第33話 海賊稼業①

 この異世界に来て早数日。

 連日のバタバタ、そして度重なる命の危機に晒されながらもこの異世界で良かったと思える事を一つ上げるとするならば、それは天候に恵まれているという事。


 天気は今日も晴れ。

 風は至って穏やかで高い空を雲がゆっくりと流れていく。

 快晴の空に向かって私はくーっと大きく伸びをした。


 清々しく気持ちの良い朝。

 そんな朝の唯一の汚点を上げるとするならば、身体のあちこちが痛むこと。主に太ももの辺りが筋肉痛で痛む事。けれどもその痛みを除けば、なんとも清々しく気持ちの良い朝だった。


「おはよう、ハル」


 全身を解すように伸びを続けていると、ラックが甲板へと上がって来た。


「おはよう、ラック」

「昨日はよく眠れた?」

「うん、おかげさまで」


 昨日の街中疾走、そしてまさかの断崖絶壁からのジャンプという日常生活ではあり得ない運動をしたせいか、不思議な夢を見はしたが目覚めは良く、よく眠れた方だった。


「それは良かった」


 そう言ってラックは笑顔をみせた。

 と、突然クロート号が大きく揺れる。


「ラック、今のは何?」

「うーん、どうやら船が進路を変えたみたいだね」


 突然の揺れに私は転ばないようにと慌てて手摺りへと掴まる。

 ラックは舵を取るアレンの方へと視線を向けた。


「ちょっと船長に聞いてくるよ」

「あ、待って!それなら私も一緒に行くよ」


 私とラックは共に舵を取るアレンの元へと向かった。


「オイ、ヴァンドール。なんで今、進路を変えたんだよ?」


 アレンの元には先にレイズが来ていた。どうやらレイズはアレンに対し、ラックが聞こうとしていた事と同じ事を尋ねているようだ。


「船長、進路は今どうなってるの?」

「今は北へ向かってる」

「北?行き先は東のブラインド大陸じゃなかったのかよ?」


 ラックとレイズが交互に尋ねた。

 そんな2人の問いにアレンは肩を竦めてみせる。


「まあ俺としても、本音を言えばブラインド大陸へ向かいたいところなんだが、何せ今は先立つ物がない」


 アレンの言う先立つ物。それは航海用の資金の事である。

 航海に必要な資金がどのくらいの額なのかいまいちピンと来ないのだが、ほとんどのお金は船の修理代として飛んでしまった為、空っけつ寸前というのが今現在の状況なのである。


「だからブラインド大陸へ向かうその前に、ちょっと寄り道だ」


 コホンと一つ咳払いをしてアレンは言う。


「諸君、仕事の時間だ」


 ***



「「「杖を探す?」」」

「ああ」


 私とラック、そしてレイズの声が見事にハモった。

 それに対しアレンはコリクと頷く。


 ここから北。ベット半島にあるという古城。

 数百年前に建設され、長い歴史の中で何度も改築が繰り返された鉄壁を誇る堅牢なその城は、かつては軍事拠点としても利用されていれた歴史を持つという。

 その城を拠点としていた伯爵に友好の証として西洋の国からとある杖が献上された。その杖は通常の物よりも長く、銀の蛇の装飾が施されたそれは美しい杖だった。

 その杖が伝統ある伯爵家が衰退した後も、未だに見つかっていないのだという。


 つまりアレンの言う仕事とは、ずばり海賊稼業の事。

 そして要するにその海賊稼業とは、つまり宝探しである。


「なんでもその杖には傷付いた者を癒し、果ては死者まで蘇らせる程の癒しの力があったらしい」


 語りながらアレンの話にだんだんと熱が篭っていく。アレンは少年のように目をキラキラと輝かせ、興奮気味に話をし終えた。


「あんた、またか……」


 話の概要を聞いたレイズは頭痛を堪えるように額を抑えた。

 その訳をラックがこっそりと教えてくれる。


「船長はこういったよく分からない物、取り分け魔法のなんとかとか、伝説のなんとかとかが付く物が大好きなんだよ」


 そして、そういう物には大小問わずに大概飛びつくのだという。

 それはなんというか、なんとも奇特で物好きな話である。


「けど、そんな魔法の杖なんてもうとっくに誰かが見つけてるんじゃないのか?」

「それが、だ」


 そう尋ねたレイズに対し、アレン更に話を続ける。


 その古城にある時から魔物が住み着いた。

 魔物の正体は不明。

 近くの町は魔物の討伐隊を幾度か派遣。また古城に眠る財宝を求め、同業者と思しき数多の人間達もその城へと勇んで向かった。

 しかし、その城へと踏み入れたが最後、結局誰1人帰って来る者はいなかった。それ以来、その古城には人が寄り付かなくなったという。


「――だそうだ」


 なになに。なにそれ。

 なんだかだんだん話がヤバい方向に向かっていく。


「結局、やばい話なのかよ」


 私の心の声を代弁するかようにレイズは呆れ顔で吐き捨てた。


「まあ、そう言うなって」


 そんなレイズをアレンはまあまあと言って宥める。


「他にもショーグンの埋蔵金だとか、古代の秘伝の書だとか、いくつか候補はあるが、他はみんな遠い上に手間が惜しい。ここから一番近くて手っ取り早いのがその魔法の杖の案件なんだよ」


「だからベット半島に向かう事に決めた」とアレンは更にこうも続ける。


「それになに、たとえ正体不明の魔物がいくら住み着いていたところで、魔物なんてそんなもの、ラックがいれば問題ない」


 鼻高々といった感じにアレンは言った。


「どういう事なの?」

「昔、ちょっとそういうのを専門に学んでた時があったんだよ」


 疑問に思って尋ねればラックからはそんな答えが返って来た。


 魔物、と聞いて私が思い浮かべたのはゲームなどで出て来るいわゆる敵キャラ的なものである。この異世界にはどうやら魔物と呼ばれる生物が生息しているらしい。

 そんな魔物について専門的に学んでいた時があったとは、なんだか意外だ。ほんの少しではあるが、ラックの意外な一面を知る事が出来た。


「と、いう訳でだ。これからベット半島にある古城へ行って、隠されたその杖を探す」


 そんな訳で、ここからは海賊の本業。

 ベット半島にある古城にて宝探し。

 航海用の資金調達の為、隠された魔法の杖を探す事となった。

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