第32話 展開する地図

「――と、いう訳でだ。こうして無事にホープ・ブルーと地図を取り返して、船にも無事に飛び乗れた。これにて一件落着。いやーご苦労さん」


 アレンは労いの言葉を口にした。

 その心の篭っているのかいないのか分からない言葉に深い深いため息が出る。


 クワッズ共和国での一件のあと、なんとか無事に船へと飛び乗った私達はアレンの船長室へと呼ばれていた。


 今日一日、本当に疲れた。本当に本当に疲れた。

 正確には昨日からずっと気が抜けない状態にあった訳だが、思い返してみると更にどっと疲れが押し寄せて来る。


 船長室に集められた面子は、私とラック、それにレイズとフォクセルの4人。フォクセルに関して言えば、相変わらず表情に乏しくその感情は読めないが、レイズは頭痛がするのか額を抑えたまま顔を引きつらせ、それに苦笑を添えるラックにもまた疲れの色が見て取れた。当然の如く、私自身も満身創痍であり、元気なのはアレン船長ただ一人だった。


「それで、海軍を撒いて無事にホープ・ブルーと地図を取り返したはいいけど、これから一体どうするの?」


 ご機嫌なアレンにラックが今後の方針について尋ねる。


「それはだな――」


 と、アレンがこれからの事を話そうとした。

 その時、突然アレンのコートの中から光が溢れた。

 驚いたアレンは自身のコートを確認し、懐からその光の源、ホープ・ブルーを取り出す。取り出されたホープ・ブルーはその中心に柔らかい光を宿していた。光は淡く色は緑色。それはまるで炎のようにゆらゆらと石の中心で揺らめいている。


「ホープ・ブルーが光ってる……!」


 その光景に誰もが目を見張った。


「待って船長。もう1つ、何か光ってる!」


 そう言ってラックは再びアレンの方を指差した。

 見れば確かにアレンの紺色のコートの下で何かが光を帯びて輝いている。

 アレンはもう一度自身の懐に手を入れ、再び光の源を取り出してみる。取り出された光の正体。光っていたのはあの古びた地図だった。

 アレンは地図を机に置き、そしてそれを開く。


「これは……!!??」


 それを見て一行は言葉を失った。

 地図を開いた途端、中心に刻まれていた花のような紋章が消えた。

 そして、その地図は動き出した。

 淡い光を纏うようにして輝き、まるで命を吹き込まれたかのように地図は動く。そこに描かれていた大陸がみるみる形を変え、以前ラックが見せてくれた現在の世界地図、東海周辺を映したものへと変貌していく。そして動きを止めた大陸の上に翠色の光を放って回る魔法陣のようなものがくっきりと浮かび上がってきたのだった。


「これは一体どういう事……?」


 今目の当たりにしている光景が、自分の目が信じられない。

 これにはさすがのアレンも驚愕の表情をしていた。

 光を帯びて輝く地図を囲んで一行は言葉を失う。しばしの沈黙が流れた。


「――なるほど。面白い」


 しかし、その沈黙を破ったのはやはりアレンだった。アレンはにっかりと笑うと席から立ち上がる。


「諸君。吉報だ。ようやく目的地が決まった」


 高らかにそう言うと、アレンは魔法陣の浮かんだ大陸を指差した。


「目指すはここ。ブラインド大陸だ!!」



 ***



 クワッズ共和国の街で私がホープ・ブルーに触れた瞬間、石は赤く輝き、遥か遠く東の空を閃光が指した。そして謎だらけだった古びた地図もまたホープ・ブルーと同く光を宿してブラインド大陸を指し示した。

 一体どういう仕掛けになっているのか全く分からなかったが、謎だらけだった地図はようやく意味を成し、ついにその答えを示す。

 ブラインド大陸プリフロップ。恐らくはそこがホープ・ブルーが本来あった場所なのであろう。

 アレン・ヴァンドール率いる海賊団はホープ・ブルーが示した場所、ブラインド大陸へと進路を向けた。


 地図の一件の後、魔法陣が浮かび上がったプリフロップまでの進路を確認して、本日は解散となった。

 その頃にはもう日もすっかり沈んでいた。就寝にはまだ少し早い時間だったが、大事をとって私は早めに休む事にし簡易ベットへと横になった。

 しかし、横になってはみたものの、私はどうにも眠れずにいた。そして夜もすっかり更けた頃、だいぶ疲れてはいたが、少し夜風に当たろうと甲板へと足を運んだ。


 階段を登り甲板へと上がる。

 昼間は乗組員達で騒がしい甲板も夜中ともなればさすがに静けさ包まれていた。

 夜の海は暗く、空には満天の星が瞬いて遮る物は何も無い。帆を揺らす夜風が涼しく心地良かった。


 そこに人影を見付ける。

 そこには同じく夜風に当たるレイズの姿があった。


「レイズさんも眠れないんですか?」

「ああ、まあな」


 私に気付いたレイズは海へと向けていた視線を僅かにこちらに向ける。


「今日は本当にあいつのせいで疲れたからな……」

「確かに……」


 その言葉に思わず苦笑してしまう。

 レイズとはあまり2人で話した事はなかったが、なんとなく彼には苦労人なイメージがあった。そんなレイズの姿を見てそういえばと、私はある事を思い出す。私はそれを尋ねてみる事にした。


