第26話『東京タワー』

須之内写真館・26『東京タワー』     



 直美は東京タワーに来ている。


 むろん仕事である。

 東京メトロの神谷町で降りて、テクテクと歩く。ジイチャンの玄蔵といっしょなので、ゆっくりと歩く。

 玄蔵ジイチャンが、ことさら足が悪いというわけではない。桜田通りに沿って、タワーの北から西へ向かうように歩かなければタワーに行き着けないから。

 また、その蟻観(下から見上げる)には、スカイツリーには無い風格がある。玄蔵祖父ちゃんには撮り慣れたポイントがあるようで、時々立ち止まっては、タワーを撮っている。

「ジイチャン、遅れるよ」

 さすがに、十枚目の写真を撮った時に、直美はグチった。お客さんとの約束の時間があるからだ。

「大丈夫、ちゃんと五分前には着くから」


 しかし、お客さんはすでに来ていて恐縮することになった。


「いやあ、あたしたちは三十分も前から来てましたから」

 お客さんは、ニコニコと五分前に着いた須之内写真館を出迎えてくれた。

 お客さんはジイチャンより、やや年上。八十代前半のオジイチャン三人。代表者はジイチャンより若く見える中野さんだ。


 三人は五十五年前の東京タワーの完工式の日に合わせて、記念写真を依頼してきた。


「六十周年を待っていたら、こっちがもちませんからね」

 中野さんたちは、笑って言っていたが、人生に区切りをつけたいという男の思いを感じた直美であった。

「まず、展望台から下のアーチの鉄骨撮ってもらえますか」

「はい」

 と、ジイチャンは言ったが、直美は意外な感じがした。

「香川さんとボクは鉄筋工でしてね。このアーチの部分に思い入れがあるんですよ」

 東西南北からアーチの部分を撮り、南側で三人揃っての記念写真になった。

「この脚の部分は、朝鮮戦争の時のアメリカの戦車を溶かした鉄でできてるんです」


「え、戦車なんですか」


 直美は、思わずアーチを見上げた。

「三百両ほどですかね。全体で四千トンばかり有りますから、粘りけと強さの両方がいるんです。スカイツリーは溶接ですけど、こいつはリベット留めなんですよ」

 なるほど、下から見上げてもリベットがよく分かる。

「ちょっと、氷川丸の感じですね」

「お嬢さん、いい勘をしている。鉄骨の組み方はタワーでも船でも基本はいっしょですからね」

「氷川丸は、あたしのジイサンがリベット打ったんですよ。縁があります」

 吉田というジイチャンがハンチングのをアミダにして明るく言った。今の若者にはない若々しさを感じたから不思議だ。

「職人というのは、体は歳食っても、腕がなまってなきゃ年寄りにはみえないもんさ」

 玄蔵ジイチャンも喜々として三人の注文に応じている。

「東日本大震災じゃ、最上部のアンテナが曲がっちまった。あれは、あとから付け足した部分……いや、余計な自慢だな」

「香川さんは何をなさってたんですか?」

「ボクは、塗装工です。ビートたけしの親父といっしょに塗ってましたよ。もう何度も塗り直してるから、見えませんけどね」


 一昨日再開されたエレベーターに乗って223.55mの特別展望台に上がった。


「皇太子殿下(当時)のご誕生日に合わされたのは意味があってのことなんですか?」

「そりゃ、上の方で決めたことだから、よく分かりませんけどね……ぼく達は、A級戦犯処刑の験直しだと思ってましたよ」

「A級戦犯の処刑って、この日だったんですか!?」

「ああ、そうだよ。子どもだったけど、アメリカの底意地の悪さを感じたね」

「一ドルが360円だったことは知ってるかい、お嬢ちゃん」

 すっかり馴染んだ吉田さんが聞いてきた。

「ええ、学校で習いました」

「ブレトンウッズ体制ってので決まったんだけどね。円てのは360度でしょ」

「あ、え、まさか……」

 

 そんなことを言っているうちに、特別展望台に着いた。


「やっぱり、ここの見晴らしはいいね」

「モノを観るには、適当な高さがあるもんだ。ここなら足許も見える。スカイツリーは、下手すりゃ下界は雲の下」

「ハハ、年寄りのヒガミ。あれにはあれの良さが……いずれつくさ」


 程よい高さの景色を堪能したあと、下に降り、タワー全体と三人のお客さんが入るアングルで最後の一枚……と、思ったら「お嬢ちゃんもいっしょに」ということになり、通行人の人にシャッターを押してもらい、五人揃って、白い雲浮かべた青空に東京タワーの全景を入れて、記念写真を撮った。


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