第45話 亡霊騎士

 太陽は西へと沈み、夕闇が辺りを包む。ディーレフトの街は日暮れを迎えた。


 王都付近の飲食店で食事をした後、アレンはろくに資金調達の為の情報を集める事もせず、私達は早めに宿を取り休む事となった。取れた部屋は二階の二部屋。部屋割りは私とラック、そしてアレンとフォクセルという具合。

 一体何を考えているのか、アレンは私と一緒の部屋がいいとごねたが、そこはラックがガンとして譲らなかった。


「……ん」


 真夜中。寝苦しさに私は目を覚ました。

 部屋の中は暗く、窓から月明かりだけが差し込んでいる。

 寝ぼけた目で天井を見上げれば、そこには異様な影が揺れていた。月明かりに照らされ朧げに踊る黒い影。

 ――いや、それは影ではなかった。

 そこにはいたのは剣を振り上げた鎧の騎士だった。


 これは夢か?はたまた現実か?


 私は寝惚け眼のまま何度か瞬きをする。

 目の前には剣を振り上げ今にもそれ振り下ろそうとしている鎧の騎士。

 暗闇の中で月光を受けて不気味に佇むその光景はまるでホラー映画に出て来るワンシーンのようで、私は堪らず悲鳴を上げた。


 その瞬間、銃声が鳴った。

 隣で寝ていたラックが上体を起こし放ったのだった。銃弾を受け、一瞬よろめいたかのように見えた鎧の騎士。


「なんだ!?どうしたハル!?」


 その音を聞き付け、隣の部屋で寝ていたアレンとフォクセルが駆け付けて来る。

 それを見るなりその鎧の騎士は向きを変え、一直線にアレン達へと突進していった。鋭い金属音がこだました。間一髪、アレンへと繰り出された一撃をフォクセルが受け止め防いだのだった。

 いつもは腰に差していて使った所をまだ一度も見たことがないフォクセルの刀。フォクセルはその刀を鞘から抜かずに振り下ろされた一撃を受け止めた。

 鍔迫り合う両者。押し負けそうに見えたフォクセルだったが、刀を振り切り鎧の騎士を後方へと押し返す。


 前方にはフォクセル。真横には銃を構えたラック。

 武が悪いと判断したのか鎧の騎士は向きを変えると、窓を突き破って外へと飛び降りた。硝子の割れる音と重い金属音が響き、鎧の騎士は夜の街へと走り去って行く。


「追い掛けるぞ!」


 アレンの号令と共にフォクセルもまた鎧の騎士を追って割られた窓から飛び降りた。ここは二階。少なくとも六、七メートルの高さはある。生身で飛び降りで大丈夫なのかと一瞬思ったが、まあ大丈夫なのだろうと思う事にして、私はアレンに続き部屋を出た。


 逃げた鎧の騎士を追って夜の街を疾走する。


「全く。こんな夜中に寝込みを襲うとは一体何者だ?」


 そう言ったアレンは何故か楽し気。

 なんでそんなに楽しそうなんだ。

 てか、襲われたのは私なんですけどね。

 そう思ったが今はとにかく逃げる鎧の騎士を追い掛ける。


 夜の街は街灯も少なく暗い。人通りはなく、時折陰る月明かりだけが街の通りを照らしている。

 しばらく逃げる鎧の騎士を追って行くと急に開けた場所へと出た。先に追い付いていたフォクセルと対峙し鎧の騎士は睨み合う。


「寝込みを襲うとは不届きだな。一体何者だ?」

「………」


 アレンの問いに鎧の騎士は黙して答えない。


「返事は無し、か」


 言ってアレンは肩を竦める。

 フォクセルは刀に手を掛けたまま、じりじりと鎧の騎士との距離を図った。


 ガシャリガシャリ……


 どこからともなく重く不気味な金属音が鳴り響く。月が陰った暗闇の中、夜の暗がりから同じ形をした鎧の軍勢が現れた。


「これはまたぞろぞろとお出ましなようで」

「囲まれた、というか寧ろ誘い込まれたって感じだね」

 

 鎧の騎士達はゆっくりと展開し、アレン一行を取り囲む。周囲を完全に囲まれ私達は4人で背中合わせの形となった。


「ハルは俺の後ろに」


 ラックにそう言われ、非戦闘員である私は素早くラックの後ろに隠れるように移動する。それと同時に戦闘が始まった。


 4対20前後といったところだろうか。

 そんな不利な状況にも関わらず、ラックとフォクセルは全く引けを取らずに鎧の軍勢と対峙する。

 しかし、どうやらその不気味な鎧達の目的は他にあるらしく。

 どういう訳か、その鎧の騎士達は何故かしきりに、まるでアレンを狙うかのようにラックとフォクセルを擦り抜け何度も斬り掛かって来る。

 そんな危険極まりない状況だというのにこの人と来たら。


「ちょっとアレン船長!なんで私の後ろに引っ付いてるんですか!!?」


 アレンはラックの後ろへと身を隠した私の更に後ろにへばりつくかのようにして身を隠していた。


「えー……だって危ないじゃん」

「危ないって……そりゃそうですけど、戦ってくださいよ!貴方仮にも船長でしょう!?」

「仮じゃなくて船長は俺」

「だったら尚更、先陣切って戦わないといけないところなんじゃないんですか!?」

「だって俺、弱いんだもん」

「はぁあ!?」


 何その言い訳。それがか弱き乙女。

 いや自分で言うのもあれだけど、か弱き一般女子学生を盾にしていい理由になるのか。


「戦ってくださいよ!?」

「えー……」


 いかなも嫌そうな声を出し全く戦う素ぶりすら見せないアレン。

 これでは4対20前後どころか、2対20前後でないか。しかも2名のハンデ付き。ますます武が悪くなる。

 やる気のかけらも無いアレンと押し問答をしている最中、ラックとフォクセル、それぞれの蹴りが見事がら空きとなった鎧の隙を捉えた。


「「………!?」」


 その瞬間、2人は動きを止めた。


「この鎧……」

「ちょっと待って……まさかこの鎧の中って……」


 言葉を詰まらせた2人。

 そんな2人を振り払うようかのに鎧の騎士が剣を振るった。


「ラック!フォクセル!どうしたんだ!?」


 鎧の騎士から大きく距離を取った2人にアレンが声を掛ける。


「俺の思い違いだったらいいんだけど、この鎧の中、もしかして……」


 言い淀んだラックの言葉をフォクセルが引き継ぐ。


「鎧の中……空洞のようだ」

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