第40話 ラスボス戦
「ホープ・ブルーが盾を出した……?」
突然、目の前に現れた白い魔法陣。……のようなもの。
それはまるで私の思いに応えるかのようにして出現し、ゴーレムの巨大な拳を受け止めた。
あれは一体なんなんだ……?
考えている間に、その白く輝く魔法陣のような物の光が徐々に薄くなっていく。やがて、まるでアレンを助けるかのようにして現れたそれは静かに消失した。
「今のは一体……?」
「ーーーーーーーー!!!!!!!!」
白い魔法陣が消失した途端、ゴーレムは再びその拳を振り上げた。攻撃が迫る中、私は必死に頭を働かせ今の状況を整理する。
突然、目の前に現れた白い魔法陣のようなもの。それはまるで、言うなればそう、まるで魔法のようだった。
……という事はひょっとして今のは魔法?私が魔法を使ったって事?
なんで?どうして?どうやって?疑問が頭の中を埋め尽くす。そんな中、アレンが私に向かい大声を上げた。
「ハル!もう一度、もう一度さっきの盾を出すんだ!」
「そ、そんな事言われても……っ」
自分でも一体どうやって出したのか分からない。というよりは寧ろ私が出したのかすら分からない。そんなもの出せと言われても正直なところ出しようがない。
「詠唱だ!呪文を唱えるんだ!」
「呪文って……」
アレンは早口にそうまくし立てた。私は思い出す。
確かラックに魔法についての話を聞いた時、彼はこう言っていなかったか。
『魔法とは、この世界に満ちている『マナ』と呼ばれる魔法の源となる力を詠唱や魔法陣を用いて使うもの』だと。……という事はつまり、魔法を使うには詠唱かまたは魔法陣がいる。
詠唱――今呪文なんて唱えたっけ?
いや、呪文なんてそんなもの知らない。知らないものを唱えられる筈がない。
だけど、もう一度、もう一度あの白い盾を出さなければ。出さなければアレンがやられる。私は必死に考えを巡らす。
えいっ!とか。いでよ!とか。なんとかフラーッシュ!みたいな呪文ではないが発動時の掛け声のようなものが瞬時に頭の中を駆け巡る。けれども、なんだか結局はどれも違う気がして。しかし、無情にも迷っている時間など無くて。
瞬時に巡った考えを全て振り払う。
もはや賭けだった。
私は握り締めたホープ・ブルーを自身の前へ、アレンの方へと向けて翳す。
上手くいく保証なんてどこにもない。
しかし、このまま何もしなければ、確実にアレンがやられてしまう。
お願いっどうか。どうか――。
「たったたた盾ぇえええーーっっ!!!!」
私は大声で呪文とも呼べないそれを叫んだ。
その瞬間、ホープ・ブルーから眩い光が溢れ出す。
先程と同じ白い光の中から再び輝く魔法陣が出現した。魔法陣は眩い光を放って回り、間一髪、アレンへと繰り出され巨大な一撃を見事に防いだ。
「ーーーーーーッッ!!??」
再び出現した白い盾を前にゴーレムは一瞬たじろいだように見えた。
その隙に、アレンは大きく迂回するようにしてゴーレムの足元を回り込む。そんなアレンを逃すまいと、ゴーレムは再び丸太のような腕を振った。
私は再び大声で呪文もどきを口にする。途端に出現していた盾が消え、新たな盾が再びアレンを庇うかのように現れる。
「いいぞ!ハル!その調子だ!」
そんな調子の良い言葉を口にしながら、アレンは私の背後へと滑り込んだ。そして、私に対して背中越しに声援を送って来る。
「そんな事言ってないでアレン船長も闘ってくださいよ!」
「無茶言うな。こんなデカい奴、俺じゃあとても倒せない」
「そんなの私にだって無理ですよ!」
しかし、この非常事態にも関わらず、どうやらアレンにはゴーレムと闘う気なんてさらさら無いらしい。それどころかこの男は、私の背中にぴったりと張り付いて離れない。闘う気なんて全く皆無。私を盾にする気満々のようである。
