でもこの値段はない。ぼったくもいい所である。
「アンタ知らないのかい?」
そんな驚愕を浮かべる男に対し、店の女将と思われる女性が呆れ混じりに声を掛ける。
「うちはここらじゃ安く提供してる方なんだよ。この近辺じゃこの位の値段が相場さ」
「そうなのか?」
女将はそう言うが。しかし、この値段を前にしてはどうにもそれは疑わしい。男は今一度メニューへと視線を落とし訝しげに首を捻る。
「アンタ、ここらじゃ見ない顔だな」
メニューを睨んだまま一人悶々とする男に対してまた別の声が掛けられた。その声に背後を振り返れば、そこには初老の男が一人。酒を片手にこちらをじっと見詰めていた。
「まあな、この国にはつい今朝方着いたばかりなんだ」
「ほう、なんでまたこんな国に?観光か何かか?」
「いいや」
その問いに対し男は平然と首を振る。そして、男はこう口にした。
「『劫火の英雄』に会いに来た」と。
「確かこの国にいるんだろ?『劫火の英雄』と謳われる凄い奴がさ」
「『劫火の英雄』か。ああ、確かにいたよ、かつてはな。……英雄は死んだよ」
「……そうらしいな」
「もう10年も前の話だよ。英雄は死んだ。いや――殺されたんだ」
「何故?一体誰に殺されたんだ?」
「さてな、理由は分からない」
「分からない?」
「未だに犯人はまだ捕まっていないんだ。軍が捜査してるが、今でもまるで進展がない。噂じゃ野盗の仕業って事になってるらしいがな」
「野盗……ばかな」
「何にしても手掛かりがないんだよ。英雄を殺した後、犯人が家に火を放ったらしく、証拠も何も全て燃えちまったのさ」
そう言って初老の男は手にした酒をくっと飲み干す。
「英雄は殺された。その妻も一緒にな。助かったのはその息子ただ一人だった」
初老の男は名を漁師をしているマーチ・ディアマントといった。
仕方がないのでとりあえず1番安い酒を注文し男はそのディアマントの前へと腰を下ろす。わざわざ声を掛けて来たディアマントからならばもっと詳しい話が、今欲しい情報が聞けるかもしれないと思ったのだった。
注文した酒がテーブルへと運ばれ、それに一口口を付ける。
そのまま男はディアマントに対して問い掛けた。
「英雄が持ってたっていう、『劫火の剣』は今は国王が所持してるとか?」
「ああ。今は国が徴収して陛下の元にある」
「確か英雄には息子がいた筈だろ?何故その息子の元に残らなかったんだ?その息子にとっては英雄の剣は父親の形見の筈だろうが」
「そうだな。だが、それと同時にあの剣は国を守る為の重要な要でもあった。英雄が死じまった今、あれは言わば国の財産にも等しい。そんな物を子供一人の手に預けるにはいくらなんでも荷が重過ぎるだろ?」
ディアマントのその言葉に男は開き掛けた口を閉ざす。
確かにあの剣は相当な代物だ。それをいくら形見だからと言って子供一人の手に預ける訳にはいかないというその考えは勿論正しい。至って当然判断である。
だがしかし――
「その息子に剣は抜けなかったのか?」
「馬鹿言え。息子ったって当時はまだ子供だったんだぞ?あんなたいそうな物なんて扱える訳がないだろうが」
「それはそうかもしれないが……」
「だから英雄の剣は国が徴収した。その息子を引き取ったおかみさんはえらく反対したがな。家も何もかも燃えて無くなっちまった後、その子に残されたのはその剣ただ一つだったんだからな」
「可哀想な話だよ」とディアマントは目を伏せた。
「その英雄の剣、国王には扱えたのか?」
「ああ」
男の問いにディアマントは頷く。
「俺も詳しくは知らないが、何でもその剣は使う者を選ぶらしくてな。選ばれた者以外にはその剣は抜けないらしい。そんなたいそうなもんだ、英雄の死後、長らく剣の持ち主はいなかった」
だが、死んだと思われたワンスモールの革命家 マオ・クインズが国王を暗殺し、再びディーレフトへと兵を向けその軍が王都へと迫って来る。
「国は何度も国内外から強者を集い何人もの人間が「我こそは!」とあの剣を抜こうと試みた。だが結局、剣は誰にも抜く事は出来なかった。
一方で英雄を失い士気の下がったディーレフトの戦況は日に日に悪化。もうダメかと思われたその時、ついに新たな持ち主が現れた。陛下がその剣、英雄が残した劫火の剣を抜かれたんだ」
「ほう、それはまた、たいそうな話だな。ずっと持ち主を選ばず誰にも扱えなかった剣がある日突然、ピンチになった途端に陛下を持ち主として選んだっていうのか?」
「『黒き者』って聞いた事ないか?」
突然、横から誰かが話に割り込んで来た。
ディアマントの横からぬっと顔を覗かせたのはすらりとした狐顔の男。彼はディアマントの漁師仲間、お調子者のフォール・クールだった。
「『黒き者』?なんだそりゃ?」
「なんだ兄ちゃん、知らないのかい?『黒き者』ってのは陛下の事だよ、陛下の事」
突然話に割り込んで来たクールの言葉に男はますます首を傾げる。
「陛下はいつも戦に出られる際、黒い鎧を纏って出陣される。その手には英雄が使っていた劫火の剣。黒い鎧に赤く燃える炎の剣を振るうその姿は、まるで大昔の神話に出てくる『世界を焼き尽くす黒き者』のようだって。陛下の凄まじい力を目の当たりにした連中が言ったのが始まりさ」
「ほう。それはまた……」
それを聞いた男は何か言いたげな顔をしたが、そのまま言葉を飲み込むように口を閉ざす。
『伝説の剣』に『英雄』に、『世界を焼き尽くす黒き者』。
どれもこれもがまるで伝説。まるで神話になぞられたようで、何だが妙な感じを覚える。
これらの全てが果たして偶然なのだろうか?
