第10話 ▼死の警告(アレン視点②)

(05.異地上陸.のバックグラウンド。アレン視点の話)


 想定外のアクシデントに見舞われはしたものの、とりあえずはなんとか用事を済ませ、無事に町へと戻って来たアレン。その頃にはすっかり日も暮れていた。


 結局、地図の解読は出来なかった。

 たが少なくとも、この地図自体が本物かどうか。確かに紛い物では無いという確認は出来た。成果という程の成果ではないが、それだけでも充分にクラックに会いに行った甲斐があったと言えるだろう。

 とにかく自身の方の用は済んだ。

 残る気掛かりは何故かここ最近、やたら手に入れる事が出来ないでいる酒の調達だけなのだが……。


 この港は小さい。その為、調達が出来そうな場所もかなり限定されてはいるが、さすがにこう何度もすかしを喰らう事はない筈だ。

 恐らくは今頃、無事に調達にも成功し、他の乗組員達も皆船に戻っていてもいい頃だとアレンは歩みを早くする。その時だった。


「――アレン・ヴァンドール」


 暗闇から響く低い声に呼ばれたのは。



 ***



「――アレン・ヴァンドール」


 突然背後から低い声が響いた。

 アレンは驚いて振り返る。

 振り返るとそこには青白い球体が二つ、不気味に宙に浮かんでいた。

 いや違う。よくよく目を凝らして見ると、そこには背の低い老婆が一人、路地の一画に水晶玉を抱えて佇んでいた。

 老婆は頭から黒く長いローブを纏っていた。その為、夜の闇と一体化し、シワだらけの顔と抱えられた水晶玉だけが暗闇に不気味に浮かんでいるように見えたのだ。

 アレンは驚いた。こんなに近くにいた筈なのに老婆の存在に気付かなかった。いやそれ以前に、気配が全くしなかった。


「何かな?」


 アレンは警戒しながらも老婆に尋ねる。

 年寄りの知り合いは多い方だがこの老婆の顔には見覚えがない。だが、自身の名前を知っている以上、どうも人違いをしているようではなさそうだ。


「誰だったかな?」


 再度重ねて問い掛けたアレン。

 しかし、老婆はそれには答えず。


「アレン・ヴァンドール。クロート号の船長よ。

 ――――お主は死ぬ」


 唐突にそれは告げられた。

 老婆の口から告げられたのはあまりにも唐突な死亡宣告だった。


 耳を疑うその発言にアレンは一瞬呆気に取られた。しかし、すぐに気を持ち直す。

 目の前の老婆が一体何を思い、何故それを告げたのかは知れないが、けれどもそれはまさしく酷く不吉で不快な物言いである。


 海賊という職業柄上、人から恨みを買うことは頻繁にある。それ故に命を狙われる事も多々あるのは事実だが、こんな老婆の恨みを買うような事をした覚えはない。

 そうなるとやはり、首に掛かっている懸賞金を狙ってきたと考えるべきか。

 見た所、相手はいかにも怪しくはあるが、纏った黒いローブの下はただの小柄な老婆のよう。

 だが、決し見掛けに惑わされていけない。

 どんな目的があるにせよ、出逢って僅か数秒で死亡宣告を叩き付けて来る相手にそうそうろくな奴などいないのだから。


「それはつまりアンタに殺されてってことかな?」


 警戒しながらもアレンは老婆を問いただした。

 それに対し、老婆は顔色一つ変えずにあっさりと首を横に振る。


「違う。あたしがお主を殺すのではない」

「なら、一体誰に殺されるっていうんだ?」


 アレンは更に問いを重ねる。

 すると、老婆はゆっくりと腕を上げ、シワだらけの指を動かした。まるでアレンを殺すというその人物を指し示してみせるかのように。

 老婆が示した指の先。

 それは何故か他でもなく真っ直ぐにアレン自身へと向けられていた。


「お主さ」

「は……?」

「お主がお主を殺すのさ。アレン・ヴァンドール」



 ***



「………………」


 流れる奇妙な沈黙。

 アレンは思わず拍子抜けした。

 どんな恐ろしい名前を口にするのかと思ったら、まさかそれが自分だと言われるとは夢にも思っていなかった。これにはもはや驚きを通り越し、呆れて物も言えなくなる。


「あたしにはこの水晶玉の中に人の未来が見えるのさ」


 けれども、開いた口が塞がらないアレンをよそに老婆は構わず話を続ける。

 老婆は自分は占い師であり、人の未来が抱えた水晶玉の中に見えるのだと言った。


「あたしにはお主の運命が見える!お主が自身で招く運命によって死にゆく姿が!自ら死に近付いて行くその様が!」


 老婆はまるで何かを演じるか、何かに取り憑かれでもしたかのようにヒステリックな声を上げた。そして、お主は死ぬ死ぬと何度も同じ事を繰り返すのだった。

 そんな老婆に前にして。アレンは余計に呆れ果てていた。


 さて、どうしたものかな……。

 アレンは呆れながらも考える。

 老婆が必死だということはなんとなくだが伝わってくる。

 だが、老婆がまるで親が子供をお化けか何かで脅すかのように。ヒステリックに忠告すればする程に。その信憑性が失われていくような気がしてならない。

 それにその忠告について聞きたいことが沢山ある。だいたい、どうして自分で自分を殺さなければならないのか。


「お主にも思い当たる節がある筈じゃ」


 ヒステリックを極めていた老婆だったが、唐突にまるでアレンの考えを見透かしたかのような事を言ってのける。


 思い当たる節?

