第19話 呪われた宝石
その日のうちに海賊船クロートー号は海峡を進み、夕刻、船はレートよりも内陸に位置するラッシュ港へと到着していた。
「うわー!すごーい!」
船を降りるとそこには高い建物が立ち並ぶ市街地が広がっていた。
中世ヨーロッパを思わせるような高い建物。整備された歩道。道行く人の服装もレートの町で見掛けたものよりも高価そうなものを着ている人が多い。なんだか都会に来た感じがした。そんな街中を通り過ぎ辿り着いた場所。
「やっぱりここか……」
やって来たのは市街地から少し外れた場所にある酒場だった。
初めて見る異世界の都会と思わしき街並みにこれから一体どこへ行くのかと内心わくわくしていたというのに……。
確かにやって来た店は市街地周辺というだけはあってレートの港町にあった酒場よりは多少は小綺麗な感じがあった。だが、やはり酒場は酒場。多少綺麗で呑んだくれの輩が少ない事以外はさして変わったところはない。
なんでこういつもいつも酒場としか縁がないんだ私は。未成年なのに……。なんだかとても裏切られたような気分になる。
やるせない気持ちを抑え、仕方がないのでとりあえず、ラックが頼んでくれたオレンジジュースを口に運ぶ。
今、テーブルを囲って座っているのは、私とラック、アレン船長とレイズと、それから船の上でちらりと見掛けた黒髪長髪の黒ずくめの男の5人。
そういえば、この黒髪の人がアレン船長やラック達と共に行動している所は今回初めて見る。
腕を組んだまま、全く喋らずクールな雰囲気を纏う彼。
髪は黒く腰程の長さがあり、全身黒を基調とした服装でその瞳は紫。顔立ちは非常に整っており、一見すると女性のようにも見える。そんなクールを極める彼が気になり、ちらちらと眺めていると、それに気付いたラックが紹介をしてくれた。
「ハルはフォクセルに会うのは初めてだよね?彼はフォクセル・フォールド。彼女は俺の妹のハルだよ」
「ハルと言います。よろしくお願いします」
続いて私の事も紹介してくれた為、私はフォクセルに向かい頭を下げる。それに対して、フォクセルは軽く会釈をした。
簡単簡潔な自己紹介が終わり「さて」とアレンが場を仕切り直す。
「これから諸君には大仕事をして貰うぞ」
「大仕事って、一体を何するんだよ?」
レイズの問いにアレンはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの顔をする。そして、聞き覚えのある名前を口にした。
「ジョン・クライングコールの屋敷からあるモノを頂く」
私とラックは面食らった。まさかとは思ったが、本当にラックの読みが的中したのだった。
アレンの言葉を聞いたレイズは「はあ?」と驚いて声を上げた。
「アンタ、マジで言ってんのか!?」
「当然、大マジだ」
「ジョン・クライングコールの屋敷は入った輩は生きて帰って来られねぇって話がある程の言わば要塞みたいな所なんだぞ!」
「勿論、知っている」
信じられないといった顔で詰め寄るレイズに対しアレンは平然とそう返す。
ここでラックが二人の話に割って入った。
「ていうか、船長。そもそも盗んで来るあるモノって一体何なの?」
「"碧き燐石"」
「"碧き燐石"?」
「なんだ知らないのか?碧き燐石の話を。碧き燐石、別名"ホープ・ブルー"とも呼ばれている」
それを聞いて再びレイズがアレンの話に待ったをかける。
「おい、ちょっと待て。聞いた事があるぞ。そりゃ"呪われた宝石"の話だろ」
「なんだ、知ってるのかレイズ」
「知ってるも何も"ホープ・ブルー"といえば、“持つ者を不幸に貶める”とか言う呪われた宝石の事だろうが」
「その通り。その呪われた宝石をこれからジョン・クライングコールの屋敷に盗みに行く」
「ふざけんなよ!そんなの無理に決まってんだろ!」
「なんだレイズ、そんなに呪いとやらが怖いのか?」
やたらと意を唱えるレイズに対しアレンは茶化すかのようにそう述べる。
「別にそういう訳じゃねぇよ!俺が言いたいのは、なんでわざわざそんな曰く付きのモノを盗りに行かなきゃならねぇんだよって事だよ」
「分かってないなーレイズ」
