陽だまりの彼女
@todako
第1話
1章) 陽だまりの彼女
僕が最初にユジンに会ったのは、彼女が通う大学の図書館だった。
そのころ僕は文学者になるべく文筆業を続ける傍ら、生活のために図書館司書の仕事をしていた。
女子大の図書館は仕事が忙しくない割に、文学の知識を持っている僕の経歴を高く評価し、破格の給料をもらえるということでありがたく仕事をさせてもらっていたのだ。忙しくない・・・つまり、空いている時間には好きなだけ仕事にかかわる本を読めるというメリットもある。
いつものように仕事の文献を読み漁りつつ本を借りにくる彼女を見かけた。
女子大生であんなに熱心に毎日図書館に通ってくる子は珍しい。
しかも、辞書を引きながら本を読んでいる。
英文科の生徒が卒論か?とチラリと気になって本のタイトルを見ると・・・
なんと村上春樹。
村上春樹の研究?でもなぜ辞書?
視線を感じたのか、彼女がこちらを見つめている。
「あの、私何か手続きを間違えましたか?」
とてもきれいな話し方だ。
それだけではない。今まで見たこともないくらいの色白でほっそりした美人。
「いえ、あの、何か困ったことはないかなと思って」
我ながらひどい言い訳だ。
「あ、大丈夫です。ありがとうございます。」
と言ってまた本の世界に戻ってしまった。
なんだか違和感があった。
普通の女子大生ではないなというか、何となく浮世離れしているのだ。
現実にこの日本に住んでいるのかどうかすら疑わしいくらい。
その日はそのまま。
次の日も、彼女は定位置に座っている。
薄暗い図書館の中で、陽だまりをたっぷり浴びることのできる窓際のひとり席。
まぶしいからとあまり人気のない席だが、彼女はいつもそこでリラックスした表情で本を読んでいる。その光を浴びている彼女が神々しすぎて思わず見とれてしまう。
そんな気持ちになっているのは、僕だけなのか。
確かに女子大だから、かわいくて少し変わった独りぼっちの女子など誰も気にも留めないのかもしれない。いつも彼女は一人ぼっちだ。
そんなある日、彼女が閉館時間まで居座って(いつもは5時頃に帰るのに珍しいなと思いつつ)真っ暗になってしまった。
彼女が最後に出ていくのを見届け、カギを締めて帰ろうとした。
彼女が門を出て駅までの帰り道に声でもかけようかしらんと急いで戸締りをして
守衛さんに挨拶をして帰ろうとしたところ。
彼女が隣の大学の男子生徒5名くらいに囲まれているではないか・
ナンパしようとしているのか何のかわからないが困っている様子。
「おい、君たち、何をしているんだ。放してあげなさい」
「なんだよ、おっさん、この子の保護者か何か?」
「いや、この子の大学の先生だ。君たちね、そんなことしてると、大学の査定に響くよ。君らの大学の先生に言っておくから学生証見せなさい。」
「いやいや、それは困るな~」
「なんだよ、このおっさんほんとに大学教授?」
「でも面倒だからばっくれようぜ」
「あの、ありがとうございました」
真っ白なコートに真っ白なマフラーをぐるぐる巻きにして頼りなさそうな表情を浮かべている彼女はまるで天使のように見えた。
「いや~、この時期はやく真っ暗になるから早めに帰った方がいいよ。
心配だから駅まで送るよ」
「いえ、あの、申し訳ありません。ではお願いします」
「じゃ、駅まで歩こうか。」
駅まではほんの5分間の道のりだが、できるだけゆっくりと歩いた。
ドキドキと少年のように胸を高鳴らせながら・・
「あの、図書館でいつも対応してくださってる方ですよね?」
「え、憶えててくれたの?」
「もちろんです。いつも、丁寧に対応してくださってありがとうございます」
「いや、あの、さっきは大学の先生のふりしちゃったけど、実は図書館司書で。
でも、文筆業で生計立てようと思って今絶賛修行中なんだ」
「??」
「あの、文筆業といっても小説家じゃなくて、小説なんかを分析したり書評を書いたりって仕事の方ね」
「??」
「え、あ、あんまりわかんないか」
大学教授って嘘ついたことを怒ってるのかなあ。
それとも、文筆業がわからない?
