第20話 海上戦
「まさか本当にやりやがるとはな……」
出港したクロートー号は月明かりの中、穏やかな海上を進んでいた。
ジョン・クライングコールの屋敷からなんとか無事に脱出した私達は急いで船へと戻り、クロートー号はそのまま夜の海へと出港した。そして海上に出てしばらく、ようやく一息つく事が出来たところだった。
「上手くいっただろ?」
「おかげで死にかけたけどな」
呆れ果てるレイズに得意気な顔をするアレン。
レイズが悪態を付きたくなるのはもっともだった。
聞けば東門から入ったレイズは、入ってすぐやはり落とし穴に引っ掛かったらしい。それから奥に進むにつれ、鉄槍、回転する刃、毒ガスに迫り来る壁……次々に罠が仕掛けられており、最後には火炎放射器のようなものまであって、危うく丸焦げにされそうになったという。
本当によく無事に帰って来られたものだ。今更ながら物凄いところに行って来たんだなとどっと疲れが湧いて来る。
「で、そんなもん手に入れて一体どうする気なんだよ?」
問い掛けたレイズの視線の先。
このどうしようもない疲れの原因を作った張本人、アレンの手にはジョン・クライングコールの屋敷から盗んで来た碧く輝く宝石、碧き燐石こと"ホープ・ブルー"のネックレスがしっかりと握られていた。
アレンは手にしたネックレスを月明かりにかざす。周りにあしらわれた宝石もさることながら、月明かりに照らされより一層ホープ・ブルーは碧く輝く。
「これをある場所へ持って行く」
「ある場所って?」
「それはまだ分からない」
「はぁ?分からないってなんだよ」
「そのうち分かるさ」
「そのうちって……なんでアンタはいつもいつもこう無計画なんだよ」
ラックの問いに曖昧な答えを返すアレン。そんなアレンに対しレイズはまた一つため息を吐いた。
3人の会話を聞いている最中、ふとアレンの懐から覗くある物に目が入る。
折りたたまれた何か紙のようなそれ。大事そうに持っているようだが、あれは一体なんだろうか。何だか妙に気になってしまった。
「ごめんね、ハル。怖い目に遭わせちゃって」
ふいに掛けられた言葉に私はアレンのそれから目を放す。見ればラックは申し訳なさそな顔をこちらに向けていた。そんなラックに私は苦笑を返す。
「確かにめちゃくちゃ怖かったけどね」
確かにジョン・クライングコールの屋敷内は噂通りあちこちに罠が仕掛けられており、正直めちゃくちゃ怖かった。
しかも、何故かアレンは私の後ろに引っ付いてばかり。ほとんど何もしない。
女の子を盾にするなんて正直どうなんだと思ったが、そんなアレンとは対照的に、ラックは自ら先頭を歩き、次々に仕掛けられた罠を解除していった。
今こうして無事でいられるのは本当にラックのおかげだと思う。ラックには寧ろ感謝したいくらいだった。
「そんな事よりよくあんなに沢仕掛けてあった罠を解除できたね」
「まあ、こういうのは慣れてるからね」
苦笑するラック。
笑っていいのかどうなのか。いや、笑えない。
「まあ何はともあれ、こうして無事ホープ・ブルーが手に入ったんだ。諸君、ご苦労さん」
満足気に笑ってみせ、アレンはその場をまとめたかのようだが。
危うく丸焦げになりかけたレイズ。
こういうのには慣れていると苦笑するラック。
フォクセルに関しては何も口には出さないが、いつもこんな目に遭っているのかと思うとラック達が不憫で仕方なかった。
カンカンカンカンッ
突如、号鐘が激しく打ち鳴らされた。
何事かと思い顔を上げれば乗組員の一人が大声を上げる。
「敵襲ー!敵襲ー!」
その言葉に全員が一斉に反応する。
「海軍だー!!」
「海軍」という単語に甲板が一気にどよめいた。
「船の数は!?」
アレンはいち早く見張り台にいる船員に船の数を確認するよう指示を出す。
「八隻です!船長!!」
「八隻!?」
それを聞いたアレンの顔色が変わった。
「なんでこんな夜中に海軍が八隻も船を率いて来るんだよ!?」
「知るかっ!とにかく逃げるぞ!!」
驚愕するレイズをよそに、急いで操舵手と舵を変わりアレンは大声を張り上げる。
