第81話 賢者と青年は塔を下りる
真っ直ぐと伸びる光で照らされた薄暗い廊下を、暗緑色のジャケットを着た二つの背中と一つの小柄な背中が、バリエラの目の前を歩いている。
先導するノルソンが手持ちのライトで行き先を照らしていた。複雑に絡み合った道と壁が絶えず死角を生み、一つの光だけでは全く周囲の様子は分からない。そのため、メキがいつでも飛び出せるように後ろで控えていた。そして、続くようにカナリナが付いていき、賢者であるバリエラは最後尾だった。
ちなみに、部屋で出口を塞いでいた白銀の怪物は、大柄すぎて狭い通路では動けないという理由で、ノルソンにどこかの空間へと回収されていった。
見た目は普通の廊下にすぎないのに、先を行く二人は警戒を欠かさず、周囲へ目線を配っている。実際、この通路には透明化した魔物が数匹潜んでいた。罠があるから通路に出るなという警告は、このためだったらしい。
「メキ、そこの壁を叩いてくれ。おそらく擬態で道を塞いでいる」
「分かった」
左右に二手に分かれた通路で、メキが真正面の壁を思い切り殴りつける。拳には何らかの力が込められていたのか、触れた途端に壁は黒く変容し、瞬時に形を崩していった。隠し通路をライトで確認したノルソンが頷き、この先に階段があると言った。
「す、凄いです」
何もない壁に道ができて、カナリナが驚嘆する。ノルソンが異世界の人間とも知らない彼女は、変形した左の義眼も未知の魔法くらいにしか思っていないようだった。気味悪く感じるどころか、むしろ目を輝かせている。
ちなみに、彼の義眼には視認した対象を解析する機能が備わっているらしい。索敵魔法が通じない魔物たちの潜伏も、これで全て看破していた。
「その光る目で、見破ってるんですよね! どんな魔法なんですか?」
「そうだな。簡単に言えば、周りが良く見えるようになる魔法だ」
「どれくらい効くんですか?」
「この程度の暗闇なら見通せるくらいの効力はあるな」
「確か、索敵系の魔法は音系統と光系統の複合でしたっけ。光は分かるんですけど、音って出ています?」
「ん? ああ、出ている。普通の人には聞こえない特殊な音なんだ」
「えっ、それって透明な音のことですよね。魔法書で読んだことあります」
「…………? そもそも音は透明なんだが……いや、そうだ。多分、その通りだ」
なんか、未知の魔法が勝手に作られていくわね、とバリエラは二人の会話を聞き流しながら思った。ノルソンの義眼は、あくまでも異世界にある未知の技術によるもの。きっと魔法とは根本的に成り立ちが違うのだろう。
魔法の専門用語と絡めだしたカナリナに、なんとか話を合わせようとする青年を尻目に、バリエラは少し退屈ぎみに欠伸をする。優秀な看破能力のおかげで、今のところ罠には引っ掛からず、奇襲にも対応できていた。だから、賢者としては暇でしょうがなかった。
だが、未知の魔法?を聞き出すために、カナリナは根掘り葉掘りに質問攻めしている。しつこいほどの質問に、ノルソンも若干の冷や汗を流しているようだった。半分以上が造り物の肉体と聞いていたが、どうやら発汗はできるらしかった。
「特殊な魔道具なんですね。じゃあ、どういう構造なんですか?」
「流石に、そこは造った人間に聞かないと分からないな」
「知ってることだけでもいいです。何でもいいですので教えてください」
「目から光を照射して、……そうだな、……いろいろと解析しているんだ」
「見たまんまじゃないですか!? 詳しい内容を教えてください!」
気迫を帯びてきた質問攻めに、ノルソンはまともに答えられないようだ。そして、バリエラのほうに視線を何度も投げ掛けている。どうやら止めて欲しいようだった。途中から面白かったので放置していたが、流石に不憫なのでカナリナを止めることにした。
「やめときなさいよ。困らせてるじゃない」
「うう……、絶対まだ隠してます。隠し事をしている雰囲気があります!」
「すまないな」
子どもだから甘く見てた、とノルソンが小さく呟く。適当に誤魔化せば満足すると思っていたらしい。だが、一方のカナリナはまだまだ不満そうに唇を尖らせている。まだ諦めていない様子だった。
「実は、構造については口外するなと硬く言われているんだ。契約に違反することはできない」
「ノルソンさん、ケチです」
「約束事だから仕方がない」
最初から知らないの一点張りで良かったんじゃないの、とバリエラは見てて思った。勿論、口には出さなかった。
