第43話『冷やし中華の会・1』 

須之内写真館・43

『冷やし中華の会・1』       



 冷やし中華は好きですか?


 そんなメールが鈴木健之助から来た。例の『かが爆破事件』の時に一緒になった写真家である。タイトルの次に、命拾いしたことを記念に中華料理でも食べないかという誘いだった。

 この寒い時期に冷やし中華というのも面白いし、何よりも直美は傷ついていた。高校時代のいい思い出が、その主役である栄美の変わりようにガタガタにされたからである。

 親のことで虐められていた栄美を助けて学校を辞めるハメになった。あんなことは人生で、そう何度もおこることではない。大事にしていた宝石が、一晩でガラス玉に変わったような喪失感だった。


 だから、乗ってみようと思った。


 鈴木とは、写真家ということ以外に共通点は無い。たまたま仕事の相棒になり、危うく命拾いをした。冷やし中華で始まるコース料理で、ウサバラシもいいと思った。

 決心した理由は、もう一つ。なんと仲間にボヘミアンの松岡秀一がいることでもあった。


「なんだ、普通の中華なんだ」


 松岡が連れてきた店の宋美麗がぼやいた。別に日本名を持っていたが、ガールズバーで働いている間は、この母方からもらった名前を名乗っている。大変な名前であることを知ったのは、ボヘミアンで働きだし、オジサンのお客さんに驚かれてからである。


 メニューは以下の通りだった。



 前 菜  : 季節の前菜4種盛り合わせ

 点 心  :小籠包・尾付き海老のパリパリ春巻き

 料 理  :国産牛ロースの香り炒め ソースセレクト

 特別料理 :北京ダック

 料 理  :大海老料理(いずれかチョイス)

[チリソース・マヨネーズ炒め・ピリ辛にんにく炒め・淡雪]

 スープ :ピリ辛北京ダックスープ

 麺 飯 :ふかひれと蟹肉のあんかけチャーハン

 デザート :杏仁豆冨


「おいしい!」


 前菜で、美麗が唸った。

 確かに、この蓬莱軒は店構えの割に美味しい。大海老料理のピリ辛にんにく炒めのときに話が出た。


「冷やし中華の会に入らないかい?」

「なんですか、それ?」

 質問したときには、二人のオッサンは、ピリ辛北京ダックスープ に取りかかっていた。

「前から構想はあったんだけどね、今度の件で、松岡と話が進んでさ」

「最初は、七月七日の冷やし中華の日に立ち上げるつもりだったんだけどね」

「それなら、似たようなのがあるんじゃないですか? 1970年代に作家やタレントさんがいっしょになって作った『冷やし中華友の会』が」

「うん、趣旨の半分はいっしょなんだけどね。みんなで美味しい冷やし中華を食べ歩く。未だに季節限定にしている店とか多いからね。その普及と、質的な向上を目指す」


 ふかひれと蟹肉のあんかけチャーハン を平らげたあと、杏仁豆腐ではなくて、本物の冷やし中華が出てきた。特性の酢と、ほんのりした焦がしニンニクが絶妙な味を醸し出していた。


「うーん、絶品ですね」

「ベッピンの口から聞くと、まさに一品モノの絶品だね」

 鈴木がオヤジギャグを飛ばす。

「じゃ、あたしも。絶品ですなあ!」

 美麗がリピートした。

「美麗は、まだカワイイのレベルでベッピンとは、ニュアンスが違う」

「それって、一応誉め言葉なんですよね?」

「当たり前。ボヘミアンで三か月連続のブービー賞の美麗だもん」

「あ、けなしてるー!」

 美麗がふくれる。なんとも言えない愛嬌がある。

「冷やし中華が日本料理だってことは知ってるよね?」

 鈴木がふってきた。

「え、中国にないんですか?」

「最近は、逆輸入で、中国のお店でも出してるところがあるみたいだけど、れっきとした日本料理です。漢字から平仮名作ったのに似てるかなあ」

 美麗が、シラーっと言った。なかなか上手いことを言う。

「で、会長さんはどなたなんですか?」

 直美の質問に、二人のオヤジが箸を置いてかしこまった。


「いちおう、あたしってことになってま~す」


 美麗が、目を「へ」の字にして、なんとも方角違いな言い回しで宣言した……。


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