第42話 銀海のディレンジット

「イヤなのですダメなのです! わたしはいけないことはしないのです!」

「もう大丈夫だから! 全っ然大丈夫だから! 多分!」


 アルカディメイアはアーティナ領。

 その島屋敷の大広間。


 風込め石で風を纏い、わたしは宙に浮かんで必死に抵抗。そんなわたしのお腹に手を回し、必死に引っ張るセレナーダさん。


 ヤカさまのお料理をいただいた翌日。朝早くにナーダさんから救援を求められ、わたりとイーリアレはアーティナ領に赴くこととなりました。


 聞けばアーティナの男性がお料理を気に入りめちゃんこ張り切ってしまった結果、それはもうンごい量の資源が集まってしまったのだとか。


 その消費を手伝うため、集めた素材を使ったお料理の新案をわたしに出して欲しい。そして作り方が決まり次第、材料と共に他の島に配るとの事で。


 トーシンのヤカさまと用件は同じ。二日連続でお味見だなんて、わたしとしては最高にうえるかむな感じだったのですが……。


「イヤなのですダメなのです! わたしはいけないことはしないのです! ナノ先生にも温室に誘われたら断るようにと言われたのです!」

「わたしだってイヤよ! フィリニーナノ先生にすっごい謝ってすっごく叱られたんだから!」

「だったら行かなければいいのです! 超絶意味不明なのです!」


 昼食後。甘味の試食になった段階で、ナーダさんが何故か温室に移動すると言い出したのです。そう、逃げるのは当たり前なのです!


 どんな理由があろうとも! 生理的にダメなものはやっぱり無理なのです!


 こんな時にイーリアレが何処に行ったのかと言いますと、お料理指南という名目でアーティナ領に新設された厨房に入り浸り、新しい食材を使ってレイルーデさんと試食祭の真っ最中なのです。フギギッ!


「ていうか痛いのです! お腹が千切れちゃうのです!」

「大丈夫よちゃんと手加減してるんだから! 多分!」


 風纏いの環境固定化もなんのその、ジリジリと引っ張られていくわたしの体。ナーダさんは体を痛め本調子ではないはずなのですが、流石この世界の人間。流石の筋肉です。


 緊急事態! こうなればもうお母さまの秘伝に頼る他ありません! わたしが風込め石を操作し、速翔けを実行しようとしたその時!


「仕方ないわ! 最終手段よ!」







「ううっ、ひどいのですあんまりなのです……」

「仕方ないじゃない。だってうるさいのよ、こいつら」


 そんな訳で、わたしは健闘空しくナーダさんのくすぐり攻めにあっさり屈伏し、高速で温室に輸送された次第でございます。


 めそめそ泣くわたしを小脇に抱え、ナーダさんは土の上をちゃっちゃと歩いていきます。わたしはぐすぐす泣きながら胸の前で紫色のかなめ石を待機させ、両手から沢山の石を作成配置。


「対象を発見次第発射。対象を発見次第発射……」

「ちょっと! 陣を張らないでよ!」

「当たり前なのです! 纏いは絶対解除しないのです!」

「しかも何よこれ! どれも物騒な作りの石ばかりじゃない! あんた普段こんなこと考えてるの!?」

「これでも足りないくらいなのです! 非常時なのです絶賛戒厳中なのです!」

「だから大丈夫だって言ってるじゃない! 多分!」


 多分を連呼するナーダさんですが、わたしは当然承諾していません。


 しかしわたしとしたことが、石があるのに視覚情報だけに頼るだなんてウッカリにも程があります。気込め石で感覚を鋭敏化、生体反応を感知すれば対象の発見など容易なのです。


 そして早速目の前の植え込みに熱源を確認! 照準固定! さよならアルカディメイア!


「そこ! ……お?」


 わたしがこの島を海図から消そうとした正にその時、植え込みから顔を出したその人物。


 きらきらな金色の長髪と白い肌。

 きらきらな金色のまつ毛に青い瞳。

 清潔さが際立つ白い着物と、色鮮やかな華の紋様が施された羽織。


 上品、というより優雅な佇まいのお姉さま。お姉さま……?