前方の警戒を再開した青年は、隠し通路で見つけた階段を凝視する。更なる解析を行っているらしい。見慣れない異世界の技術に、やはり魔法士だからか、バリエラも違和感を覚える。
(魔力が全く感じられないというのも不思議な感じね)
異世界の技術の存在を知らなければ、魔力を用いない魔法という矛盾の塊にしか見えない。そのうえ、索敵魔法ほどの広範囲は無理だとしても、局所的であれば十分に活用できる技術だった。カナリナに興味を持たれるのも当然かもしれなかった。
「そっちの技術が流用できないのは残念ね」
「そうでもないさ。俺からすれば君たちのほうが羨ましい。この義眼だって、目が潰れなければ付けようとは思わないさ。入ってくる情報で視界が狭まるしね」
「良く見えるようになるのに視界は狭まる? どういう意味ですか?」
「……。いろいろな欠点もあると思ってくれ……」
すかさず食いついてきたカナリナに、青年は食傷気味に応対する。それから今後は技術に関する質問は受け付けないとカナリナに告げた。当然、カナリナはむくれたが、バリエラがどうにか諫める。結構な反発を受けた。
カナリナが落ち着いたのを見計らって、ノルソンは下へと向かう階段へと指差す。どうやら下っていくつもりのようだ。
「上には行かないのね」
上に続く階段もあったのに、全く迷いを見せずに下階への道を選んだ青年に、バリエラは首を振った。
「ああ、普通の建物で考えれば、およそ四十階の高さにいるからな」
「えっ? 四十階?」
「そうか、飛ばされたことに気づかなかったんだな」
一瞬、聞き違いかと思ったが、ノルソンは肯定した。最初、地下牢に閉じ込められていたんじゃなかったっけ、とバリエラは記憶を辿る。あまりにも前提が違いすぎて思わず混乱しかけた。
「空間が歪んでいる場所があるらしい。俺たちも真っ先に
まぁ、結果的には飛ばされて正解だった、とノルソンは呟く。バリエラたちと合流できたのも偶然によるところが大きいらしい。
「ちなみに、飛ばされた後で引き返そうにも、元の場所には戻れない。外壁の破壊もメキが試したんだが……」
「壊せた。けど、すぐ戻った」
「どうやら破壊しても自動復元されてしまうようだ。まあ、わざわざ高いところから命綱なしの飛び降りなんて、誰もしたくはないだろう」
魔導人形の勇者が淡々と語った言葉足らずの成果を、ノルソンは少し膨らませて解説した。ここまで行動を共にして知ったが、魔導人形の勇者は必要以外では、あまり喋らないらしい。警戒中はほとんど沈黙している。
「更に付け加えると、この自動復元の際は激しい揺れが起きる。もしかしたら、君たちも巻き込まれたかもしれないね」
「あの揺れ、あなたたちが原因だったのね……」
突然やってきた激しい揺れに、あの黒魔人が困惑したのは、そういうわけだったらしい。あのときも複数の幸運が重なってくれたようなものだが、あの規模の大振動が起きるとなると、壁を突破しての脱出は本当に最終手段にしたほうが良さげだった。
そもそも、あの崩落に巻き込まれて無事だったのも、近くに歪んだ空間があって、運よく転移できたとでも考えなければ、辻褄がつかない。
「脱出までは、かなり遠い道のりになりそうね……」
「そうだな」
思わずした呟きに青年も賛同する。聞けば聞くほど、この塔からの脱出が困難だと思い知らされる。階段を下りると今度は赤褐色の階層に辿り着く。既視感を覚える色にバリエラは嫌気が差した。
「また迷路か」
道幅はやや広く、途中で部屋のようなものはない。だが、少し先を照らしただけで、真っ直ぐの通路の最中に、三つは岐路があることが分かった。骨が折れそうだとノルソンも辟易とした表情を見せる。だが今回は、問題は迷宮だけではなかった。
真っ直ぐ伸びた通路の最奥で、人の頭身をした何かの影が、暗闇に浮き上がっていた。一番先に声を上げたのは、カナリナだった。
「バリエラさん、あれって……」
「……敵」
「珍しいな。たいてい、数人は固まって行動している印象だったが」
魔導人形の勇者は腰を据えて身構え、青年もいつ取り出したか分からないナイフを逆手に握る。どうやら両者とも復魔兵とは既に遭遇済みらしい。そして、バリエラは歯を強く噛みしめた。
間延びしたライトの淡い光に照らされたのは、黒いローブとその内側で重ね着された親衛隊の白制服。頭部では唯一、覚えのある濃緑の髪が生気なく垂れていた。ニャアイコの姿をした復魔兵が、バリエラたちを待ち構えていた。
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