第41話 宝探しの結末

「それはたぶん、仙狸せんりとかかもしれないね」

「仙狸?」


 ラックは言った。聞きなれない単語に私は思わず聞き返す。


 古城地下にてゴーレムを退けた私とアレンはついに探していた魔法の杖、『アスクレピオスの杖』を手に入れる事が出来た。しかし、杖を手に入れたは良かったものの、問題は帰り道。どうやって地上へ出るかだった。

 場所は古城の地上終点。命懸けで渡って来た橋以外、他に道はない。

 やっと思い出で渡って来た橋をもう一度引き返さなければならないのかと逃げ出したい衝動に駆られたが、しかし、半裸の銅像の近くをよくよく調べてみると、そこには“抜け道”が存在した。

 固く閉ざされた扉を蹴破り、見上げた先は上へ続く長い長い螺旋階段。その階段をぐるぐると登って、正直目が回りそうになったところで光が見えた。


 その眩い光の中へと踏み入れると、出た先は入って来た入り口とは反対側の場所。私とアレンは長い螺旋階段を登り、拍子抜けする程あっさりと古城の外へと出る事が出来たのだった。


 そして、現在。

 魔法の杖を得て、なんとか無事船へと戻って来る事が出来た私は、恐らく“魔物”であると思われる古城地下で遭遇した“美女達”についてラックに尋ねていた。


「東洋なんかだとあやかし、または妖怪なんて呼ばれ方もしてる。所謂、夢魔の一種ともされていて、奴らは美男美女に化けて人間の精気を吸い取るんだと話に聞いた事がある」


 私の問いに対し、ラックはそう言って答えた。

 魔物よりは妖怪と聞くとなんとなく聞き馴染みはあるが、しかしそれらは所詮、空想上の存在。実際には存在はしない。けれども、この異世界ではそういった魔物や妖怪の類いが現実に実在するのである。

 ラックの話によるとどうやら古城の地下で遭遇した姿を変える謎の美女達の正体はやはり魔物。仙狸という妖怪の類いらしいとのことだった。


「魔物といえば、ハルと船長が穴に落ちた後、俺達も牛鬼ぎゅうきに遭遇したよ」

「牛鬼?」

「これも所謂、妖怪と呼ばれる物の一種で、奴らは非常に凶暴かつ獰猛で人を喰らう。姿形については場所によって様々で、牛の頭に鬼の身体だったり、その逆だったり。時には人の姿をしていたりとかもするらしい」


 そして、ラック達が古城にて遭遇した牛鬼は牛の頭に蜘蛛の身体をした姿だったという。


「見た所、牛鬼はあそこを狩場にしていたみたいだったし、俺が思うに恐らくは、杖の噂を聞いてやって来た人間を仙狸がたぶらかして精気を吸い、精気を吸い取られ動けなくなった人間の肉を牛鬼が喰らう。城へと踏み入れた人間が誰一人帰って来なかったって話はどうやらそういう理由だったみたいだね」


 一連の話を聞いたラックはそう結論を付けた。

 これが古城に巣食うという謎の魔物の正体だった訳なのである。まあ、魔物は話はこの位にして。


 その例の杖がどうなったかというと……。私はラックから視線を外し、そちらの方へと目を向ける。


「おーい、聞いてんのかー?」


 視線の先では呆れ顔をしたレイズが目の前のアレンに呼び掛けていた。


「………」


 しかし、呼び掛けたアレンからは何の反応もない。

 アレンは深く俯いたまま、全くもって動かず、その周囲にはどんよりとした重い空気を纏っていた。その様子はまるで魂がどこかへと抜けて出てしまった抜け殻のような有様である。


 アレンがこんな状態になった理由はそう、あれだけの苦労をして手に入れたアスクレピオスの杖がまさかまさかの偽物だったからである。

 この衝撃の事実に私は空いた口が塞がらず、さすがのアレンもこれにはおおいに落胆した。どうやらアレンは航海用の資金の為と言いながら、その杖をちゃっかり自分の物にする腹づもりのようだったが、結果その目論見は大ハズレ。

 よって、当初の予定通り資金を得る為、杖を換金出来る場所へと持っていったのだったが、なんとその杖の買い取り価格はまさかの超低価格。


『その杖には傷付いた者を癒し、死者をも蘇らせる癒しの力がある』

 ……という話だったが、そもそも今になって考えてみれば、その話自体がなんとも胡散臭い。

 しかも、杖は通常の物よりも大きくそれなり重く。杖として使うには使い勝手が非常に悪い。おおよそ大きめのオブジェ位にしかならないその杖の買取り価格は、結局予定の半分以下にしかならなかった。


 つまり、あれだけ堅牢に守られていた筈の杖は偽物。おまけに資金は充分に得られず。古城地下での奮闘虚しく、魔法の杖を巡る宝探しは残念な結果に終わってしまったのだった。


 散々アレンに振り回され、命をも削って散々な目に遭った結果がこれ。

 ……もう本当に、私の努力を返してくれよ。

 