 お姉さま?はわたしのお顔を見るやいなやパッと笑い、


「姫君! 殿下もお待ちしておりました! すぐ準備いたします!」


 その女性らしからぬ低いお声に、わたしは困惑。


 お姉さま?は右手に砂込め石を纏わせ、白い机と椅子をサッと作成。お次は気込め石と水込め石。白い急須を用意し、茶葉と一緒にお湯を注いでいきます。


 嬉しそうにお茶を淹れるその人の表情。柔和そうな瞳と安らぎをたたえた口元。


 その下部に違和感の原因を発見。それは喉もとに見える喉ぼとけ。そう、この人の骨格と体付きは男性のもの。


 その事実に気付き、わたしのお脳が完全に停止し、


「ヘ……」


 制御を離れ、ぽたぽたと落ちていくわたしの石たち。


「ヘイムウッド……、さん?」







「ふわあ、おいしいですねえ……」


 アルカディメイアはアーティナ領。

 天井を透過し、青い空が臨める巨大な温室。


 色鮮やかな花々が咲き乱れる見事な庭園。あちらこちらでお茶碗を傾ける見目麗しいお兄さんたち。その肩に小鳥が止まり、ピチチとさえずるのどかな風景。


 わたしは用意されたお茶に口を付け、ほうとひと息。ハーブティーのようなお味と香りに大満足です。


 胸いっぱいに温室の空気を吸い込み、わたしはその爽やかさに感動しました。二日前まで汚臭のこもった泥溜めだったのがウソのような清々しさです。


「まあ、自主的になってくれたのはありがたかったわ」


 わたしの右隣には憮然とした表情でお茶を飲むナーダさん。


 肌を覆う面積を最小限に抑えたアーティナの胸巻と腰巻。左肘と右膝の包帯はそのままですが、アーティナ特有の布を引っ掛けたいつもの服装。今日は髪を下ろして長いストレートになっているので、お母さま感がアップしています。


「ああ、姫君……。お気に召していただけたようで何よりです……」


 そしてわたしたちの対面に座る、二日前まで歩く泥肉だった生命体。お茶を飲むわたしをうっとりと見つめる、人の造形として完成された容姿の男性。


 アーティナのヘイムウッドさん。


 信じられませんがご本人。いったい何故こんなことに。それはわたしが意識を失った後、ナーダさんに入浴を強制されたアーティナの男衆のお話。


 泥を落とし、お茶とお料理を口にした男性は目から鱗だったそうです。


 アーティナの男性の生き甲斐はお茶。自分たちは今まで楽しみ方を間違えていた。今の自分たちの匂いでは味も香りも楽しめない、それどころか壊してしまう。


 そのことを自覚したアーティナの男性たちは徹底的に汚れを落とし、その習慣を広めたのだそうで。


 そんな訳で、はいこうなりました。


 後ろでまとめられたツヤキラな金髪。整った形の眉に整った鼻梁の線。顔面輝度が無駄に高く、とにかく麗しい容姿。


 一番腹立たしいのがその髪質。ゼフィリア出身のわたしから見てもパーフェクトなキューティクル。そして羨ましくなるほどすっべすべなお肌。


「ヘイムウッド、おかわりをもらえるかしら」

「はい、殿下」


 ナーダさんは憮然とした表情で、かたんとお茶碗を机に置きました。


 分かります、ナーダさん。自分達が一生懸命努力して手に入れようとしているものを、数日前まで泥の塊だったこの生物が何故あっさり手に入れているのか、理解不能なのでしょう。


 ヘイムウッドさんはナーダさんのお茶碗におかわりを淹れ、わたしの方にきらめいて向き、


「改めて、申し訳ありませんでした、姫君。人の体調が崩れると、俺等は初めて知ったのです。我々の不手際で姫君の繊細な感覚を壊してしまうところでした、本当に不甲斐なく思います。何より、姫君は俺等に新しい喜びを与えてくれた方。ヘイムウッド並びにアーティナの男性一同、姫君のお望みならばどのようなことでも致します」


 めちゃんこ甘いマスクでにこやかに微笑み、


「しかし我々はこの道を歩み始めたばかり。姫君は植物の本質を見抜く慧眼と、その味の組み合わせ、多様な分類の知識をお持ちだと聞きました。是非ともそのお力をおかりしたく」


 それから、ヘイムウッドさんはほんの少しだけ頬を赤らめ、きらきら輝く金色のまつ毛を伏せて、


「そして出来れば、姫君の好みを教えていただければと……」


 うーん、吐き気がしますね。


 そう、この生物は自分の容姿に無自覚なのです。その無頓着さが天然で無邪気な色気を醸し出し、それがこちらの神経を逆撫でするのです。


 わたしがときめきの欠片もない口説き文句のような甘い言葉に耐えていると、ヘイムウッドさんの輪郭が一瞬ブレました。すると、わたしの目の前にお皿が出現。おそらく超凄い速度で用意したのだと思います。筋肉。


