猫又ヨイチの転生録
里見 知美
ヨイチ、ガンバル!
我輩は猫であった。
いや、見た目は相も変わらず猫であるが、ちと違う。
猫又、という精霊だ。
む?
いやいやいや、妖怪ではない。精霊だ。
名をヨイチと言う。夜の市と書いてヨイチ。いかがわしきナイト・マーケットという意味では、断じてない。我輩は規律正しい生活を好む。つまり、寝ては食べ、食べては寝てということだ。夜更かしは美容に良くない。
我輩の名前は、見た目が真っ暗な夜の闇色だが、ポツポツと白い斑点が腹に並んでいる様を見て主が名付けてくれたのである。
我輩が猫又になったのにはワケがある。
その昔、ちょっとしたアクシデントから我が主の無念の思いを乗せた、血の契約を交わしてしまったがために、我輩は猫又になってしまったのだ。
我輩が生まれ落ちて出会った主は、純粋無垢で汚れも過去の汚点もないマッサラな魂だった。その人生から学ぶことはたくさんある。なにぶん過去世がないものだから、すべてが手探りの状態だ。そうして生きていく中で理不尽なこともあれば、思い通りにいかず無念を残したり、間違った選択をして後悔をしたりする。そうして次の生に克服すべきことを魂に記し付けていくのだ。
我輩はそんな主に拾われた、小さな命だった。母と兄弟とはぐれ、寒さと飢えにうずくまっていたところを、鼻タレ小僧…もとい、天真爛漫の主が声をかけてくれた。
そうして命を救われた我輩は、どこへ行くにも主に付き添い、悪い誘いや、魔の誘惑から引き離すように試みた。主は何せ、純粋無垢な魂だったから信じやすく、騙されやすく、いろんな色に染まりやすかったのだ。
そんな主が肺炎を拗らせて、主の胸で昼寝をしていた我輩は、いきなり顔に吐きつけられた血と共に主の魂の無念を迂闊にも舐めとってしまったのだ。
以来、我が主の転生先へ何度も何度も足を運び、主の無念を叶えるため我が身を粉にして働いた。もちろん主は過去世の記憶など覚えていないので、我輩は幾度となく主の前に子猫として現れては拾われた。
主の見聞録は我輩が密につけているので、のちに閲覧したいと言われれば安心して見せることができるであろう。その時は我輩の働きも満遍なく散りばめて恩を売ることにする。
主の無念は全部で五つ。下手をすれば、無念が百八つということもあったらしいので、我輩はラッキーだと思う。そんなに無念があるのなら鬼界にでも行け!と匙も投げたくなるであろう。
純真無垢な主で本当に良かった。
だが我輩とて、その念を全て叶えるまで心を休めることはない。
我が主の二度目の生では、「金さえあれば…!」という一つ目の無念を叶えてやった。
無念を晴らすのに悪行に加担することはできない。そうすれば魂は汚れ、生まれ変わりができなくなってしまうからだ。そうなると、悪世で一から修行に励まねばならず、我輩の負担になることは間違いなし。あぶく銭はあぶくのごとく。だから簡単に一攫千金を狙うのは愚の骨頂である。
いちいちそんな人(猫)生で時間を無駄にするつもりは毛頭なかったので、頑張って金儲けの方法を探した。幸いとある国の王が、王子を欲して王妃のみならず側室も10人ほど抱え込んでいたので、そこの一人に主の魂を滑り込ませた。
あいにくその王は、生まれる子供はすべて女という、王としてはいただけない呪いを受けており(気がつかなかったというミスは、この際記録から消すことにする)、生まれた主は男の魂なのに女の体という、嬉しいんだか、嬉しくないんだかの人生を歩まねばならなかった。『苦行も積まねば魂も向上心を忘れる』ということで頑張ってもらったが、16歳という若さで、30歳も過ぎた禿げた公爵家に嫁がねばならぬと聞いて、出家してしまった。金があっても使い道がなく、あまり役には立たなかった、ということを学んだだけでもよかったと思う。
三つ目の生で「才能があれば…!」という二つ目の無念を叶えてやるべく、音楽家の家へ転生を果たしてやった。
幼少時から才能を発揮した主は、ピアノとやらを叩き壊し、バイオリンという屠殺場の子豚のような悲鳴をあげるものを弾き鳴らした。あんなものに興をあげるなど、我輩に人間はよくわからない。
結局、主は音楽の道を諦めて、画家になった。
しかし、才能がありすぎるというのは、精神上あまり良くないということがわかった。平凡な人々から類まれな才能を理解されず、世に言う偏屈ジジイになった主は気を病んで、とっとと次の生に羽ばたいていった。主の死後、主が作曲した行進曲が素晴らしいと謳われ、主の描いた悪魔的な絵は高額で売れ、天才画家としてもてはやされた。死後に徳を積むというのも悪くはない。
さて、四つ目の生では「健康であれば…!」という至ってノーマルな念であったので、環境の良い緑の多い国を選んでやった。生まれてきた主は、ある意味健康に育っていった。ただ、母親が狼だったというのは誤算だったが。
どこでどう間違ったのか、人間の母親は主を産み落とし、赤い頭巾を深めに被り、猟師のような男と共に森を出て行ってしまった。残された赤子を不憫に思った優しい女狼が、猟師に殺された息子の代わりに育てたというわけだ。主は森で一生暮らし健康優良児ではあったが、あまり人間らしくなかったかも知れない。
五つ目の生で「イケメンであれば…!」と言う4つ目の無念を晴らした。
それはもう、種から選ばなければならぬという大試練であったが、たいそうなイケメンに生まれて人生を謳歌した。世離れした絶世の美女どもを手玉取り、あっちへふらふら、こっちへふらふら…。良きに計らえと遊びほうけるうちに、優柔不断になってしまった主は、たった一人を選ぶことができず人生を終えたが、主の子は何十人にも登り、その子孫は今もなおネズミ講式に増え続けている。そうしてこの世の中はイケメンで溢れかえっているのである。我輩も、良い遺伝子を残す仕事をしたと自負している。
そしてこの世は、5つ目の願い。これさえ叶えば、我輩もようやく猫又としての生を終え、麗しのネコ屋敷へと帰ることができるのだ。我輩も頑張ったと褒めてもらいたい。
これが最後の願いであるから、しっかり見届けなければならぬ。
さて、どうやって最後の無念を晴らそうか…。
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