「それにしても、あれ、クワッズ共和国での事。よく何の打ち合わせも無しにアレン船長が何を考えているのか分かりましたね?」


 私はずっと疑問に思っていた。

 それはクワッズ共和国で海軍から逃げる際の事。街中で海軍に追い詰められた時、まるでタイミングを計ったかのようにレイズ達は現れた。そして、いつの間にか船を奪還し、アレンと私が向かう先がフォーカード岬だと私以外の全員が知っていた。

 一体なぜ、どうやってそんな事を知り得たのだろうか。

 船長室で地図を取り上げられ、牢屋に移されてからずっとそんな事をやりとりする暇はなかった筈なのに。一体いつの間にそんな手はずが組まれたのだろうか。


「ああ、あれか」


 私が言わんとしている事が分かったらしく、レイズはそれに素っ気なく答える。


「牢屋であいつが言ってただろ。“盛大なパーティーを開く”って」

「盛大なパーティー?」


 そう言われて牢屋での一連の会話を思い返してみる。そういえば確かにそんな事を言っていた気がするが。疑問符を浮かべる私に対しレイズは大きくため息を吐いた。そして詳しく訳を説明をしてくれた。


「あいつが言ってただろ。

『今度、盛大なパーティーを開こうと思ってる。だから余興をやってくれ。それに以前贈り物をした可愛いお嬢さんを招待しようと思ってる。場所は小高い丘の上に立つ立派な白い屋敷。そこから見える景色は絶景だ』って。そしてこの街には『綺麗な夕日の見える絶景スポットがある』ってな」

「そういえば確かにそんな事を言っていたような……」

「パーティはイベント。つまり、騒ぎを起こすって事。余興やれってのは、何かそれの足しになる事をしろ。つまりは騒ぎを起こしている間に俺達に船を取り返せって事だ。そして、贈り物はホープ・ブルー。お嬢さんってのはお前の事で、招待するは恐らく連れて行くって意味だ。それで、絶景スポットってのは落ち合う場所の事を示してる」

「えーと、それはつまり……」


 つまり、話を精査して分かり易く変換するとしたらこういう事だろうか。

 盛大な騒ぎを起こす。

 だからその間に船を取り返せ。

 ホープ・ブルーとハルを連れて行く。

 場所は白い灯台の立つ絶景スポット、つまりはフォーカード岬だ。


「そういう事だ」


 私の見解にレイズは頷いた。


「けど、あまりにも街の方が騒がしくなったんで、そっちに行ってみたって訳だよ」

「なるほど!」


 思わず感心してしまった。

 絶望的に見えた状況下。分かる人間にしか知り得ない方法で逃げる算段を伝えるとは。不信感は丸出しだったが、さすがにあの何の突拍子もない会話が今後の逃げる手はずを意味しているだなんて誰にも想像が付かない。関心した私は素直な感想を述べた。


「あの状況でよくそんなのが分かりましたね!」

「簡単な言葉の置き換えだよ。こんなのただのガキの連想ゲームだ」


 けれども、興奮する私とは対照的にレイズは全く興味が無いかのようにしれっとして答える。レイズは僅かに視線を落とした。


「昔、親父とよくやってたんだ」

「そうなんですか。今お父さんはどうしてるんですか?」

「親父は死んだよ。おふくろと一緒に、俺がガキの頃にな」

「え……あの、ごめんなさい。その、変な事聞いてしまって……」


 話の繋ぎで聞いたつもりが悪い事を聞いてしまった気がした。だが、レイズは特に気にした様子もなく、ただただ暗い海に視線を馳せている。


「別にいい。昔の話だ」


 その後、私とレイズの間に会話はなかった。しばらくして、レイズは船内へと戻り、私はもまた甲板を後にし再び床についたのだった。



 その日の夜。私は夢を見た。

 真っ白な空間。天井も床も壁もない、上も下も分からないその空間に私は浮いているようだった。

 遠くで微かに波の音が聞こえる。

 寄せては返すそのリズムが耳に心地良く、なんだか海のすぐ近くにいるような気がする。


 ――――


 同時に奇妙な感覚があった。

 何故だろう、何故だか誰かに呼ばれている気がした。


 ――――


 誰かに呼ばれている。

 優しくて。どこか懐かしい。そんな誰かに。


 ずっとずっと遠くから。


 呼ばれている。

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