第24話『アイドル候補生』

須之内写真館・24

『アイドル候補生』



 アイドル候補生の朝はジョギングから始まる。


 最初のショットと共に、記事の冒頭の一行が頭に浮かんだ。

 大阪福島区のストリートミュージシャンの記事が好評で、続いて出した南千住商工会忘年会の写真記事も、編集長が見たとたんに、こう言った。


「巻頭の見開き二ページでいこう!」


 坂東はるか、仲まどかという若手女優が写りこんでいるという要素はあるが、商工会の下町丸出しの忘年会がいい。今の日本の経済状況から、庶民の喜怒哀楽までが、程よくアルコールが入ったことにより、てらいもなく自然に出ている。読者は、自分たちと同じ姿をそこに見て「人生捨てたもんじゃないよね」と、アイドルグループの歌の文句のような気持ちになれる。


 そこで「人生捨てたもんじゃないよね」のコンセプトで、もう一週写真記事を撮ることになり、直美は迷うことなく、アイドル候補生の杏奈と美花を選んだ。

 その密着取材の最初が、起き抜け直ぐのジョギングである。寄宿している光会長の家がある街を一周する。四キロ三十分、起き抜けには少しきついメニューである。

 直美は、雑誌社の車に乗せてもらい、後になり先になり、時には車から降りて伴走しながら写真を撮る。


 中間地点の河川敷に差しかかったときである。


 草むらから一匹の子犬が付いて走ってきた。カメラを持った直美には関心が無く、ひたすら杏奈と美花の足に絡むようにして着いてくる。

 うす茶色で、尻尾が巻き上がっているところなどから、日本犬の血が混じった雑種のようだ。

「構うと、家まで付いてくるからな。二人はひたすら走れ」

 会長は、そう言った。


 信号に差しかかると、会長は子犬をジャケンに追い散らした。


 しかし、信号を渡って、通り二つ分いくと、別の道を通ってきたんだろう、また尻尾を振りながら二人に付いて走り出す。で、会長が、また追い散らす。

 杏奈と美花は、言われたとおり無視して走っているが、その無邪気な姿に、どうしても気が取られて居る様子だった。


「とうとう、付いてきちまったなあ」


 子犬は、会長宅の門の前で、ちょこんと座ったままである。

 杏奈と美花は、チラ見しただけで、玄関に入った。


 当の光会長が動かない。直美はその間二十枚ほど写真に撮った。会長が近づくと、通りの向こうまで逃げるが、会長が玄関に戻ると、直ぐに門のところまで戻ってくる。

「しょうがねえなあ」

 会長がつまみ上げた。子犬は困ったような顔になるが、噛みついたり吠えたりはしなかった。

「二人とも、こっちおいで」

 杏奈と美花は、待ってましたとばかりの勢いで玄関から出てきた。

「どうする、二人のこと好きらしいぞ」

「は、はい……」

 二人は半端な返事をするが、気持ちははっきり現れている。

「……オスだなあ」


「ファン第一号ですね」


 直美は、そっと一言押してみた。

「よーし、二人が学校から帰ってきて、まだ居るようなら飼ってやろう」

「ワン!」

 子犬は分かったのか、元気に一声上げた。

「ウワー!」

 杏奈と美花も声を上げた。

「まだ決めたわけじゃない、二人が帰ってくるまで、いい子でいなくっちゃな。ああ、触るんじゃない。その気になりやがるからな」


 で、犬はほっぽり出され、会長と二人の候補生、そして取材の直美たちは家の中に入った。


 その後、通学する二人を駅までいっしょに歩いた。


 不思議なことに、子犬は門のところで、尻尾を振って見送るだけだった。

 杏奈は直美が、美花は雑誌社の編集者が学校まで付いていき、短い終業式が終わるのを待って、それぞれ会長宅に戻ってきた。

 直美も編集も犬のことは、いっさい口にしなかった。


 二人は連絡をとり合い、駅からいっしょに帰った。横丁を曲がると会長の家。二人の緊張が伝わってくる。直美は、ここでも三十枚ほど写真を撮った。

「あ、いた!」

 美花が小さく叫ぶと、子犬が駆け出してきた。二人も限界を超えて駆け寄った。


 子犬はファンタと名付けられた。


 ファン第一号で、ファン太郎。縮めてファンタ。二人のデビュー前の小さくて大きなエピソードになった。


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