もったいぶるかのようにそう言って、アレンは更にこう続ける。
「“碧き燐石”こと“ホープ・ブルー”は世間じゃ呪われた宝石として有名だが、ある所では別の異名で呼ばれてるんだ」
「別の異名?そんなの聞いた事がねぇぞ。何なんだよ、それは」
「まあ、それはまた別の機会にとっておこう。とにかく、ジョン・クライングコールの屋敷に今夜忍び込むぞ!」
「だから無理だって言ってんだろ!」
碧き燐石こと、ホープ・ブルーの話を聞いてからレイズの抗議はしばらく続いた。
だが、結局はアレン船長が決めた事。レイズが幾ら文句を言ったところで結局は絶対である船長命令に逆らう事は出来ず。本日深夜、クライングコール邸への侵入が決定してしまった。
ここで、アレンは思いも寄らない一言を口にする。
「今回はハルにも同行して貰う」
思わず啜っていたオレンジジュースを吹き出し掛けた。
「ちょっと待って船長!なんでハルも一緒な訳?」
その言葉にすかさずラックがアレンを問い質す。
「同行」とアレンは言ったが、それはつまり私に『盗みに加担しろ』と言っているという事ではないのか。
嫌だよ、泥棒なんて。と言いたいのをなんとか飲み込む。もはや話の焦点がそこではない気がして。クライングコール邸に盗みに入る事が船長命令にて決定してしまった以上、雰囲気的に嫌だとは言ってはいけないような気がして。
しかし、何故私も一緒に!?
確かレイズの話によれば、クライングコール邸は要塞並みの防犯設備を誇り、屋敷に入った輩は生きては帰って来られないとか言っていなかったか。
その噂が本当か嘘かは分からないが、そんな噂が立つくらいだ。そんな所にごくごく普通の大学生である私がのこのことついて行くのは危険な事極まりない。というか、そんなの寧ろ自殺行為だ。
誰が見たって場違いな事は明らか。
しかし、それにも関わらず何故だかアレンはその意志を一切曲げようとはしない。
「ハルを一人、船に残して行くのは心配だと思ってな」
「それはそうだけど……でも、だからってハルをそんな危険な所には連れていけないよ」
「なら、危なくないように守ればいい。兄として妹を守るのは当然の役目じゃないのか?」
「それは……」
ラックはぐっと押し黙る。
当然の事ながら異世界から転移して来た私は当然ラックの妹ではない。ラックの妹というのは、あくまでも船に乗る為の口実に過ぎず、私とラックの間には実際には何の関係もありはしないのだ。
けれども、アレンにそう言われてしまってはラックとしてはぐうの音も出ない訳で。かと言って「私は実はラックの妹ではない」と今更自分から真実を明かす事が出来る訳もなく。
「決まりだな」
こうして私は、半ば強制的にこの泥棒仕事に参加する事になってしまったのだった。
***
立派な門を構えるクライングコール邸。
深夜、私達はクライングコール邸の前にて身を潜めていた。
大きな庭付きの邸宅はかなり大きい上にかなり広い。そして、先に下調べに行かせた乗組員達の報告通り、これだけ立派な屋敷であるというのに屋敷の周りには見張りや警護の者などの姿は一つも見当たらなかった。
「まさかほんとにこんな羽目になるとはな……」
「嫌な予想は的中するものだね」
そびえ立つクライングコール邸を前にしてそんな会話を交わすラックとレイズ。
「はぁ……」
思わず深いため息が出た。
一体どうしてアレン船長は明らかに戦力外である筈の私を連れて来たのか。
だいたい人の家に盗みに入るなんて……幾ら絶対である船長命令とはいえ、本当に物凄く気が引ける。というか嫌だ。物凄く嫌だ。泥棒だよ泥棒。犯罪だよ、犯罪者だよ。
「大丈夫かい?ハル」
「大丈夫……」
ラックが優しく声を掛けてくれた。
全然全く持って一ミリも大丈夫などではなかったが、ラックに心配をかけまいと私は精一杯そう返す。
「心配しないで、ハル。何があってもハルは俺が守るから」
「ラック……」
ラックにいつもの笑顔でそう言われ心底申し訳ない気分になる。
もともとラックは無人島で困り果てていた私を助ける為に"俺の妹"などという嘘を付いてくれたのだ。そして、そのせいで今こうしてどう考えてもお荷物でしかない私を守らなければならない立場になっている。