「あ、あの、この駅で大丈夫です。ありがとうございました。ではさようなら」
彼女と最初に話した印象は最悪だった。
なんだよ~、もう少し言い方ってものがあるだろう。
それにしても丁寧なんだか冷たいんだかよくわからない子だよな。
こちとら正直にいろいろ話してるのにさ。
次の日。いつものように出勤して仕事をしていると、なんと向こうから彼女が近づいてきた。
彼女は昨日と同じ白いコートに白いマフラー。
髪型を少し変えてポニーテールにしている。
相変わらず天使のようなほほえみをたたえて近づいてくる。
なんてきれいなんだと茫然としながら見とれていると、彼女の方から声をかけてきてくれたのだ。
「昨日はありがとうございました。本当に助かりました。
図書館司書のお仕事をされていたのですね。」
「あ、いや、あの、当然のことをしたまでで。全然気にしないで。でももう少し明るいうちに家に帰った方がいいかもね。親御さんも心配するでしょ」
「親ですか?私一人で暮らしているので心配する人はいません。大丈夫です。」
「え、じゃあ、なおさら早く帰った方がいいよ。変な男についてこられたら大変だよ。」
「大丈夫です。本当に、昨日はありがとうございました。ではこれで」
彼女は、機械的なお礼をすれば十分と思ったのか、くるりと向きを変えて行ってしまった。
そんなこんなで僕と彼女の間の距離は縮まることもなく平穏な日々が過ぎていった。彼女と再びあったのは、大学の食堂でのこと。女子大というだけあって学食もカフェテリアのような感じでおしゃれなつくりで僕は気後れするので普段はあまり近づかないようにしていた。だがその日は午後の会議に間に合わせるために、急いで昼食をとる必要があり、学食で食べる事にしたのだ。定食といってもがっつり定食ではなく、おしゃれなサラダとオムレツとパスタが少しワンプレートに盛り付けられている。こんな量じゃ足りないんだけどなあ。と思いつつ一人で昼食を食べていると、なんと斜め前の席に彼女が座っているではないか。お昼は食べ終わったのか、いつものように本を読んでいる。やっぱり白っぽいワンピ―スで、今日も髪型はポニーテール。温かそうなマフラーは膝にのせたまま。楽しそうに談笑する女子大生たちには全く構う様子もなく、静かに本を読んでいる。
せっかくのチャンスなので、ちらちらと彼女のことを気にしながら昼食を急ぎでかきこみコーヒーをもって彼女の席の隣の方へ移ることに。
「こんにちは、今日も読書?」
彼女はよっぽど本に集中していたのか、まったく周囲の状況に気を配っていなかったようでびっくりした表情でこちらを見た。
「あ、、図書館司書の方!」
「そうそう、憶えててくれた?読書の邪魔してごめん、何読んでるのか気になって」
「ええと、日本文学のことを知りたくて、夏目漱石の”こころ”を読んでます」
「へえ、すごいね、勉強熱心なんだ。文学部?」
「えと、違います、研究室にいます」
「え?研究室?理系なの?」
「ええと。あのちょっと用事があるのでまた。失礼します」
彼女はあたふたと本を片手に席を立ち、食堂を去って行ってしまった。
ああ、今日も失敗。なんとかうまく会話が続けられないもんかなあ。
いきなり本のタイトルとか聞いたのがまずかったかあ。それにしても、研究室って何だろう。この大学って理系は確かコンピュータ科学とかそういう系だったよなあ。
2章)彼女の正体
大学の教授は皆さん堅物でプライドが高いイメージがあるかもしれないが、
助手や大学職員の方々はみんな気さくな方が多く、受験シーズンや就職活動のピークを過ぎたころ、みんなで打ち上げを兼ねて飲みに行ったりすることもしばしばあった。今日も、そんな職員メンバーで飲み会を企画してくれ、僕にも声がかかった。
普段は誘われても2回に1回くらいは断っている僕だが、今回は、白いコートの彼女の情報が得られるかもしれないという下心もあって、飲み会には二つ返事で参加することに。
「あら、新井先生、珍しく飲み会参加ですか?さては、新規で入った職員さんで気に入った子でもいるのかしら?」
そう言ってからかってきたのは、就職支援課のベテラン女性、宮城さんだ。
彼女は、この大学の就職活動支援課で子育てをしながら20年近く勤めている。
「宮城さん、からかわないでくださいよ。たまには皆さんとの懇親も深めておかないと」
