ハミ出てますよっ!!

J・P・シュライン

ハミ出しは突然に

0-1 ハミ出す男

 関東の片田舎のショッピングセンターの駐車場に、場違いな車が1台。

 ホワイトメタリックの巨大な鉄の塊が、凶暴な佇まいで周囲を威圧している。


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 世界に数ある高級車のなかでも指折りの超・高級SUVだ。

 日本の公道では明らかに不必要なその加速性能と、左ハンドル仕様しか販売しないというランボルギーニ社の強気の販売方針、そして何よりその値段から、日本人のオーナーはまだ少ない。


 そんな高級SUVの左側には、ドアを開ける隙間もない程ぴったりと軽の乗用車が止まっていた。


 その車に近づく男が一人。


 年のころは40前後、短く刈り込んだ頭と黒く日焼けした肌は、濃い色のサングラスとはだけた胸元のネックレスのせいか、逆に不健康だ。

 連れのくたびれた五十女は、似合わない帽子をかぶり、ガラケーを片手に何やら動画を撮っている。

 男はレジ袋を下げて、ガニ股で自分の愛車<>に向かっていたが、何かに気づくと、物凄い勢いで歩き出した。


 その姿は、まるでフードコートに解き放たれた腹ペコのガキのようだ。

 男は、軽の前に立ちはだかると、いきなりバンパーを蹴りまくり、中に乗っている俺に向かって言い放った。



「テメェ!んじゃねぇよ!!」



「・・・・・・・」


 白線をハミ出したバンパーが、ガシガシと蹴られ続けられる愛車タントの中で、俺は無言のまま怒り狂う男を見ている。


(こういう男が煽り運転するんだろうな…。)


 呑気にそう思っていたが、ただ蹴られているのも癪なのでスマホで撮影してみた。

 蹴られながらも撮れた動画を再生してみると、かなりショッキングな映像だ。

 満足した俺は、エンジンを掛けてバックすると、まだこちらに向かって怒鳴り続けている男とウルスのナンバーが一緒に映るよう、写真を撮った。

 そして、動画をメールに添付して送信すると、男が車に乗り込む前にショッピングセンターを後にした。



 5時間後



 俺はラーメン屋に入った。

 特筆するほどの味ではないがいわゆる丁度いいラーメンを食わせる店なので気に入っている。

 店の角で睨みを聞かせているテレビの画面には、見覚えのある男が映っていた。


「また、煽り事件です。」


 若い女のキャスターが、呆れたような感想と共に原稿を読み上げている。


「これは酷いねぇ~。」


 チャーハンを煽りながら店のオヤジも呆れている。

 俺は、恥ずかしさを隠すように、メンマ摘み上げると口に放り込んだ。


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 俺の名前は、一郎

イチロウ」などと呼びにくい名前のせいで、いつも「」と呼ばれている。

 両親が共に公務員だったせいか、家族は規則にうるさく、ルールからハミ出さないように育てられた。


 だが、出しはいつも突然だ。


 小学校のリレー大会。

 足が速かったせいでアンカーに選ばれた俺は、その日も余裕だった。

 混戦でバトンを受け取ると、一気に加速してグングンと独走態勢に入り、学校中の注目を集めた。

 が、俺は気づいていなかった。


 ズリ上がった短パンから出していたのだ!


 が!!


 皆んなの注目は俺の速さじゃなかったのだ!


 その日から、俺の人生は変わった。


 いや、正確には大学を卒業して親元を離れるまでは変わらなかった。

 だが、社会人になった俺は誓いを立てた。


 出してやる!!!


 規則やら同調圧力、世間体だのプライドだの、そんなもんクソ食らえだ!


 俺は、俺を縛るすべてのモノから出してやる!!


 そう誓って早10年、30歳を超えた俺は、未だに大した出しは出来なかったが、そこそこ満足な出しライフを送っている。

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「では、次のニュースです。」


 自分の投稿が世間を騒がすとは思っていなかった俺は、やっと気恥ずかしさから解放された。

 ふと見ると、オヤジの耳から耳毛が出している。


 鼻毛


 あいつはダメだ、人を不快にさせる。

 出しにもルールがあるのだ。

 人を不快にさせる出しはダメなのだ。

 その論法でいけば、駐車場の出しはご法度だが、たまには道を踏み外したくなるものさ。

 それはそうとして、耳毛に話を戻そう。


 耳毛


 アレは福毛とも呼ばれる縁起のいいものだ。


 幸せに出ているソレを見て、幸せな気分になった俺は、一滴残らずスープを飲み干すと、千円札をカウンターに置いた。


「うまかったよ、ごちそうさん、釣りは恵まれない子供にでもあげてくれ!」


 そう言うと、店を後にした。


 いい事がありそうな予感がしたので、しばらく辺りをふらふらと歩いてみたが、日常生活で出しのチャンスは意外と少ない。

 諦めかけたドラッグストアで、下の方の商品に目をやった俺は、目の前にしゃがんでいる女を見て仰天した。


(この女、ケ、ケツが出てやがる!)


 あまりの豪快な出しっぷりに、俺は思わず最悪のひと言を発してしまった。


「あ、あの…、出てますよ。」

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