「とはいえ、そんな最強たる陛下も今や病に伏せておられるのが現状……」
「国王は病気なのか?」
「そうだよ。とはいえ、聞く話によるとただの病じゃないらしい。何でもある日突然、まるで炎に焼かれでもしたかのように全身が爛れ皮膚が溶けて落ちたらしい」
「何だよそれ……」
クールの話に男は僅かに目を見開く。そんな病など聞いた事が無い。
「そんな御身を隠す為、陛下は常にあの黒い鎧を身に着けておられる。……噂じゃ、無念の死を遂げた英雄の亡霊が陛下の元に化けて出てその怨念の炎に陛下はその身を焼かれただとか」
「怨念って……そんな馬鹿な……」
確かにロイの死は無念であった事には違いないが、いくら何でもそれはない。
あのロイが亡霊として化けて出た挙句、人を呪うとはとても思えなかった。
「おい、やめろ!衛兵に聞かれでもしたらどうするんだ!?」
ダンッと勢い良くテーブルを叩いて突然ディアマントが声を荒げた。
「大丈夫だって。ここにはそんなのいやしないよ」
しかし、一方のクールの方は依然へらへらと笑うばかりでそんな言葉など何処吹く風。熱くなったディアマントをまあまあと言って宥めて聞かす。
「何か問題でもあるのか?」
そんな対照的な2人の様子を前に男は疑問を投げ掛けた。
「アンタ、この国の現状を知らないのか?」
ぽかんとして首を傾げる男の様子に本当に何も知らずにこの国に来たのかとディアマントは目を丸くする。
「ディーレフトは今、ワンスモールで未だに続く戦闘と国内での相次ぐテロに対して厳戒態勢を敷いてる。それにより現在国内では特例法が敷かれているんだ。その法の下に、犯罪の類いは今まで以上に厳しく取り締まられ、税は日に日に上がっていく……おまけにこいつみたいに根も葉も無い噂を面白がって立てる輩がいるせいで取り締まりがどんどんきつくなっていくんだ」
「兄ちゃんも気を付けた方がいいぜ?万が一にも陛下を愚弄したりなんかしたら陛下に対する不敬罪で即牢屋行きだ」
「ふーん……不敬罪、ね」
クールの言葉を聞いた男はまるで興味が無いかのようにそう口にする。
「って事は、『実は陛下の頭はつるっ禿げ』なんてうっかり口を滑らせた日にゃ首が丸ごと飛ぶってか?」
「おい馬鹿っやめろ!冗談じゃないんだぞっ!!そんな無礼な事を口にした連中がもう何人も衛兵に連れて行かれてるんだ!!」
男の無礼極まりない発言にディアマントはまたしても声を荒げる。
「衛兵に連れて行かれた連中は一体どこへ連れて行かれるのか。行ったが最後、2度とは戻って来られないって話だ。こんなんじゃ恐ろしくてまともに会話すら出来やしない。まさに陛下様さま、特例法万歳。これじゃ独裁者と呼ばれたワンスモールの国王とまさしく良い勝負だっての」
「お前はまた!そう言う事を軽々しく口にするんじゃない!!」
軽口を叩いたクールに対してディアマントは更に熱く声を荒げる。
そんなディアマントに対し「分かった分かった」と頷いて、男とクールはひとまずその場を収めた。
「何にしてもこんな生活に皆んなほとほと疲れ切ってるんだよ……」
先程までへらへらと笑っていた筈のクールが深く長いため息を吐く。
「英雄が生きていた頃は良かった……今となってはあの頃を本当に恋しく思うよ……」
昔を懐かしむかのようにそう言って、ディアマントもまたクール同様にため息を吐いた。
そんな2人の様子を見て男は口を噤み考える。
酒場で出逢ったディアマントとクールの話をひと通り聞いて、その男、アレン・ヴァンドールはそっと手にした酒を口へと運んだ。
そして、アレンはどうしたものかと考える。
「友人であるロイ・ローゼルに会い行く」それが当初の、本来の目的の筈だった。
しかし、ロイが死んだと言う噂は真実であり、結果ロイに会う事は叶わず。
おまけに話に聞いていた「温暖、綺麗で食べ物が美味い。おまけになんと言っても美女が多い」という「良い所」である筈のディーレフト国はその言葉には程遠く。
国がこんな状態では観光はおろか、この国に来た意味でさえももはや失くなったと言っても過言ではない。
――それならば、だ。
考えるべきか迷っていたが、やはりここは気持ちを切り替え、『プランD』に切り替えるべきかもしれない。
アレンは一人のそう決めて、手にした酒を飲み干した。
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