「そうよね~、新井先生は若いくせに変に落ち着いてるところあるからみんなもう結婚していると勘違いしているわよ。若い子狙いならもっとがつがついかないと」
「いや、あんまりそういうの興味なくて。。。」
「ほんとに?まあ、いいわ。。新井先生のそういうシャイなところがいいっていう若い先生も結構いるから。私がいい子を紹介してあげるから頑張るのよ!!」
これだからアラフォーおばさんはいやなんだよなあ。結婚結婚って。
みんながみんな結婚することがゴールなわけじゃないんだからほっといてくれよと思いながらビールを飲んでいると、情報科学系の教授の助手をしている若い女性が近づいてきた。彼女は、今期からこの大学の助手をすることになった横田さんだ。
今まであまりかかわったことはないが、とてもはきはきしていて頭のいい女性という印象。彼女はまだ22,3だと思うが、僕よりも大人な雰囲気を持っていてなかなか話しかけづらかったのだ。でも今日は思い切って話しかけてみよう。
「あの、横田さんですよね?僕 新井っていいます。図書館司書してます」
「ああ、新井先生、もちろん存じあげてますよ、今日は一緒に飲めて光栄です。」
「え、僕のこと、ご存知だったんですか?」
「ええ、先生、女子生徒からも人気ありますよ。物静かだけど結構イケメンだって。
最近の女子大生は、肉食系よりも先生みたいなおっとりしたタイプの方がいいみたい。」
「え、ほんとですか?いや~その~」
「照れてるところもかわいいですよね」
「いやいや・・・(照れてる場合じゃない、早く情報収集)。
あの、横田さんにちょっと聞きたいことがあったんですが・・・、いいですか?
研究室にいる女子大生でいつも白っぽいコートとマフラーの髪の長い女性、いません?こんな情報じゃなんとも言えないか」
「白っぽいコートとマフラー??そんな子、いっぱいいるんじゃ・・・」
少し考えこんだ様子の彼女は、あっと手を叩いて言った。
「あ、私も最近入ったのであまり存じ上げないのですが、もしかしたら韓国からの留学生かも。白いコートを着てていつも一人でいる子でしょ?」
「あ、そうです。多分その子です。韓国からの・・・なるほど~」
その情報だけで僕にとっては十分だった。
韓国からの留学生、日本語があまり堪能ではないがために、僕に対してそっけない態度をとった。そして親元を離れて日本で一人暮らしをしていて、男性に対して警戒心を抱いている。これだけで、そっけない態度をとられて落ち込んでいる僕の心を落ち着かせてくれた。さすが横田女史、その表情の変化を見逃さなかった。
「あ、新井先生、さては韓国美女に恋したな。隅に置けないですね~もう」
「いえ、そういうわけではなくて。その、いつも小説にかじりついていたから文学部かと思ったら研究室にいるってことだったので情報科学系なのかあと思って・・」
「そうなんですね、文学部だったら先生と話があったのに残念ですね」
「いや、そういうわけではなくて。」
これ以上横田女史に探られたくなくて、僕は別の席に行き、他の先生たちと他愛もない話をして飲み会を早々に切り上げた。
飲み会会場からの帰り道。いつもはまっすぐに家路につく僕だが、気分もよかったので、よく行くコーヒーショップに行って酔いを醒ましてから帰ることにした。
すると、偶然にも白いコートの彼女がいるではないか。
今日も相変わらず白いコート。一人だけどとても楽しそうな表情で本を読んでいる。
酔いも手伝って、僕は思い切って彼女の隣の席に座り、話しかけてみた。
「アニョハセヨ~」
「!!!」
彼女はびっくりしたような表情で僕を見つめ、じょじょに柔らかい表情になって僕を再度見つめてきた。
「びっくりしました。韓国語、ご存知なんですね」
「いやいや、知ってるのはこの挨拶だけ。君、韓国からの留学生って聞いたけど本当?」
「そうなんです。日本語勉強中です。でも難しいですね。
あの大学は素晴らしいです。本もたくさんあるし、いい先生もたくさんいらっしゃいます。
先生のお名前聞いてもいいですか?」
「僕は新井って言います。新しいに井戸の井。君の名前は?」
「私、キム・ユジンって言います。よろしくお願いします。」
それから、僕たちは自分のこと、日本のこと、韓国のこと、好きなものなど、いろいろと話し合った。
日本語が堪能ではない彼女だが、一生けん命に考えて答えてくれる姿がかわいく、
