少女は今日も出会い系サイトにいる
生島いつつ
第1話
『ホ別ゴム有2』
掲示板の書き込みを見てダイレクトメールを送ると、相手の女からはそんな返事が来た。これが条件である。
僕は今、出会い系サイトを使っている。その利用者の多くは割り切り交際が目的だ。彼女から返って来た返事を訳すと、『ホテル代別、コンドーム装着条件、二万円』という意味になる。ホテル代は男である僕が負担し、性交渉の条件として相手の女に2万円を渡すというものだ。
安ければ一万円からの女もいるが、一万五千円から二万円がおおよその相場だろう。何度か利用しているうちにそれも把握した。
自宅のソファーでふんぞり返った僕はどうしようかと考えた。そしてスマートフォンの画面を出会い系サイトからニュースアプリに切り替えた。
スポーツ記事では海を渡ったプロ野球選手が記録を作ったなどと浮かれた記事が書かれている。一方社会面ではインターネットで出会った男三人が一人の女性を拉致して殺し、死体を遺棄したなどと物騒なことが書かれている。しかも主犯格の男はまだ捕まっていないのだとか。
ただ、物騒だとは思うものの現実味はない。もちろん同じ国民であるプロ野球選手にも現実味がない。世の中で何が起ころうとも僕の生活は変わらない。バツイチ中年で、養育費を払いながら1LDKの部屋でひっそりと暮らしている。
僕は意識を自分の現実に戻して、再び出会い系サイトを表示させた。そして意思決定をして、女への返信文を打つ。
『条件了解です。待ち合わせ場所は?』
そんな内容の文面を返すと女からはすぐに返事が届いた。そして待ち合わせ場所まで決まる。ここまでたったの二往復だ。これだけで今晩の性交渉の相手が決まるのだからなんとも凄い世の中だ。しかも相手はまだ会ったこともない女である。
これだけでと言っても、出会い系サイトはダイレクトメールを送るにも男の方に金がかかるので、手短に済ませなくてはならないわけだが。
仕事から帰って来たばかりだったので、僕はまだ仕事着のままであった。スラックスにYシャツなので、このままでいいかと思い、最低限の手荷物だけ持って家を出た。
蒸し暑い中、駅に向かいながら緩やかな夜風を浴びる。そう言えば、今から会う女の年齢は幾つだったか。そうだ、確か二十七歳だと書かれていた。それくらい相手に興味を持っていない。それほどまでに割り切りの関係というのは薄い。
やがて電車に乗り、降りた駅のモニュメントの前で待ち合わせの女と出会う。
「こんばんは」
「こんばんは」
相手は恐らく二十七歳で間違いないだろう。時々明らかに歳を下に誤魔化していると思われる女もいる。しかし今日の女はサイトに書かれていた年齢に納得する容姿だ。
不細工ではない。肥満体質でもない。そうかと言ってスタイルがいいわけではなく、美人でもないが、小奇麗にはしている。まぁ、小奇麗は当たりだろう。こんな社会の裏側に生息していると、化け物と比喩できるほどの外れの女もいる。だから一般的に普通と言われる女は当たりの部類だ。
駅から少し歩いて僕たちはホテル街にある一軒のカップル用ホテルに入った。更にその建物の中を進んで個室に入る。
「はい、これ」
「どうも」
まずは約束の金を渡す。先払い、これも条件だ。後払いだと踏み倒す男がいるし、入室前だと持ち逃げする詐欺女がいる。だからこのタイミングがベストである。
そして次は一緒にシャワーを浴びる。これは互いの荷物を守るためだ。荷物に目が届かないのなら互いが目の届くところにいればいい。つまり割り切りと言いつつも初対面なのだから、相手のことなど信用していないペラペラの薄い関係だ。
そして浴室を出た僕たちはベッドインする。ここにも当たり外れがある。女によっては寝ているだけのマグロもいれば、積極的なのもいるのだ。
他には業者と呼ばれる管理売春にて派遣された女もいて、彼女たちは大抵事務的だ。この場合、サイトでメールをしているのは一人で、派遣される女が複数いる分業であることが多い。風俗に行かずに援助交際をしているのだから、ここに集まる男は女の素人感を期待するものだ。それが業者だと知ると落胆するものである。
