第59話 兵士と神は不穏を感じる
業火を帯びていた無数の黒腕が、崩れるように霧散する。水のように透過していた全身は、竜の勇者によって大穴を穿たれたときに、炭塊となってぼろぼろと形を失っていく。
「手加減の必要がないのであれば、こんなものだ」
少し誇らしげに胸を張りながら、堂々とした態度でアカが上空から舞い降りる。事実、彼が本気を出してからは早かった。黒腕の魔物も応戦しようとしたが、炎を纏った触手の槍も、巨腕による薙ぎ払いもアカには通用しない。というより、自然現象すらも操る奇跡を持つアカに対して相性が悪すぎた。
終いには、自身を燃やす炎さえ掌握されて、再生を上回る早さで怪物は燃やし尽くされたのだった。弱点と見られていた正面の黒い球体も、そのときには既に爪で貫かれている。その戦いの残骸が、今のサユイカたちの目の前で広がっている景色だった。
山頂は炭や煤の色で染まっていた。あれだけの炎と熱が振り撒かれていたのだから、草木は一本も生き残っていない。岩すらも壊れて原形を留めていない。唯一、戦いで抉られて固まった泥の地面が、サユイカたちや怪物の足跡を記録として刻んでいた。
「これで、魔物の群れがあれ以上、増えなくなればいいんですが」
警戒するようにサユイカは周囲を一瞥する。戦いの途中で怪物が発生させた黒蜥蜴の一匹でも、実は生き残っているのではないかと見回した。
「……まぁ、あの化け物があの蜥蜴どもを生んでいたことには間違いねえだろうよ。確実に発生源は一つ潰した」
周辺に生物の気配がないことを確認し終えたクラダイゴは、渋面したままだった。視線は山の外を向いている。今いる場所が、このあたりで最も標高が高い山の頂上というだけあって、周囲の山々の様子も一目瞭然だった。
副隊長の視線を追って、サユイカは溜息をついた。
「本当に、一つしか潰れてないんですね……」
軽く見渡しただけだったにかかわらず、他の山頂から黒い線のようなものが麓のほうへと伸びている。それが何であるかは、今さら見当をつけるまでもない。ともかくこれで、黒い魔物の群れの発生源は複数あることが確定した。
「……ふん、特に問題なかろう。順に潰していけば良いだけの話だ」
まるで最初から気づいていたとでも言うかのように、竜の勇者は親衛隊の二人へ手を差し出した。これから飛んで向かうことは語らずとも理解できる。
長い戦いになる。サユイカはそう直感せざるにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
「すこし妙じゃないか?」
地上で起きた戦いの一部始終を見ていた先輩神が、作業と同時にモニタリングも行っていた二神に疑問を発した。
突如、出現した黒い魔物の群れ。創造世界を管理する神たちに、影響がないはずはない。無限に湧き出てくる世界のバグへの対応に、猛烈に追われている最中だった。だが、最近では感覚が麻痺してきたのか、三神ともこれくらいの
とてつもない仕事量にもかかわらず、後輩神も人形神も平然とした顔をしている。
「……? どこかに変なとこありましたか、先輩」
「ああ、なるほど。確かに音沙汰がないからねぇ」
まったく思い当らない表情の後輩神に、人形神が訳知り顔をする。そのまま人形神は、ボクは分かってる、と口には出さないまでも先輩神の肩に手を置いて、うんうんと頷く。
「引き籠ったきり、姿を見せない魔人のことが心配なんだねー。別に大丈夫だよー。きっと元気な顔を見せてくれるって」
「勝手に設定を付け足すな!? というか、その場合だと立ち位置的に、私が魔人の創造者になってるじゃないかっ!」
一応、魔人の姿が未だ確認できていないことも不自然な話だが、先輩神が気にしているのは、そこではなかった。
「じゃあ、腕だらけのスライムが急に出てきたことへの違和感だねー。あの魔物の群れの構成を考えるなら、やっぱり中ボスにはでかい恐竜とかドラゴンとかのほうがふさわしいし」
「中ボスとか知るか!? 敵の出す魔物をいちいち批評するわけないだろ!」
どちらかといえば、発生した魔物そのものより、
「えー、違う? まさかっ! あの異世界人が活躍しないことが不満なんじゃ」
「――こんなときに私情を挟んでどうするっ!?」
やや困惑気味に先輩神が声を尖らせる。ノルソンは先輩神の許可を得て、
召喚された
現状、ノルソンは足止めから漏れた魔物たちには手を出していない。あくまでも彼のスタンスは助力。そもそもの話、群れの討伐自体は賢者たちに任せるつもりのようだった。
先輩神は使命を与えた側ということもあり、今の彼の行動方針に口出しするつもりはない。
「それで結局、何が妙なんですか、先輩。勇者や賢者たちは十分、健闘してくれてますよ?」
「――魔人の目的が不透明過ぎることだ。裏で暗躍していることだけは、なんとなく想像できるが、次に起こす行動が全く読めない」
未だに各地で潜伏している魔物たちがいる一方で、エベラネクトには、これでもかというくらいの黒い魔物の集団が暴れ出している。せっかく影響下に置いた水の勇者も、魔物たちと行動を共にするだけであり、宝の持ち腐れをさせているように見える。
「えっ、普通にエベラネクトを滅ぼそうとしているだけじゃないんですか?」
「わざわざ、あんな小さな街一つを滅ぼそうとするか? 流石に過剰戦力すぎる。敵の量からして、賢者たちが到着する前から準備を進めていたとしか思えん」
「えっ、でも、今までの魔人って、街を滅ぼそうとしてませんでしたっけ……」
「氷の魔人のときのテムルエストクは、王都に近い砂漠の都市。灰色の魔人のときのレイガルランは大結界の結び石が設置されていた街。どちらも重要な場所に違いない」
「エベラネクトってだいぶ西にありますよね。最西端の結び石がある街にも近いんじゃないですか?」
「………………」
ちなみに、エベラネクトが最西端の街に近いのは事実である。結び石が最西端の街にもあることも勿論、事実である。
「いや、それなら結び石がある街を直接、襲撃するはずだ。わざわざ近い街を襲う利点など……」
「エベラネクトって大結界に近いうえに、人々が踏み入らない樹海も付近には多いです。大量の魔物たちを潜伏させるにはうってつけだと思いますけど……」
「………………」
「今回の敵の行動も大結界の破壊が目的じゃないんですか?」
首を傾げる後輩神を前にして、先輩神はまったく反論を考え付けられずに押し黙った。先輩としての威厳が立たず、顔は羞恥で真っ赤に染まり上がっていた。
そして、あたかも慰めるように人形神の手が先輩神の肩に置かれた。
「アハハ、脳筋思考の後輩ちゃんに、思考で負けちゃってるねぇ~。立つ瀬がないねぇー」
「…………」
無言で相手を見据えた先輩神の右ストレートが、人形神の顔面に炸裂することになった。
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