本当に好きになってしまいそうだった。
「あ、もうこんな時間だ。明日も学校あるんだよね。家の近くまで送っていこうか?」
「いえ、私は学校に住んでます。」
「え、学校って?ああ、学生寮のこと?」
「学生寮っていうんですか。そうかもしれません。」
「そっか。寮に住んでるのね。じゃあ、ここから近いから大丈夫か。気を付けて」
「はい、ありがとうございます。また明日お会いしましょう!」
彼女が韓国からの留学生で学生寮に住んでいる、そして僕に対して好意を持ってくれているらしいということまでは確認できた。あとは徐々に距離を詰めていくだけだ。
僕は酔っぱらった勢いで彼女に声をかけられた自分に感謝したい気持ちでいっぱいだった。
そうそう。韓国からの留学生という情報を提供してくれた横田女史にも大感謝だ。
3章) 赤いマフラー
そろそろ世間ではクリスマスというイベントで盛り上がる時期らしい。
らしい・・というのも、25年間生きてきて、このイベントを心から楽しめたことは一度もないからだ。おとなしい性格のせいか、彼女らしき存在がいたことは一度もなく、クリスマスを誰かと過ごすとかそういう楽しみとは無縁だった。
比較的裕福な家庭に育った僕は、クリスマスというと、家族で有名ホテルのディナーなどに出かけて食事をするのが常だった。就職し、都内の実家からも通える大学に就職したが、独り立ちしたくて家賃5万の安アパートに一人暮らしをしている。クリスマスシーズンは、家族からの誘いがあれば一緒にディナーに行くし、なければ普通通りに過ごすだけ。特に何の感慨もなく今まで過ごしてしまった。
だが今年は違う。彼女にプレゼントをあげたい、一緒に過ごしたいという気持ちが募ってきたのだ。だが、今までそういったイベントを計画することもなく過ごしてしまった僕にとって、どうやって過ごせばいいのか、女性に何をあげたら喜ばれるのか全然わからない。
そんな僕のいいアドバイザーは・・・・なんと3歳下の弟だ。弟は、僕と違い、学生のころから女性の扱いに慣れていて、女友達というか彼女がいなかった時期はほとんどない。重なって付き合っている時期も多少あったのではないか?(二股というのか?)というくらい女性関係は華やかだ。ただ、別に気負っているわけではなく、普通にやさしく接しているだけでもててしまうので仕方ないらしい。
弟は派手に生活するため、会社勤めを選んだが、金遣いが荒すぎて貯金もできないため、実家住まいだ。母親も弟には甘く、仕方ないわね~と言いながら喜んで世話を焼いているらしい。実家に帰ってもうるさい母親とはあまり口をききたくない僕だが、弟の海斗と話をするときは別だ。
「おう、海斗、元気か?今週末実家に帰ろうと思うんだけど、お前いるか?」
「兄ちゃん。久しぶり。元気だよ。今週末?今のところ暇だけどデートとか入ったら出かけちゃうかも。なんかあった?」
「あ、いや、ちょっと相談したいことがあって」
「え、恋愛相談ですか?なんでも聞いてください」
「おいおい、からかうなよ。ちょっとさあ、クリスマスプレゼントのことで」
「え、プレゼントをあげたい彼女ができた?これはめでたい」
「いや、そんなんじゃないんだけどさ。女性って何をあげたら喜ぶのかわかんなくて」
「ふむふむ。マジな相談ですね。じゃ、週末待ってるよ、兄ちゃん。」
相変わらず軽い奴だ。
でも、恋愛初心者の僕にとって、海斗は心強いカウンセラーだ。
友達だと馬鹿にされそうだし、ましてや大学の職員仲間には知られたくないし。
そして、週末海斗に相談した結果はこうだ。
“何が欲しいかを聞くよりは、サプライズであげるのが一番効果的。
今の距離感だとあまり高価すぎず、普段から身に着けられるものをあげるのがいい。
彼女のニーズを聞けるのであればばれないようにリサーチすべし。“
ふむふむ。なかなかいいアドバイスだ。
今度会った時に探りを入れてみよう。
週明けの月曜日。いつものように彼女は陽だまりの席で本を読んでいる。相変わらず白いコートに白いマフラー。髪型はポニーテール。白が好きなのかなあ。聞いてみよう。
「おはよう、先週はどうも。夜遅くかえって大丈夫だった?」
「あ、先生、大丈夫です。先生も遅くに帰って大丈夫でしたか?」
「あ、もちろん、僕は大丈夫。それより、いつも白い服が多いけど、白が好きなの?」
「え、白い服?そうですね。でも好きな色は赤です。」