「全員持ち場につけ!!」
アレンの号令と共に乗組員達はバタバタと一斉に甲板を走り出した。
……これって、もしかして結構ヤバい状況なのでは。
海軍という単語にも船が八隻という事態にもいまいちぴんと来ていないが、乗組員達の慌てぶりからすると結構まずい状況らしい。
「ハルは危ないから中に入って何かにしっかり掴まってて!」
「わ、分かった!」
突然の事態にどうすればいいのか分からずに立ち尽くしているとラックに早口にまくし立てられた。私は慌てて船内へと入る。
「海軍の船が八隻だってよ!」
「なんでこんな夜中に海軍が八隻も率いて襲って来るんだよ!?」
船内へと入る私と入れ違いざま、甲板へ駆け上がっていく乗組員達の会話が聞こえた。私はとにかく急いで近くにある頑丈そうな柱にしがみつく。
「取り舵いっぱい!!」
アレンの号令に続いて船体が大きく揺れ衝撃が船全体に走る。
「撃って来たぞーっ!!」
船体に響く衝撃と爆発音。悲鳴と怒号。上下左右に大きく揺れるクロート号。
「全速力で逃げ切るぞ!!」
一際大きいアレンの号令が響き渡った。
「ひぃいいっっ」
私はとにかく必死に柱にしがみついた。
こんなところで死にたくない死にたくない死にたくない。もはや頭の中はそれだけだった。
***
「……うっぷ」
さすがに酔ってしまった。
激しい揺れはしばらくいた。
クロート号は上下左右に激しく揺れ、悲鳴と怒号と大砲の音がひっきりなしに鳴り続ける。そんな状態がかなりの時間続いていたように思えたが、やがて渦巻いていた音は遠退いていき、次第に船の揺れも収まっていった。今はではあの戦場のような状況が嘘のように船内は静けさを取り戻している。
とりあえず外に出たい……。
上下左右に揺られ過ぎてさすがに限界がきていた私は頃合いをみて外の空気を吸いに甲板へと上がった。甲板へと上がると既に夜は明けていた。
「やあ、ハル。大丈夫かい?」
「ラック!?」
眩しい朝日が照らす甲板、そこにはぼろぼろになったラックの姿があった。
「大丈夫!?」
「俺は大丈夫だよ。それよりもハルは平気かい?」
「うん、なんとか。海軍はどうなったの?」
「なんとか振り切ったよ」
ラックのその言葉にとりあえずは安堵の息を吐く。それよりも寧ろ今はラックの身体の方が心配だった。
「っとにしつけー奴らだぜ」
背後から声がした。
その声に振り返ると、そこにはラックと同じくぼろぼろになったレイズの姿が。
「レイズも無事だったみたいだね」
「これのどこが無事だって言えんだよ」
安堵した様子のラックにそう吐き捨ててレイズは近くにあった手摺に持たれる。
「まあ確かに、無事とは言えないか……」
言ってレイズから視線を外したラックにつられ改めて辺りを見回してみる。
「うわ……」
私は言葉を失った。
改めて辺りを見回してみれば、甲板には無数の木片が散乱し、至るところが砕かれて壊れている。酷いところでは大きな穴まで空いていた。
「さすがに八隻に集中砲火を食らったらね……」
このあり様だよ、とラックは苦笑した。
「全く、酷い目に遭った」
そこへ続いてアレンとフォクセルが現れる。見ればアレンもフォクセルもラックやレイズ達と同じようなあり様。見たところでは、とりあえずは大きな怪我などはしてはいないようである。
その様子にひとまずは安堵の息をついたところで、ラックがアレンに問いかけた。
「それで、これからどうするの船長?」
「とにかく一度、陸に上がって船の状態を確かめたい」
アレンのその言葉からとりあえず陸地を探す事となった。
***
「どうするの船長?」
「うーむ……」
ラックの問いにアレンは頭を抱えていた。
ともかく近くにあった島の海岸に船をつけ、引き潮を待って船を海岸へと上げた。それから全体見回してみれば至るところが破損、船体の側面には大きな穴がぽっかりと空いていた。
「さすがにこのままじゃほんとに沈んじゃうかもしれないよ」
ラックのいう通り、確かにこれではまるで沈み掛けの船にしか見えない。
「どうだー?レイズ!なんとななりそうか?」
「どうだも何もねぇよ、こんな有様じゃ!」