もうこの世界にも随分慣れた。離婚して三年、出会い系サイトは二年前から始めた。離婚の原因はありきたりな性格の不一致で、しかし夜の営みはそれなりにあった。だから離婚によって突然抱ける女がいなくなったことに焦ったものだ。
最初の一年は自己処理や風俗などで凌いでいた。しかし物足りなさを感じるようになる。だから出会い系サイトに登録した。そこで合う女がいればと期待もした。
中には長期的な付き合いを希望するなどとうたって掲示板に書き込む女もいる。しかし二年の経験で、長期的な付き合いができるなどまずないと知った。利用者を当たればゼロではないのだろうが、極端に少ないのは間違っていないと思う。
そして行為を終えると速やかに身支度をし、やがてホテルを出てすぐに解散する。今日抱いた女の年齢は幾つだったか? もう忘れた。名前はなんと言ったか? どうせハンドルネームだから今更興味もない。僕だって適当につけた「イチロウ」をハンドルネームにして名乗っているのだから。
一人になると途端に腹の虫が自己主張をした。仕事が終わってから帰宅中に出会い系サイトを物色し、そして家に着いてから割り切りの話が纏まった。それを済ませて今に至るわけで、僕はまだ夕食を済ませていない。
僕は一度立ち止まった。既にホテル街は抜けていて、駅前の賑やかな街並みに到達していた。居酒屋やバーなどもあり、酒を飲みながらでも食事ができる。そういった店に惹かれた。
ピコンッ。
するとポケットの中でスマートフォンが通知音を発して振るえた。通知はフリーメールのアプリで、僕は歩道で突っ立ったままそのアプリを開く。送り主は出会い系サイトのシステムメールで、僕のアカウントにダイレクトメールが届いたことを知らせるものだった。
僕はそのままサイトに飛び、メールボックスを見てみる。当初はさっき会った女が律儀にお礼のメッセージでも寄越したのかと思ったが、アイコンもハンドルネームも違うように思う。
出会い系サイトに登録した当初は僕も掲示板に書き込みをしていたので、自分を積極的に売る女たちからのメッセージが頻繁に届いたものだ。しかしその大半は結局業者なので、それに気づいてからは掲示板に書き込むのを止めた。
それ以降は自分からコンタクトを取った女からの返信以外、ダイレクトメールは来なくなった。だからこうしてメッセージが届いたことが珍しい。業者が手当たり次第に送ったものだろうか? そんな疑念も抱きながら、僕は届いたメッセージを開いた。
『初めまして。一晩相手してくれる人を探しています』
ハンドルネームは「ララ」となっており、文面はたったのそれだけだ。年齢は二十歳になっているが、十八歳から登録できるこういうサイトの中では随分若い部類だ。
出会い系サイトでのやり取りだから間違いなく援助交際だとは思うし、未だ業者である疑念は捨てきれない。しかし一晩と書いてある。業者なら回転率を上げるために「一晩」は敬遠するはずだ。
普段なら無視するだろう。しかも僕は既にこの日の行為を終えて金を使った後だ。だからなぜそうしたのかわからない。気分に流されるままとしか言いようがない。僕は返信文を打った。
『詳しく聞かせてください』
『今、○○町の辺りにいます。ランダムに声をかけました。すぐに返信もらえて良かったです』
ますますわからなくなった。ランダムというくらいだから僕に行きついたのは納得できる。今日はサイトを開いたのだから、サイトが直近のログインユーザーを優先的に表示させたのだろう。しかし掲示板を利用せずになぜ無作為にダイレクトメールを送ったのか。
『条件は?』
『ホ別ゴム有2です』
一般的だ。それなのに一晩なのか? それならば長く拘束できるから事を済ませたばかりの僕でも楽しめるのではないだろうか? 僕は一度手持ちを確認した。
「いけるな……」
幸いにも収入は良く、養育費を払っていても自由になる金は多い。そしてこの時の手持ちも不安がない。それを確認して僕は彼女と会うためのやり取りを開始した。
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