「私一人じゃこんなのとても倒せないですよ!」
アレンに対して訴えたその刹那。
白い盾にヒビが入った。
「ーーーーーーッッ!!!!」
ゴーレムの攻撃は予想以上に重く激しく、生じたヒビは次第に大きく広がっていく。このままでは激しい攻撃に耐えきれず、いずれ盾は砕かれ、ゴーレムの鉄槌にやられてしまう。
「そのままあいつを崖の所をまで押し込むんだ!」
「そんな事出来ませんって!」
「大丈夫っきっと出来る!頑張れハル!」
「ほんとにっ無責任な事ばっかり言わないでくださいよ!?」
自分で言うのもあれであるが、もうこれ以上ない位に私は目一杯頑張っている。これ以上私にどうしろというんだこの人は。
やっつけとはいえ、なんとか再び白い盾を出現させる事は出来た。
しかし、状況は依然変わらない。
今の私に出来る事は恐らく、見るに出現させた盾によるガードのみ。容赦なく拳を振るうゴーレムに対し、当の私は防戦一方。しかも身を守るためのその唯一の希望でさえ、いつまで持つか分からない。
どうすればいい?
私は必死に頭を回す。
どうすれば、この状況を打開出来る?
アレンの言うように、このまま出現させた盾を移動させ、ゴーレムを崖の所まで押し込む事が出来れば、それは勿論理想的である。しかし、所謂『魔法』というか、どうやって盾を出現させたのかさえ未だに分からないでいる私にとっては、そんな芸当など到底出来そうになどない。
そして、恐らくは。先程の一連の光景を見て私は思った。
盾を出現させられる、その限度は、恐らくたった1枚限り。
たった1枚しか出せない盾でどうやってこのゴーレムを倒せというのか。
***
言葉の意味合いはさて置いて。世間一般に溢れる娯楽の一つ。ゲーム。
私も人並みにゲームはする。けれども、その腕はお世辞にも上手いとは言えず、重要な局面、特にボス戦においてはレベルを問わず苦戦を強いられ、何度もコンテニューを繰り返した記憶がある。そんなゲームのボス戦を連想させるこの状況。しかし、現状はゲームとは違う。最近はVRなどの最先端なものも流行ってはいるが、今私が置かれているのは、決してバーチャルなどではない。
これは現実。私は今まさにリアルに『プレイヤー』の位置にいる。
そんな私に出来るのは、防衛の為の盾を1枚出せるのみ。戦闘などほぼ不可能。
場所は古城の地下終点。足場はそれ程広いとは言えず、すぐ目の前は切り立った崖。逃走は不可能。逃げ場は無い。
しかし、裏を返せば。それは相手とっても同じ事。逃げ場がないのは相手も同じ。
目の前に聳える巨大な影。石造りの人型の巨人・ゴーレム。
ゲームやアニメなど、登場する作品によってその形態は大小共に様々であるが、今目の前にいるこの巨大な塊。山のように聳える頑丈そうな身体。岩をも砕く丸太のように太い腕。けれども、そのドッシリとした上体に似合わず身体を支える足は異様に細い。
それらを踏まえた上で、この現状。今の自分に出来る事があるとするならば――
私はゴーレムの足元へと目を向ける。
上手くいく保証など何処にも無い。
けれど、例えそうだとしても――一か八か。やるしかない。
一つ、大きく息を吐いた。そして、込めていた力を緩めて、私は白いその盾を解く。
「ーーーーーーッッ!!!!」
盾が消えると同時に轟音が空気を震わせ、ゴーレムが勢い良く突進して来た。
目の前へと迫る巨大なゴーレムの。
狙うべきはその足元。
奴の足元を掬い上げるように。
「盾ぇえええええーっ!!!!」
叫んだ声に応えるように再び白い光が溢れ出す。