 目の前に置かれた白いお皿、その上には数種類の甘味の列。砂糖で果実を煮こぼしたジャムのようなものでしょうか。頭の中の記憶にあるれんげのような匙に、ひと口ずつ盛られています。


 それではお役目の時間。わたしは甘味に向かいぺこりとお辞儀し、


「では、いただきます」

「ええ、お願い致します」


 一つ目のれんげに手を伸ばし、その紫色の何かを口に入れました。強烈な甘あじ。頭の中の記憶にあるブルーベリーみたいな果実のようです。


 二つ目は橙色のマーマレードのようなもの。柑橘系の果物を使ったのでしょう。三つ目の緑色のものを口にした時、今日わたしが呼ばれた理由が分かりました。


「すみません、ナーダさん。お茶ではなくお水をいただけますか?」

「あ、それやっぱりハズレだったのね。よかったわ……」


 三つ目はおそらく瓜のようなものだと思います。強烈な苦あじと青臭さを砂糖でむりやり包みこんだ、キッツイお味でした。


 わたしはナーダさんの淹れてくれたお水を飲みながら、なるほど、と思います。


 アーティナの男性は食用植物の見分けが付いていないのです。付いていないのに集めまくって作りまくった結果がこれなのです。


 この結果に至った要因。それはアーティナとゼフィリアの違い、その選択肢。


 ゼフィリアは面積が狭く資源が乏しい島故に、選択肢が少なかった。ですが、頭の中の記憶にある日本という国の引き算でお料理をする文化がゼフィリアの人間と極めて相性がよく、それが様式の固定化への近道となったのです。


 対して、現在のアーティナは選択肢が多過ぎるのです。材料、調味料、調理法、どの組み合わせを選べば自分達の気に入るものが作れるのか、どれが自分たちの毎日の生活になるのか。ナーダさんが参考を求めるのも無理はありません。


 問題なのは、判断基準である味覚という感覚。


 味覚というのは主観に偏った評価しかできない感覚で、とてもあやふやなもの。これを解決するにはわたし一人の頭だけでは荷が重いように思えます。


 というか、既に問題が浮上し始めているのです。それはいわゆるゲテモノの出現。


 何故こんなマズイものを作ってしまったのか、という事故のようなもの。こういうものは多様化の前にいち早くその根を絶たねばなりません。


 頭の中の記憶では食文化も競争化されていて、お味のよくないものは自然と淘汰されているようでした。しかし、わたしたちの食文化はそれ以前の段階、ある意味で混沌期。


 更に、アーティナの男性には重大な欠陥があるのでは、とわたしは予想します。これはおそらく、ナーダさんやアーティナの女性も気付いているのだと思います。


 わたしは一通りのお味見を終え、れんげをお皿に置き、


「ごちそうさまでした。あの、ヘイムウッドさんはこの中でどれがお好きですか?」

「難しい質問ですね……」


 わたしの質問に、ヘイムウッドさんは無駄に艶かしい表情で悩み、


「俺としては、どれも捨て難く……」

「ちなみに、他のアーティナの男性も同じなのでしょうか?」

「少々お待ちを……。ええ、そうです。皆どれもうまいと言っております」

「なるほど」


 わたしは頷き、ナーダさんとお顔を見合わせました。交差する視線。シッカカカーンとお脳に電流が走るような感覚。


『シタガオカシーデース!』

『ヤッパリネー!』


 以心伝心、女性同士のテレパシーのようなもの。何かよく分かりませんが伝わりました受け取れました。


 終了です! 詰んでますこれ!