本当にラックに対してなんとお詫びをしたらいいのか分からなかった。
「ごめん、ラック……私のせいで……」
「ハルのせいじゃないよ。もともとは俺が勝手に言い出した事だしね」
そう言ってラックは苦笑する。
「とにかく心配しないで。何があっても俺が必ずハルを守るよ」
ラックの優しい言葉に私は頷く。
そして、再び目の前にそびえ立つクライングコール邸へと目を向けた。
アレン船長が立てた盗っ人作戦はこうだ。
クライングコール邸は見張りや警備の者が居ない為、屋敷内に浸入するのは其れ程難しくはないだろう。
けれども、屋敷内はどこも防犯用の罠だらけで入った輩は生きて帰って来られない。……なんて噂もある以上、実際入ってみなければ中が一体どうなっているのか、実際のところは全く様子が分からない。
そうなると、全員が同じ場所から屋敷内に浸入してしまっては、不測の事態があった際に格段に盗みの成功率は低くなってしまう。
そこで、レイズは東門、フォクセルは西門から。アレンとラックと私は裏門から別々に屋敷内へと浸入し、この盗っ人作戦に当たる事になった。
***
クライングコール邸の中央に位置する部屋。
私とアレン、ラックの3人は、ようやく屋敷の中央の部屋へと辿り着いた。
そのど真ん中には堂々ととショーケースが置かれ、美しいそれが飾られている。
目の前には目を見張る程に美しいネックレス。白銀製の鎖の周りには無数の宝石が散りばめられ見事なまでの輝きを放っている。そしてその中央には一際大きく、堂々とその輝きを放つ美しく碧い宝石が。
これが呪われた宝石、というやつなのだろうか。
宝石と言っても想像していた物とは少し違っていた。この石は一般にあるカットされた石ではない。ネックレスの中央に位置する碧い宝石は丸い。掌に収まってしまう程の小さめな球体だった。
「見つけたぜ、ホープ・ブルー」
そう言ってアレンはその碧い石、ホープ・ブルーへと手を掛けようとした。
「誰だ!?」
その時、突然部屋の中に男の声が響いた。
驚いて声のした方に目を向けると、そこには猟銃のようなものを手にした初老の男の姿があった。そこにいたのは、まさしくジョン・クライングコールその人だった。
ジョンは痩せているというよりも不健康に痩せこけており、充血した目は赤く、肌はまるで血の気が無いかのように白い。今にも倒れてしまいそうなくらい衰弱しているように見えた。
「なんだ貴様らは!?一体どうやって入って来た!?」
「正門から真っ直ぐ入らせて貰ったよ」
驚愕の表情を浮かべるジョンに対しアレンは得意げにそう言ってのける。
嘘を付け。と内心思った。
実際には入って来たのは裏門。そして真っ直ぐどころか入ってすぐに防犯用の罠に見事に引っ掛かった。ベタではあるが落とし穴に始まり、上からも下からも串刺しにしようとする無数の鉄槍。
床を踏んだらその重さの変化で発砲してくる壁に仕込まれた銃。
一体どんな仕掛けになっているのか全く分からない上下左右、前方後方から侵入者を押し潰そうと迫る壁。檻、針金、ギロチン、etc…
それらのほとんどをアレンではなく、ラックが機転を利かせてくれたおかげでなんとかかんとかかい潜り、瀕死の思いでやっとここまで辿りつけたというのに……。
一体どうしてあんなにも堂々と正門から真っ直ぐ入って来たなどと言えるのだろうか。
「まさか貴様ら、このホープ・ブルーを狙って来たのか!?」
「ご名答!」
アレンの答えにジョンは血走った目を更に充血させぶるぶると肩を震わせる。
「渡さん……誰にも渡さんぞ!!これはワシのものだ!!」
ジョンは手にしていた猟銃をぶっ放した。
悲鳴を上げる暇もなく私はラックに引かれて素早く太い柱の影に身を隠す。アレンもまた素早い動作で別の柱の影に身を隠した。
「ハルはここから動いちゃダメだよ!」
早口にそう言うとラックはまたも素早く柱の影から飛び出していく。容赦なく打ち込まれ続ける銃弾を柱の影を移動しながらラックは次々と交わしていく。
(うわわわわ……どうしよう……っど、ど、ど、どうすればいいんだ!!??)