 それはまあ、ここ最近全くもって“ついてはいない”が、それは別に死ぬという程のものではない。

 まあ、このまま禁酒が続いたりしたら正直分からなくもないのだけれども……。


「自ら死に歩み寄る哀れな者よ……」


 ヒステリックな様から一変。老婆はまるでアレンが辿る運命を嘆くかのように悲しそうに目を伏せた。

 そんな老婆の様子を前にして、アレンはますます困惑を浮かべる。

 何故この老婆はこれ程までに、アレンに対して絡んで来るのか。そもそも占って欲しいなどとは一言も頼んでいない筈なのだが。

 最初の死亡宣告を聞いた時は、てっきり懸賞金目当ての賞金稼ぎか何かと身構えたが、どうもそう訳ではないようだし。もはや相手にするもの面倒だ。さすがにこれ以上は付き合い切れない。


「……ん?」


 いい加減相手にするのさえも馬鹿馬鹿しくなり、アレンはその場を離れようした。しかし突然、顔を伏せていた筈の老婆が再び驚いたように声を上げた。


「んん?これは……っ」


 かと思うと、老婆の眉間に深いシワが寄る。

 老婆はまるで抱えた水晶玉を覗き込むかのようにして見詰め始めた。

 怪しさ満点の自称占い師の老婆による理解し難い不可解な行動。アレンは更に不信感を強める。


「どうしたんだ?」

「……光じゃ」

「光?」

「なんとも奇怪、なんとも不可思議じゃ……」


 老婆はそう言ってぎょろりとした大きな目で、水晶玉の奥を食い入るように見詰め続ける。


「光って一体なんなんだ?」

「お主のすぐ近くに実に“奇妙な光”が見える」

「“奇妙な光”?」


 聞き返したアレンに対し老婆はコクリと頷いてみせる。


「ごく小さく消えそうな程に淡い光……その光はまるでその者を包むかのようで……“光を纏う者”がお主のすぐ近くにおるようじゃ」


 言って老婆は更に話を続ける。


「この光……あたしは依然にも見た事がある。この者ならばもしかしたら……あるいは……」


 老婆そう言って一人ぶつぶつと繰り返した。

 またしても深く長い溜め息が出る。一体何なんだこの老婆は。一体何がしたいんだ。


「哀れな者よ、よく聞くがいい」

「今度は一体何なんだ?」

「これはいわば吉兆の兆し。お主にとってはまさに、それは一条の光と言えるだろう」

「ほう?」

「光は穢れと邪を払い、闇の中でも導となる。

 ごく淡くごく小さな光なれど、この“光を纏う者”、“聖なる清き者”ならば、お主の呪われた死の運命をあるいは変える事が出来るやもしれない」


 老婆は言った。

『光を纏う者を探せ』と。

『でなければ、呪われた運命に飲まれるだろう』と。

 しかし、その言葉を聞いたアレンは。


「“光を纏う者”、ねぇ」


 特に気もなく繰り返すだけ。


「この話を信じないというのかい?」

「信じる信じる。勿論信じるとも。

 その“聖なる光を纏う清く正しい者”ならば、俺の運命を変えてくれて、俺を死に逝く運命から救ってくれるかもしれないって言うんだろ?勿論、信じるに決まってる」

「愚かな……」


 真摯さを微塵も感じさせず、軽く受け流すかのようなアレンの態度。そんなアレンの様子を前にして老婆はただただ冷ややかに述べる。


「なんと愚かで悲しい男よ。お主はゆっくりと、自ら死に向かって歩み寄ろうとしているというのに……」

「ご忠告どうも。哀れんで貰えて感激だね。

 それでその“光を纏う者”ってのは一体どこの誰なんだ?」


 色々な意味で呆れ果てていたアレンだったが、一応参考までに尋ねてみる。

 老婆の言う、運命を変える事が出来るという“光を纏う者”とやらが一体どこの誰なのかを。


「――――ヴァンドール」


 しかし、聞き返したその矢先。遠くから風に乗ってよく知る声が聞こえて来た。


「――レイズ?」


 アレンは一瞬、声の方した方へと僅かに視線を逸らした。

 その途端、老婆の声が重く暗い響きを持ったものへと変わる。


「――忘れるな、アレン・ヴァンドール――」


 ゾッとするような低い声に慌てて老婆の方へと視線を戻す。だが、その時にはもう既に、そこに老婆の姿はなかった。


 ――忘れるな、

 ――自ら死に歩み寄る者よ――


 ただ低く重い声だけが余韻を残して不気味に響く。

 それは確かな恐怖の感情をアレンの心臓に刻み付けたのだった。


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