 わたしの疑念、そう、アーティナの男性は甘いもの狂いのダメな舌の持ち主ではないか、ということ。今日用意された甘味はその素材がどーとか以前に甘さがハンパなかったのです。


 そんな人間たちがその習性の赴くまま人に食べ物を与えたらどうなってしまうのか。ナーダさんたちは危機回避に頭を悩ませたに違いありません。


 そこで用意されたエクスキューズがわたし。


 今日のお味見は、「わたしが嫌がったものは女性に与えないように」そう男性に刷り込むための試食会だったのです。ですが、これは最早それ以前の問題。ていうか胸焼けし過ぎて超きもちわるいのです。


「すみません、ヘイムウッドさん。お茶のお変わりをいただけますか?」

「勿論です、姫君!」


 大型犬のようなはしゃぎようで嬉しそうにお茶のおかわりを淹れてくれるヘイムウッドさん。頭の中の記憶のゴールデンレトリバーのような感じでしょうか。いっそ犬だったらよかったのにと、残念でなりません。


 わたしはお茶のおかわりをいただきながら、極めて平静を装い、今日のサンプルから砂糖漬けに適したものをヘイムウッドさんに伝えました。


「あとは他の植物の資料もいただければと思います。後日、そのものにあった調理法をまとめますので」

「それは素晴らしい! ありがとうございます、姫君!」


 青い瞳をキラッキラに輝かせ、ヘイムウッドさんは満面の笑み。わたしはその眩しい笑顔に目を細め、お茶をひと口。天井を仰ぎ、ふうと息を吐き出しました。


 お茶碗から伝わってくる熱を手の平で感じながら、わたしはこの世の無常を噛み締めます。


 きれいなお花が咲き誇る温室に見目麗しい男性たち。望めばその筋肉でどんなものでも用意してくれる。おそらくは女性にとっての至上の楽園。


 それなのに……、


 視界に映るのは、青い空をゆっくり流れる小さな雲の欠片たち。


 ここにいる男性の舌が終わってるというだけで、何故こんなに空しい気持ちになるのでしょう……。


 わたしは空を眺めながら、呟くように、


「ゼフィリアはアーティナを姉妹とし、礼を尽くし、共に耐える……」


 それから姿勢を正し、まっすぐにナーダさんの方を向いて、


「でも、この問題は無理です。ごめんなさい、ナーダさん。諦めてください……」

「メイ……」


 その緑の瞳を潤ませ、ナーダさんは悲しげな表情で俯いてしまいました。


 わたしとナーダさんが諦めモードに突入していると、対面のキラキラ生物が何かを気にするように横を向き、


「殿下、ひとり増えてもよろしいでしょうか?」

「いいわよ、勝手にして」


 疲れた様子で答えるナーダさんのお隣で、わたしはだらんとうなだれます。ですよね。今更麗し生物がひとり増えたところで、事態が好転するとは思えないのです。


 わたしとナーダさんがしばらくまったりお茶をいただいていると、遠く見える木の陰から一人の男性が姿を現しました。


 ボロボロになった白い着物に白い肌。

 ボサボサになった金髪と水色の瞳。

 中肉中背、険のある目付きの三白眼。


 不機嫌そうな気配を全身から発している、この世界ではめずらしい雰囲気の男性。


 こちらに向かって歩いてくるその人に、ヘイムウッドさんは、むっと形のいい眉をしかめ、


「ジット。お前、簡単な水浴びで済ませてきたな? きちんと風呂に入って来い。味も香りも混ざってしまう」

「分かってるさ」


 その男性がお返事をした直後、ことりと何かが落ちる音が聞こえました。それはナーダさんが地面にお茶碗を取り落とした音。


「ぎ……」


 わたしの隣、ナーダさんが突然ガタッと立ち上がって、


「銀海のディレンジット! 追放を言い渡されたあなたが何故ここにいるの!?」


 大きな声を上げました。ナーダさんは顔面蒼白、その全身はカタカタと震えています。


 そんなナーダさんをスーパースルー。ヘイムウッドさんは新しい椅子を用意し、不思議そうなお顔でのんびりと、


「ジット。お前、リルウーダ様に出禁喰らっていたのか。一体何をしたんだ」

「知らねえよ。俺は好きにやってるだけだ」


 そう言って、ディレンジットさんという男性は静かに着席。その直後、ナーダさんがバンと机に手を叩き付け、


「出て行きなさい……。今すぐこのアルカディメイアから出て行って!!」

「うるせえ殿下だ」


 眉間にシワを寄せてお顔をしかめ、ディレンジットさんはため息を吐きました。


 そして、机の上にはいつの間にか甘味のお皿。フレッシュチーズムースにあらゆる果実の砂糖漬けをドバっとかけた、見ているだけで胸焼けしそうな一品が。おそらくヘイムウッドさんが超速で用意したのでしょう。筋肉。