そんな悲惨な状態のクロート号を前にしてアレンが大声で呼び掛ける。
呼び掛けたアレンにクロート号の上からレイズが大声で悪態を吐いた。
なんでもレイズは船に詳しいらしく、軽度の破損程度ならば修理も出来るらしい。
レイズは普段着ている上着を脱いで腰に巻き、乗組員達と共に船体をくまなく診ていた。しかし、状態はどうやら芳しくはないらしい。見た通りのさながら、クロート号は相当な痛手を受けてしまったようだった。
「こんな有り様じゃ直し用がねぇよ!」
レイズはクロート号の上から叫んだ。
「ここまでやられたんじゃ手持ちの道具だけで直すのは無理みたいだね。やっぱりちゃんとしたとこで直して貰うしかってないんじゃない?」
「やむ負えまい」
ラックの意見にアレンは頷いた。
そんな訳で、潮が満ちるのを待って今度は船を直せる港を探す事になった訳だったのだが……。
「あー……ダメだなこりゃ」
島を出てしばらくした海上にて。レイズは望遠鏡を覗きながら首を振った。
「どこもかしこも海軍の船に張られてる」
島を出たクロート号は島からそう遠くない距離に位置する港の近くまでやって来ていた。ところが、その港付近には海軍の船が停滞しており近付く事が出来ないでいる。
「うーむ……」
その現状にアレンはまたまた頭を抱えた。
「ここもか……」
隣でラックがぽつりと呟く。
そう、これで港を巡るのは3つ目。島から最短の距離にあった港もまた同じように海軍に張られており、近付く事が出来なかった。ラックの話によればこの辺りはそれ程海軍の規制は厳しくないとのことだったが、何故か今日に限ってこの付近の海軍はやたらやる気を出しているらしい。
「やっぱりあの爺さんの影響なんじゃないのか?」
「かもしれないね」
レイズの言葉に頷くラック。
つい昨日ホープ・ブルーを盗んだばかりだというのに、まさか昨日の今日でもうこんなところにまでジョン・クライングコールの手が回っているとは。一体どれだけの権力持ってるいんだ。
しかし、悠長な事を言ってもいられない。
既にこの付近にジョン・クライングコールの権力が及んでいるのだとしたら一刻も早くこの場を離れた方がいい。とはいえ、遠くへ離れようにも船がこの有り様ではやはり心もとない訳で。行き詰まったかのようにみえた現状。
そんな現状を前にして、しばらくうんうんと唸っていたアレンだったが、やがてある一つの決断を下した。
「……これはもはや選択肢は一つしかないだろうな」
「選択肢は一つしかないって……まさかっ」
「ロックに頼むしかってない」
「あのお騒がせ娘のところに行くつもりかよ!?」
レイズは驚愕の声を上げた。
そんなレイズに対し、アレンは至って冷静に見解を述べる。
「それしかないだろう。船はこのざま、近くの港は海軍に張られて近付けない。この付近で手っ取り早く船を直せるところはもうそこしかってない」
「アンタほんとに分かって言ってんのか!?」
「勿論、分かってるよ」
「ロックって誰なの?」
なんだかまたアレンとレイズのいつもの押し問答が始まりそうだったので、こっそりとラックに聞いてみる。
「以前酒場で船長を殺して懸賞金を取ろうとした修理屋のコの事、覚えてる?」
ああ、そういえばと言われて思い出す。そういえば、以前酒を調達しに行ったアレン達が血相を変えて船に戻って来た事があったっけ。
「その子の父親で代々船の修理屋をやってるっていうのがロック・ストーンズって人なんだよ」
「そうなんだ」
と、そこまで話を聞いてある事に思い至る。
「あれ?でも確かアレン船長、その修理屋さんに借金してるんじゃなかったっけ?」
「そこが問題なんだよね……」
遠い目をするラック。どうやら痛いところを突いてしまったらしい。
「直して貰えるといいんだけどね……」
「そうだね……」
そうは言ってもどうやら他に選択肢はない模様で。兎にも角にも、今度はその例の修理屋さんのところへと向かう事となったのだった。
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