踏み出したゴーレムの足元。白い盾が地面すれすれから斜めに出現する。
「ーーーーーッッ!!??」
足元を掬われたゴーレムの巨体が僅かに後方へと傾いた。
その瞬間に私はもう一度盾を解く。そして、ゴーレムが踏み締めているもう片方の足元に向けて再び全神経を集中させる。
身体を支えようとして踏み締めたもう片方のその足元。その足元を更に掬い上げるように。私は力一杯呪文を叫んだ。
身体を支えようと踏み締めた足元を更に掬われ、ゴーレムの身体が更に大きく傾いて。完全にバランスを失ったゴーレムは、自重に耐え切れず、背面からゆっくりと倒れていく。その背後は切り立った崖。宙へと投げ出された石造りの巨体は背後に広がった暗闇へと向かって落ちていく。
やった。――そう思われた。
しかし、そのラスボスはどうにもしぶとく。
伸ばされた太い腕が白い橋を掴んだ。完全に身体を投げ出されても尚、ゴーレムはしぶとく崖から這い上がって来ようともがいている。
だが、その瞬間。バキッと豪快な音が響き、橋に大きく亀裂が走った。ゴーレムの重さに耐え切れず白い橋の方が砕け散ったのだった。
断末魔のような叫びを上げて、宝を守る最後の関門にして最大の難問。
ラスボス、ゴーレムは暗闇の底へと落ちていった。
「……倒した」
開けっ放しとなっていた口からそんな言葉が零れ落ちる。
圧倒的に不利な状況。
戦闘力皆無な私が苦し紛れに出した答え。賭け。適当な呪文もどき。
私はよく知りもしない魔法の盾一枚のみを使って、巨大なラスボス。ゴーレムを退けることに成功したのだった。
「ハルーっ!!」
未だに自分のした事が信じられず、半ば放心状態に陥っていると背後からアレンに抱き着かれた。
「さすがだ!ハル!やはり俺の目に狂いはなかった!!君は本当に素晴らしい!!」
アレンは頬擦りせんばかりの勢いでぎゅーっと私を抱き締めた。そんなアレンのセクハラまがいの行為によりはっと私は我に返る。私はその腕の中で必死にもがき、なんとか歓喜に沸くアレンを振り解いた。
「……あれ?」
ようやくアレンから解放されたと思った途端、途轍もない脱力感に襲われる。立っていられず、堪らずその場にへなへなと座り込んだ。
「だいぶ魔力を消費したようだな」
そう言ってアレンはぽんぽんと私の肩を叩き、お疲れさんと労いの言葉をのべる。そして、改めて半裸の銅像が掲げたその杖へと手を伸ばした。
「アスクレピオスの杖……ようやく手に入れた」
アレンの手にしっかりと握られた古くも美しい長い杖。アスクレピオスの杖。
魔法の杖を求めて始まった長い長い宝探し。
その物語がようやく終わりを迎えた瞬間だった。
その瞬間、私はようやく安堵の息を吐く事が出来たのだった。
しかし、それにはやはり早すぎた。
小学校の先生の代名詞とも言える名台詞。
『家に帰るまでが遠足だ!』
その言葉はまさしくその通りであって。
背後を振り返ってぎょっとした。
長く伸びる白い橋の上。
そこでは依然、トラップが猛烈に稼働中。
しかも、ゴーレムの最後の抵抗のせいで装置がイカれたのか、稼働するトラップの速度は通って来た時よりも更に増していて。
鉄の矢は豪雨のように降り注ぎ。
鋭利なギロチンは高速で揺れ。
落下速度を増した巨大なブロックが遠くに待ち構えている。
ここは古城の地下終点。
他に帰る道はない。
目の前に広がる光景に後退りそうになる私の肩をポンと叩いて、彼は、アレン・ヴァンドールは笑顔でこう述べる。
「さて、ハル――」
「帰りもよろしく頼むぞ?」
まだまだ悪夢は終わらない。
家に帰るまでが遠足だ。
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