神と人間

上杉楓

神と人間

 夢の話をしよう。

 

 その世界で私は、雲の上に住む神の一人で、下民管理課の役人だった。下民管理課というのは、下界の人間どもの監視をする役所である。神の世界といっても、下界の人間のようにたくさんの神がいてそれぞれ仕事があるのだ。まったく世知辛い。

 私が仕事に就いたのは千年ほど前のことだが、このところ人間は進歩し飛躍的な発展を遂げているようだ。それ自体に大した興味はないのだが、臭い煙を出し大気を汚したり、分別もせず大量のゴミを捨てたりと神の世界にも影響が出て大問題となっている。特に食料生産地では植物の生育不良が目立ち、深刻な食糧不足が懸念され糧食省はてんてこ舞い。いくら我々神といえども、有害物質にはほとほと手を焼いているのだ。

 人間ごときが我々の手を煩わすなど到底許されることではない。なにか対策を講じる必要があった。


 さて、我々神を神たらしめる所以、それにはいろいろある。なかでも、人間にはない技術やそれを利用した神具がもたらす力がその主たるものであるが、神具中でも最も重要視されるのが「時空間逆行化装置」通称『リセットボタン』である。

 『リセットボタン』が創られたのは、今から四十万年も前のこと。当時の最高神が神具省に命じて創らせ、それ以来大切に保管されてきた。効力は読んで字の如く「指定箇所の時間を任意の分逆行させる」というものだが、効力の大きさもあり非常事態にしか使用されない。その事態とは災害等の『世界危機(大抵はこちら)』、そして『人間の過剰発展による被害の回避』─────要するに、今のような状況である。

 

 『リセットボタン』の使用は最終手段であり、使うには慎重な検討を要する。そこで、私たち下民管理課の代表と関係省庁、行政トップでの会議が開かれ『リセットボタン』を使い、下界を過去に戻すかどうかが話し合われた。神の長は「人間にも少しは知能があるのだから、もう少し待とうではないか。もしかすると、百年ぐらいで改善が見られるかもしれんぞ」と、使用に慎重な意見を示した。しかし多くの神たちは、「現在も十分に世界への影響は強い」として、『リセットボタン』の使用を求めた(特に、糧食省代表の演説は猛烈なものであった)。そこで、人間でいうところの国民投票を行って『リセットボタン』使用の可否を決めることになり、それで会議はお開きとなった。


 数日後、『リセットボタン』使用の投票が行われた。投票といっても、我々神はテレパシー能力で投票できるため、ほぼ瞬間的に集計までを行うことができる。人間たちとは違い、文字をを書き付けた紙をちまちまと箱に入れるような非効率的な真似はしない。まあ、知能の低い人間には、こんな簡単なこともできないのであろうが。哀れなことである。

 結果、九十二パーセント対八パーセントという大差で、『リセットボタン』の使用が認められた。糧食省長官が裏で何か…という話も流れてきたが、まあ聞かなかったことにしよう。それから『リセットボタン』を起動するのは、下民管理課所属の二千柱(神の単位は”柱”である、人間ごときと一緒にするな)の中から抽選で選ばれた、屈強な大男に決定した。確かあの男は、アジア地区の副統括で、日本支部の部長だったかな。『リセットボタン』の運び出しも終わり、いよいよ『リセット』の日も近い。


 『リセット』当日。

 すべての神たちが見守る中、日本支部長の大男の手によって『リセットボタン』が押された。地球の陸地、海、すべてが一瞬青く輝き──────────



 次の瞬間には、地球は中生代白亜紀に戻っていた。人間時間にして一億年ほど前である。恐竜の咆哮が天高く轟き、翼竜は軽やかに空を舞う。海には奇怪な生物が泳ぎ、陸には広大な森林が広がる。神々は、これで楽になるぞと、口々に喜びの言葉を交わしていた。




 さて、地球が原始に戻ると、下民管理課の仕事はしばらくお休みである。ほかの役所も、人間の影響がなくなったため仕事が大きく減った。そこで我々は、神の世界をもっと発展させるべく、神の世界の改造計画を行うことにした。人間界とは比べ物にならない高層建築が立ち並び、高速で移動する乗り物をつくり、神の世界はますます豊かになった。この計画によって、有害なガスやゴミが、宇宙に大量にまき散らされたが、誰一人気にするものはいなかった。それはそうだ、自分たちが発展するのを止めることなど、考えるはずがないではないか。環境なんて気にしてはいられない。神々はどんどん豊かになってゆき、そのたびに、宇宙に有害ガスやゴミを撒き散らしていった。





 「地球支部長、そろそろやりますか?」と、望遠鏡らしきものを覗いている男が言う。すると、隣のもう一人が返す。「そうだな、もう時間だ」支部長と呼ばれた男の右手が、大型の装置に伸びる。次の瞬間、雲上の神の世界がまばゆく青に光り、輝きで視界は真っ白に染まった。

   





そこで目が覚めた。

起きてまず向かったのは、分別など気にもしなかった、台所のゴミ箱である。

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神と人間 上杉楓 @mutsuraboshi

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