「え?」
意外な回答に驚いた僕は思わず“赤いもの”と心の中でメモをした。
学校からの帰り道、いつもは行かないデパートに行き、女性店員に赤いものでクリスマスプレゼントにおすすめのものは何か聞いてみた。
そしていろいろと相談した結果、彼女に赤いマフラーを買ってあげる事にした。
彼女の白い肌に映えそうな真っ赤なカシミアのマフラー。喜んでくれるかな?ウキウキしながらクリスマスを迎えることになる。
クリスマス当日、どうやって彼女を呼び出そう。いろいろと迷った末に、携帯も持っていなそうな彼女を呼び出す方法として、古典的な手紙方式をとることにした。
「今日、前会ったコーヒーショップで一緒にコーヒー飲みませんか?6時過ぎに待ってます」
受付に来た彼女にそっと手紙をわたした。彼女は、その場で理解したようで、にっこりして笑いかけてくれた。
クリスマスをお祝いする風習は韓国でも同じようにあるようで、毎年家族でパーティをするという僕の話を聞いてユジンも楽しそうにうなずいてくれた。
そして、いよいよプレゼントを渡す時間だ。僕の胸のドキドキは最高潮に達していたが、ユジンは全く気付いていないようで、普通の表情だ。
「あの、これ、もしよかったら使って」
「え、先生からのプレゼントですか?ありがとうございます」
楽し気な表情でラッピングをほどくユジン。そして、嬉しそうにマフラーを巻いて見せるユジン。思った通り、色白のユジンにピッタリ合う色で、よく似合っていた。
こんなに喜んでもらえるならいくらでもプレゼントするよ。僕は心からそう思っていた。
「よく似合ってるよ」
「ほんとですか?ありがとうございます」
次の日から、学校で会うときには彼女は必ずその赤いマフラーをしてくれていた。相変わらず友達はいないようで一人でいる彼女だが、そんなことは僕にとってはあまり関係ない。
彼女が自分の贈ったプレゼントを身に着けてくれているということがこんなに嬉しいものだとは知らなかった。弟よ、アドバイスありがとう。
クリスマスシーズンも過ぎ、来月はお正月だ。正月はさすがに実家に帰って家族と過ごさないと・・と思ったとき。そうだ、実家に彼女を連れて行っておせちでも食べさせてあげたらどうだろう。我ながらいいアイデアだと思い、実家に電話した。
母親は、初の彼女連れということで大はしゃぎ。豪華なお節を用意して待っているから絶対に連れてきてねと念を押された。
4章) 正月
実家に連れて帰ると言ったはいいものの、彼女とは付き合っているわけでも何を伝えたわけでもない。何と言って誘いだしたらいいものだろう。
改めて、僕らの関係性って何なんだろうとふと考えこんでしまう。こんな時はやはり海斗に相談だ。
「なあ、海斗、兄ちゃんさ、お前のアドバイス通り、身に着けるものをプレゼントして、彼女は毎日それを着けてくれてるよ。だけど、別にそっから何も進展ないし、彼女の気持ちもわからないんだよな。それってどういうことだと思う?」
「兄ちゃん、それ鈍感すぎだよ。毎日プレゼントを身に着けてくれてるって段階でもうOKでしょ、あと一押し。正月には絶対連れて帰ってきてよ!」
はあ、やっぱり能天気な弟に相談してよかった。
勇気を出して正月、誘ってみよう。
僕の心配もよそに、彼女は、正月休みは何も予定がないらしく、僕の家に行くことを喜んでOKしてくれた。
そして、その日。いつも通り白いコートに赤いマフラーを巻いた彼女と並んで実家に帰った。両親は、綺麗で清楚な彼女にびっくりしたようで、しばらく茫然としていた。弟はいつもの調子で次々に質問を投げかけ、品定めをしているようだ。
ただ、一つ誤算だったのは彼女がお節料理に一切手を付けなかったこと。
確かに僕は、彼女が食事をとっている姿は一度も見たことがなかったんだ。
学食でもコーヒーショップでも飲み物しか飲んでいなかったし。一緒に食事に行ったことは一度もなかった。そう、彼女の好きな食べ物もリサーチしていなかったんだ。
母親はがっかりしていたが、彼女はおなかの調子が悪くて食べられないのだと言っていたので納得していた。
話もあまり盛り上がらず、食事にも手を付けない彼女と間が持たなくなったのを感じた僕は、彼女を送っていくことにした。話を聞くと、今日は学生寮に帰らなくていいとのこと。僕の家に行きたいと言い出した。
え、それって誘われてる?意味わかってる?
