恐るべしフェロモン
今世の主は裕福な両親の下に生まれ、愛されてすくすく育っていった。過去の経験から、あまり美青年すぎても良くないと思い、まあまあイケメンでありそこそこ金も才能もあり、普通に健康的である。前世の徳がここにきて、生かされているのだと思う。我輩も幼少の主に拾われるよう、手筈を合わせた。
そして、我が主の最後の無念は「暖かい家庭がほしい」である。
今まで「〜であれば…!」と言うIF観点からであったのが、今回は明確に「ほしい」とのたまった。確かに過去6回の生では、あまり家族に恵まれていなかった。親はいたが(子もたくさんいたが)「家庭」が抜け落ちていた。
なるほど。
「暖かい家庭」が手に入れば、愛情や幸福が手に入る。金や才能では手に入らないものだったのかも知れない。なかなか考慮深い。さすが我が主だ。
まず、暖かい家庭というものには、お相手がいるということだ。体の相性だけではなく、心も相性が良くなければならない。今まで主の観点だけで転生を繰り返してきたが、今回は少し勝手が違う。我輩だけでは、ちと心もとない。女の方についている精霊とも話し合わなければ、うまくいかないかも知れない。そうなれば、我輩のネコ屋敷計画もまた引き伸ばされてしまう。
現在、主は有名なコンサルタント企業の社長の御曹司としてちやほやされているようだ。まだ特定の女性はいない。どうやら肩書きが主を疑心暗鬼にさせているようだ。
まあ、確かに主人を狙う女性陣は我輩のネコの目からしても恐ろしいものがある。フェロモンむんむんで鬼気迫る様子は、『小坊主を追いかけるヤマンバ』に匹敵する。お札は三枚では足りないかもしれない。主の綺麗な魂は、あっと今に舐め尽くされて溶けてなくなってしまうかもしれない。
主の魂の欲求は、主自身気がついていないことが良くある。だから、それを分からせるように導くのが我ら精霊の仕事なのだが。
ちなみにここで間違えてはいけないのが、「暖かい家庭」であって、「熱い恋人」ではないということだ。「家庭」を先に考えた上で、「恋人」を選ばねばならない。
主の魂は基本素直であるから、そうそう道を外すことはないが、過去世の影響からちょっとばかりヘタレになっている可能性がある。甘アマで経験不足の女性では、このヘタレ具合に焦れて逃げ出してしまうかも知れぬ。しかし、あまり押しの強い年上も、主は引いてしまうかも知れぬな。
バランスをとるというのは簡単そうで実に奥が深い。特に一筋縄でいかぬ恋心というものは厄介極まりない。今世で、我輩と馬の合う精霊付きのオナゴを探さねば。
「そこを行くは、ヨイチか」
振り返ると、そこには天敵、白イタチのナナセがいた。
白イタチのナナセは妖怪だ。こいつが精霊のはずはない。可愛いテンのような風貌で相手を惑わすが、あの赤い目を見ると誰もがひれ伏して、奴の思い通りに動かすのだ。我輩は常に気を使って、このナナセと主を会わせないように、会わないように仕向けていた。
「お主、まだ吾子が妖怪などど思っておるのだな。」
「当たり前だ。そなたの妖魔的な赤い目を見れば言わずもがな、わかるというものだ。」
「お主こそ、その美しい金の瞳はまるで妖の狐と同じではないか。」
「妖狐と同じにするでないわ。我輩は精霊、あれはあやかし、そなたは妖魔の使いであろう。」
「全くお主は、女心をわかっておらぬな」
ナナセは苛立ったように眉間にしわを寄せる。
そうとも。
この白イタチのナナセと妖狐のヨウコ(ややこしい名前をつけるなというのに)は、あそこで我主を狙う女どもと同じ、フェロモンむんむんで我輩に迫ってくる恐ろしいメスなのだ。我輩はもう少しで猫屋敷に旅立つのだ。邪魔はしないでもらいたい。
「それはそうと、そなたの主は我が主を狙っているようであるが、諦めたほうが良いぞ。我輩は主に「暖かい家庭」を育む相手を見つけるのだから」
「ふ。たわけたことを。お主の主も所詮は男。ナイスバディの女を見れば早々に飛びつき、悪さをするのであろうよ。転生など、一歩歩いて三歩下がるもの。お主の夢もまだまだ先ということだわ」
我輩が気張ってそういえば、ナナセは横目で我輩を見るとフンと鼻を鳴らし、憎らしげな歪んだ笑みを浮かべた。なんとも胸糞の悪い妖魔だ。こんな奴はほっといて、さっさと可憐な女子を見つけなければ、我が主はあっという間にアラフォーになって、「暖かな家庭」を作る時間がなくなってしまう。ヒトの時間は本当に短いのだ。
我輩はナナセとの会話をとっとと終わらせて、我が主にベストなオナゴを探しに行った。
気がつけば、主の父上が仕事を引退し、主人の弟君にその座を託した。
なぜ。
主はあんなにも頑張っていたというのに。
だが、さすが主。どうやらそのせいで、気持ちがずいぶん楽になったようで、ムラムラと出していた黒いオーラが跡形もなく消えた。そしてそれまで命を削る勢いで頑張っていた仕事を放棄したようだった。仕事がなくて「幸せ」は保てるのかと不安になったが、主の父上が別の仕事を用意したようで、主は我輩を抱き上げて、鼻にキスをした。
「ヨイチ、子供の頃一緒に過ごした洋館を覚えているか。俺はあそこに行くことにしたぞ。お前も来るか」
「にゃーん」
もちろんですとも。こんな性悪イタチや狐が徘徊している都会は、主には似合わないからな。洋館は覚えがないが、どこへなりと連れて行ってくだされ。
フェロモンむんむんは、我輩も苦手である。
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