神は勇者を召喚しなければならない

瀬岩ノワラ

序章 勇者創造編

第1話 魔王討伐には勇者が必要

 神という存在は管理者と呼ばれることがある。自ら創造した世界を束ね、そこに住む全生命を見守る万能な存在なのだと、誰かが言った。


 あながち間違いではない。実際に、神は世界を管理する存在であるし、創造した世界で生まれた全生命体の行く末を見届ける存在であることに間違いない。


 だが、神の存在を定義した者はここまで想像していないだろう。


 世界を創造できるほどの力を持つ神だって、何だってできる万能者というわけじゃないのだということを。


 ――特に魔王に対しては。



◇ ◇ ◇



 無数ある創造世界の空間の隙間、そこに神専用に創造された狭間がある。自ら手掛けた住居で、赤茶髪を伸ばした神が目を覚ました。


 寝起き姿が男にも女にも見えるのは偶然ではない。その神は自身の姿を中性的にデザインしていた。彼もしくは彼女は適当に創造した水を宙に漂わせ、洗顔を始める。


 乱れた長髪は手で梳いて、後ろをゴムで一括にまとめ上げる。それで顔立ちは整うが性根は物臭なのかもしれなかった。


 実際、寝室兼の自室は家具が少ない。備わった創造の力で事足りてしまうので、内装や装飾などにさほど興味を抱かない神であれば、自然と殺風景な部屋になってしまうのだった。


 あまりに物が置かれていない部屋に突然ノックが響き、赤茶髪の神は怪訝そうに眉をひそめる。


 うるさいなと言いたげに乱雑に扉を開け放つと、すぐ傍で待機していたらしい、白銀の髪を背中まで垂らした女性神にクリーンヒットする。


 フリルのついたブラウスに、青い長スカートという出で立ちで、派手に尻餅をついた彼女は痛みをこらえて涙目で、けど少し慌てた様子で、部屋の主に声を掛けた。


「先輩! 大変です。助けてくださいっ!」


「なんだ後輩。寝起きだから騒がないでくれ。今、着替えるから」


 なぜかヘルプを求めている彼女は、ただいま起きたばかりの赤茶髪の神が指導鞭撻している後輩だった。なにやら仕事の話と勘付き、先輩神が手首を軽くひねると、それまでのパジャマ姿が差し替えられるように、教師が着こなすようなシャツとパンツという姿に早変わりする。


「お前が管理している世界に何かあったか?」


「魔王が現れましたっ!」


 魔王、それは神たちが創造した世界の摂理と秩序を歪めるイレギュラーな存在である。その存在そのものが世界の破綻を招き、放置すれば掛かる時間に多少の差はあれど、神が管理する創造世界は必ず滅んでしまう。


「魔王か。さては創造世界のバグを放置していたな? 後処理はきちんとするよう言っていただろ?」


「すみませんでしたっ!」


「まあ、よくあることだから気にするな。確かお前、魔王案件は初めてだっただろ? やり方は分かるか?」


「はいっ、勇者無双で即討伐ですっ!」


 イレギュラーである魔王への対処は、神が特別な力を与えた人間、俗にいう勇者に討伐させるのが通例だった。神自身の直接的な魔王討伐は、創造世界への負荷が大きすぎるという理由から行われていない。


「だいたい分かっているな。なら、どういう準備がいる?」


「勇者となる人間を選ぶか、新しく創り出します!」


「その次は?」


「勇者に与えてあげる能力を決めます!」


「最後は?」


「魔王討伐の使命と力を与え、勇者を誕生させます!」


「問題ないな。私がわざわざ出張る必要もなさそうだ」


 勇者を出現させて最低限のサポートをし、成り行きは創造世界に住む人々に任せる。それが神の魔王討伐における基本的なスタンスであった。


「しかし、それならいったい何に困って――――」


「バグが原因で、選んだ人間に力を与えることができませんでしたっ!」


「――ん? 珍しいバグだな、それは……」


「勇者候補たちは果敢にも魔王に挑戦して、皆、華々しく散ってしまいました」


「……人材はまだ創造という手段があるからまだなんとか」


「ついでに地上の大部分が魔物たちに制圧されてしまいました」


「それはまあ、――」


 適当に流しかけて先輩神は気づく、


「人類絶滅一歩前じゃないか!」


「だから先輩、全部なんとかしてくださいぃ!」


「――世界滅亡レベルの危機を簡単に丸投げするなっ!」


 あとでほぼ滅びかけている創造世界を確認しに行った先輩神は、いったいどうしてここまでひどくなるまで放置していたんだと叱咤した。

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