 ヘイムウッドさんは空気を読まないほっかほかの笑顔で、


「こちらはアンデュロメイア様、ゼフィリアの姫君だ」

「ゼフィリア? ああ、デイローネ様の直系か」

「素晴らしいお方だ。茶も食事も、姫君のおかげで洗練された」

「へえ」


 わたしなどには目もくれず、ディレンジットさんは匙を手に山盛りの甘味を食べ始めました。そんなディレンジットさんに向かい、ナーダさんは再び机をバンと叩き、


「ディレンジット! 他に誰か来ているの? 言いなさい!」

「知らねえよ、殿下」

「まさか、アーティナ本島にも上陸していたの!?」

「ゼ・クーのおっさんとたまに酒の材料を集めに行くぐらいだ」

「ゼ・クー? まさか、黒海のゼ・クー!? そんな、黒海の御方まで……!!」

「え、クーさん?」


 聞き覚えのあるお名前につい反応してしまうと、ナーダさんはそんなわたしをキッと見下ろし、


「クーさん? メイ、あなたまさか五海候と懇意にしてるんじゃないでしょうね!?」

「しし知りません覚えてません! わたしは関係ありません!」


 わたしは両手を振って全否定。そうでした、スナおじさまに忘れろと言われていたんでした!


「いい!? この男達とは接触禁止! 次に見かけたら全力で追い出すのよ!」

「わわわ分かりました!」


 まくし立てるナーダさんに、わたしは全力で頷きました。クーさんたちもアレなんでしょうか、かなめ石と同じで触れたらダメなことなのでしょうか。


 よく分からないわたしは腰巻を握り締め、椅子の上で体を縮こませました。小さくなったわたしがちらりと机の上を見ると、ディレンジットさんの前にもいつの間にか湯気を立てるお茶碗が。筋肉。


 甘味の山をがぶがぶ食べ続けるディレンジットさんに、ナーダさんは引き続き凄い剣幕で、


「ちょっと! 早く出て行ってって言ってるじゃない!」

「うるせえ殿下だ」

「ジット、ズルイじゃないか。ゼ・クーのおやっさんと一緒に果物摘みなんて。どうして呼んでくれなかったんだ」

「知らねえよ」


 そして、あっさり消え去る甘味の山。ディレンジットさんはお茶を飲み干し、ふらりと立ち上がり、


「ウッド。あの白い花、蔓みてえなヤツ。あれの匂いを食いモンに付けらんねえのか?」

「あの一日しか咲かない花か? やってみるが、あれはなかなか育たないぞ?」

「ここは何処だよボケが。何のために集まってんだお前ら」

「言われてみればそうだ。ガナビアの連中にも声を掛けてみよう。やってみるよ」

「めでてえ野郎だ……」


 そう吐き捨て、ディレンジットさんはくるりと回れ右。わたしたちに背を向け、ゆっくり歩き始めました。


「まっ、待ちなさい! ディレンジット!」


 その背中を呼び止め、ナーダさんは右手で青と白、二つの石を作成。その青い石を見て、おおっとわたしは感嘆。


 それは耐用年数が一桁増加している見事な簡易生活用水込め石。もしかしたら、あれから練習してくれたのかもしれません。


「水と、それと着物よ。これがないとあなた達だって困るでしょう?」


 おや? わたしは首を傾げました。アーティナは水と砂の島。ディレンジットさんがアーティナの人ならば、水込め石を作れる筈なのですが、何故なのでしょうか。


 加えて、気込め石は誰にでも作れる石。もしかしたら、ディレンジットさんは生活用の石作りが苦手な方なのかもしれません。


「知らねえよ」


 立ち止まり、不機嫌そうな声を放つ白い背中。ディレンジットさんはほんの少しだけ振り向き、


「俺は好きにやるさ」


 それだけ言うと、立ち尽くすナーダさんをそのままに、花畑の向こうに行ってしまいました。


 何も抱えてはいないのに。何も持ってはいないのに。まるで今と言う時間が、この地面が大切であると確かめるように、ゆっくり歩くその後姿。


 アーティナ領の巨大な温室。

 色鮮やかな花々が咲き乱れ鳥たちが歌う、男たちの花園。


 ヘイムウッドさんはのんびり椅子から立ち上がり、ナーダさんのお茶碗を拾い上げ、そして空気を読まない嬉しそうな様子で、


「ジット、次の砂糖漬けが出来たら呼ぶからな」

「ああ」


 その声にひらひらと手を振り、ディレンジットさんは大きな木の陰に消えていきました。


 ナーダさんは頭を抱え、机に突っ伏し、


「だから呼んじゃダメなのかしら?!」


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