5章)遅れてきた初恋
僕の心配をよそに、さっさと歩いていく彼女。歩き方もとてもまっすぐできれいなんだよな。いつもすっきりとした歩き方をする。モデルのようにいつも美しい表情でにっこり笑いながら。。。
電車の中でも路地を歩いていても、完璧な容姿の彼女を見た世の男性陣は何度も振り返る。そして、一緒にいる僕のことを見てふん、と悔しそうな顔をする。これはちょっとした自慢だ。でも、それくらいユジンの容姿は完璧なんだ。
さっさと歩いたのを悪いと思ったのか、彼女は振り返ってにっこり笑ってくれた。
そして、手を伸ばし、僕の手を握ってきた。これって・・・
僕はどぎまぎしながら彼女の手を握り返した。そして恋人のように手をつなぎながら家へ。
ただ、僕のアパートの前にたどり着いた瞬間、彼女は事の重大さに気づいたのか、急にそわそわして、寮に帰ると言い出したんだ。そりゃそうだよな、まだお互いに知り合って間もないのにいきなり家に来るってのはさすがに。
「ユジンさん、今日はほんとに実家まで付き合ってくれてありがとう。
今日はもう遅いし、寮まで送るよ。」
「いえ、大丈夫です。急いで帰ります。ありがとうございました!」
そう言って彼女は、くるりと向きを変えて帰って走って行ってしまった。
ああ、もうちょっと余韻を楽しみたかったのに。次こそはもう少し彼女のことを知りたい、もっと彼女と近づきたい。そんな思いを初めて味わっていた。
6章) きのう 失恋しました
翌日、やけ酒をして二日酔いのガンガンする頭を抱えながら出勤した。
世間は正月休みだが、大学の図書館は3日から開館するので、交代で出勤しなくてはいけない。僕の場合、家族持ちの人の代わりにこういうときに出勤してポイントを稼いでいるというわけ。さすがに正月で休みの人も多く、大学内はがらんとしていて、なんだか寂しい雰囲気が漂っている。
午後の準備の前に少し休憩をしようとカフェテリアに行くと、横田女史がいた。
飲み会以来会っていなかったのに、親しげに向こうから手を振って近づいてきた。
「新井先生、明けましておめでとうございます。お元気でしたか?」
「はあ、飲み会以来ですよね。その節はいろいろと情報ありがとうございました」
「情報?ああ、もしかしてあの韓国美女のこと?」
「ああ、あの後少し親しくなりまして」
「ええ?親しくなったってほんとですか?」
ちょっと、その驚き方はなんだよ、失礼だろ。僕だって恋愛くらい・・・
「え、なんでそんなに驚いてるんですか?」
「新井先生、私ちょっと間違った情報をお伝えしていまして」
「韓国の留学生ではなかったとか?」
「それもそうなんですけど。。。実は・・・」
横田女史は少し深刻ぶった表情を浮かべていたが、次第に僕の恋愛感情に興味を持ったのか、興味を抑えきれない表情を浮かべて僕の顔を覗きながらこんな話をしてくれた。
ユジンというのは、この世には実在しない、生身の女性の形をしたロボットだということ。韓国の大学とこの女子大の合同プロジェクトで、韓国で事故にあった少女の姿を借りて、会話や心を覚えこませている段階であるということ。彼女の行動は全て研究所でコントロールされていて、会話なども誰かが作ったもので、その都度AIは学習しながら賢くなっていく。恋愛をすると急速に会話なども高度になるため、僕の素性を確かめたうえで、今回は初めて学校の外に連れ出すことをOKしたとのこと。結局僕はいいように使われていたということになる。
考えてみればおかしなところはたくさんあった。まず、食事をしたことが一度もなかった。僕の家に来た時も、お節に手を付けなかったのは、口に合わなかったわけではなくただ食べることができなかったということだ。カフェで会ったときも学食で会ったときも、飲み物は手にしていたけれど口にする姿は見ていなかった。
それから、会話がかみ合わない、どこか浮世離れしていると思ったのは、韓国の方だから仕方ないと思っていたが、そういうことだったのか。
でも、でも。あの美しい瞳や自然な表情がすべて作り物だったなんて。つくづく僕は世間ずれしていないというか、女子心がわかってないことが露呈したな。
というわけで、僕の短い初恋はアッという間に終わりを遂げることとなる。
他の人から見ればロボットに恋をしたという笑い話かもしれないが、僕の中ではれっきとした純愛だった。そう、僕は昨日生まれて初めて恋をして、失恋した。
陽だまりの彼女 @todako
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