まさに今目の前で繰り広げられるアクション映画さながらの光景に私はただただ柱の影で縮こまっているしかって出来ない。その間にもジョンの猟銃は容赦なく銃弾を放ち続ける。
「くっ……」
ラックの足がジョンの近くの柱の影で止まった。さすがのラックもこれ以上はジョンに近付く事が出来ないようだった。
相当の威力があるのか、ラックの隠れた柱がみるみるうちに打ち込まれる銃弾によって削り取られていく。もはや打つ手がないとか思われた。
「うぉらぁあっっ!!」
その時、突然レイズが物陰からジョンに向かい飛び出して来た。
レイズは素早くジョンの側面に回り込み、ジョンの持つ猟銃に手をかける。そして力任せに猟銃をジョンの手から奪い取った。その勢いでジョンは勢いよく床に倒れ込む。
「全く、ふざけた爺さんだぜ」
「おおーレイズ!生きてたか!」
猟銃の危険が去った途端、柱の影かひょっこりとアレンが顔を覗かせた。
「死に掛けたよ、アンタのせいでな」
レイズは恨めし気にアレンを睨み付けた。
見ればレイズの身体は全身ぼろぼろ。服も至るところが破れ、焦げたような痕まである。
「全く、ほんとにシャレになんねぇぞ」
そう吐き捨ててレイズは猟銃を投げ捨てた。
「ぐぅう……おのれ貴様ら……っグフッ」
「おおー、フォクセルも無事だったか!」
倒れ込んだ床から僅かに顔を上げたジョンに対し、とどめだと言わんばかりに現れたフォクセルが彼の背中を踏みつける。ジョンはまたしても力なく床へと伏せたのだった。
***
「それで、これがその呪われた宝石なのか?」
「その通りだ」
猟銃の危険が去り、全員が無事に揃ったところで、改めてホープ・ブルーの飾られたショーケースの前へと立つ。
アレンはショーケースを開け、ホープ・ブルーをその手に取った。アレンの手の中でホープ・ブルーは美しくも妖艶に碧い輝きを放っている。とても綺麗だ。そのあまりの美しさ思わず見惚れてしまいそうになった。
ジリリリリリリリリリ……
突如、凄まじい音を立てて防犯ベルのようなものが一斉に鳴り出した。
「このワシから逃げられると思うなよ!」
見ればいつの間にやら立ち上がっていたジョンが壁に仕込まれたスイッチのような物を押していた。恐らくはそれがこの凄まじく鳴り響くベルの起動スイッチなのであろう。
「逃げるぞ!」
一段と激しさを増すベル音の中、アレンが撤退の号令を掛ける。
散々仕掛けてあった罠に苦戦した通路を抜けて外へと飛び出す。外にまで鳴り響くベル音の中、アレン一行は一目散に闇に紛れた。
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