 ***



「そういえば、私、魔法が使えた」

「え?そうなの?」

「うん。……いや、正確には使えたというか、使った、みたいな?」

「ん?どういう事?」


 私は古城地下にてゴーレムと戦った時の事をラックに話した。

 話を聞いたラックは初めは驚いたような顔をしたものの、すぐに何かを考えこむかのように腕を組む。


「ホープ・ブルーが白い魔法陣、盾を出したか。それはまたびっくりな話だね」

「そうだよね。私もどうしてあんな事が起きたのか全然分からなくて……」

「けど、その白い盾っていうのはハルの詠唱によって出現したんだよね?」

「詠唱っていうか……まあそうなんだけども……」


 果たして、あの適当な呪文とも呼べないような咄嗟の思い付きを詠唱と呼んでもいいのだろうか。

 あの時はすごく焦っていて正直考えている時間もなかった。その結果、思わず口から出ていたのが例の『盾ぇええええ!!』というシンプルな単語だったというだけなのだが。


「もしかしたら、ホープ・ブルーはレイズの剣と同じなのかも……」

「レイズさんの剣?」

「レイズの剣は元々魔法の剣というか、魔法の力を持った剣らしいんだ。その剣にレイズは自分の魔力を通してあの炎の魔法を発現させてる。だから、何が言いたいかって言うと、ハルが体験した現象も同じで、ホープ・ブルーにハルの持つ魔力を通した事によって魔法が発現したんじゃないかなって」

「私の魔力を通して?」

「そう」


 ラックは頷いた。

 今度は私が腕組みをして考え込む。

 いまだに謎が多いとはいえ、確かにホープ・ブルーは持つ異名として“魔の宝石”とも呼ばれている。そんな呼び名があるくらいだ、得体のしれない不思議な力、いわゆる魔法の力があの宝石に宿っていたとしても確かにそれは不思議ではない。

 だが、そもそもの話として果たして私に『魔力』なんてものが存在するのか?そんな力を私が持っているのか非常に謎なところである。

 例え仮にラックの話が真実だったとしても、何故あのタイミングで?どうしてあのピンチの最中まるで図ったかのような絶妙なタイミングで魔法が発現したのか?謎は多く腑に落ちない点もいくつもある。

 それに以前、ラックに魔法についての話を聞いた時、確かこう言っていなかったか。

『魔法を使うには『属性』と『魔力』が必要となる』と。そして『その属性を得るには『属性を持って生まれる』か『覚醒』する必要がある』と。


「……という事は私、いわゆる覚醒した、って事になるのかな?」

「そういう事になるね」

「覚醒ってそんなに突然起きるものなの?」

「そうだよ。覚醒が起きる過程やタイミングは人によって全く違うらしい。何故そんな事が起きるのかはいまだに解明されていないんだけどね」

「そうなんだ」


 全く予想外、そして予定外ではあるが、どうやら私は本当に突然『覚醒』してしまったらしい。


「私の属性は一体何属性になるんだろう?」

「俺が思うに恐らくハルは『光属性』に覚醒したんじゃないかな?」

「光属性?」

「属性が四大元素を基礎としたものって話は前にしたよね。火、風、水、土の基礎となる属性の他にもいくつか種類があるって話も。恐らくはだけど、ハルはきっとその中の光属性に覚醒したんだと思うよ」

「光属性を持つとどんな魔法が使えるようになるの?」

「一様には何とも言えないかな?俺のように防御や回復系魔法を覚えるもよし、逆にレイズなんかのように攻撃に特化した魔法を覚えるもよし。だからほんと覚えて使う魔法によるかな」

「なるほど」

「それにしても船長の事を助けようと思っただなんてハルは変わってるね」

「え!?な、なんで!?」

「なんでって、普通そんなゴーレムなんかに遭遇したら逃げようと思うのが普通じゃない?」

「う、うん。まあそうなんだけど……」

「それを逃げずに船長を守った挙句、ゴーレムを倒すだなんて。ハルはすごい勇気あるなって思ってさ」

「い、いや、そんな事ないよ」


 突然話が変わった。

 思わぬ賞賛にビクッと肩が跳ねそうになる。

 私は古城地下で起きた一連の出来事をラックに話して聞かせた。

 しかし、話していない事が一つだけあった。それはアレンとの取り引きの事である。本来ならば、これから先の事も踏まえ誰よりも信頼のおけるラックにすぐにでも相談したいところではあるのだが、現状はそうもいかないのだ。なぜならば、取り引きの条件として最後にアレンに言われたからだ。『この取り引きの事は他人には口外無用』と。

 故にラックには、いや誰にもこの事を、アレンとの取り引きの事を話す事は出来ない。口を滑らす訳にもいかない。うっかり口を滑らせてしまった日にはどんな事になるのか想像もしたくない。

 

 海賊稼業、宝探し結果、私は自身とラックの身の保証の為、光属性の獲得と同時に秘密を抱える事になってしまったのであった。


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